ガサガサ・・・。
最近よく昔の夢を見る。
「おかさんどこー?」
幼い僕は母親を探して薄暗い森の奥へと進んでいた。
さっそうと生えている草が、小さな足の歩みの邪魔をし。微かに吹いている追い風が逆に僕の歩みを急かす。ふと、上を見上げると木々の間から赤みがかった満月が見えていた。
その日は丁度、50年に一度しかか見られない紅月が見れる日。
初めて目にする光景に見とれていると、近くの草陰から物音がした。
「おかあさん?」
「かあさん・・・。」
目を開けるといつも見慣れた自分の部屋にいた。
頭が冴え、ベッドから静かに立ち上がり顔を洗うため洗面所に向う。
今いるここは、孤児寮。簡単に言えば・・・親のいないまだ自立できていない子供たちが集団で暮らす場所だ。僕はここに来て18年になる。
「もう起きたのかい、早いわね!」
「おはようございます。ミトさん。」
このリビングで、お玉片手にエプロン姿のお婆さんがミトさん。孤児寮の母親的存在で、兼父親である。
「スープがあるから温かいうちにお食べ。」
「ありがとう。ミトさんも一緒に食べよ。」
大きな長机の上に二人分の食事を並べて食べ始める。
「ミトさん・・・僕もそろそろ仕事を探そうと思う。」
「そう?もうそんな年になったのねぇ。」
「いままでありがと。」
「寂しくなるわ。幼い子達なんてついて行くーなんていって大泣きするでしょうね。頑張るのよ。」
「はい。」
会話を終えると、お皿に入ったスープを飲み干し。ゆっくりと席を立ちあがった。
食事を終えると、大量の洗濯物を干しに庭に出た。外は青空が広がっていていい天気だ。洗濯物はもちろん寮にいる子達のもの。ここでの洗濯とは、つまり戦いである←
(晴れているうちに終わらせよう。)
心の中で気合を入れていると、背中から小さな衝撃があった。
「遊べー。」
「私とも遊んでー。」
寮の中でもひときわ幼い子達だ。
「朝から元気だなー。でも、ご飯食べてから遊ぼうな。」
群がる無邪気な子供たちに体を左右に揺さぶられ、若干気持ち悪くなる。
「「はーい。」」
子供たちが家に入ったのを見届けると、再び洗濯物に向きあった。
孤児寮は町から少し離れていて、大きな森に囲まれている。あまりに賑やかな町中よりも、静かなこの場所が僕は好きだ。・・・この洗濯物がなければ。なんて心の中で愚痴をこぼしながら淡々と作業を進めていった。
森のほうからの物音がしている。
ガサガサ・・・。
(お、そろそろコロが来たかな?)
クスッと微笑み。いったん洗濯物を干していた手を休め、森に近づき様子をうかがう。
コロとは最近孤児寮にエサをよく貰いに来る野良犬で、ちなみに名前をつけたのはミトさんだ。僕は、いつものように草陰に向かって朝食のあまりのパンをちらつかせた。
「ほら、おなかすいただろう。おいでー。」
バッッ!!
空気音。勢いよく消えたパンと、突然姿を現した少年。僕は、一瞬何が起こったのか分からずにいた。
(痛っ?)鈍い痛みにハッとして右腕を見ると、身に覚えのない傷ができている。
足元ではさっきの少年が、獣のようにパンをむさぼっていた。少年の姿は、孤児寮にいる一番幼い子と一緒に見え。きている服はボロボロ。灰色の髪は少し長めで、髪の隙間からは真っ黒な瞳が覗いている。
(何日も食べていないんだろうか。)
「これもお食べ。」
少年は渡されたパンを受け取ると黙々と食べると、しばらくして大人しくなったのでお腹でも壊したのかと思い顔を覗くと、彼は無言で涙を流していた。