勇者が死んだ後の話
君はゲームをしている。
剣と魔法の世界に、世界を救える唯一の人物…勇者として召喚されたプレイヤーキャラが世界を滅ぼそうとする魔王を倒しに行くという古典的なゲームだ。
しかし不幸なことに志半ばで死んでしまった。
残念なことに
目覚めたら王城で王様に蔑まれながら復活したり、猫車で開始地点に送られて目覚める…なんてことはなく、プレイヤーキャラは儚く物言わぬ屍となってしまった。
ゲームオーバーという画面が現れ、恐らく直前のセーブをロードしたり、直前の戦闘に戻る選択肢が現れたりするだろう。
君はそこからセーブして続けたり、腹を立てて終了したり…色々あるだろう。
どちらにしても忘れないでほしい。
プレイヤーキャラが死んでしまった世界を、ゲームオーバーになった世界を
君は救えなかったのだと。
*****”
その世界は、希望を託した勇者が死んでしまった後の世界だった。
「GAAAAAAAAA!!」
断末魔の叫びをあげて魔王はゆっくりと倒れていった。
どうっと地面に横たわった躯はし発光しはじめ、無数の光の粒へ変わっていく。数刻後には激しい戦闘の跡のみを残してその存在は初めかひきら無かったかのように消え去った。
魔王殺しを為した男はその光景を呆然と見た。
そしてふと窓から差し込む眩しい光に気付く。
勇者が死に、魔王が世界を手握して久しく見なかった日の光が差し込んだのだ。
それは魔王が死んだという実感を男に与えるには十分な事実だった。
傷だらけのボロボロの手から剣が滑り落ち、とうに限界を越えていた体は崩れ落ちそうになる。
それをなんとか堪えて体を引き摺って窓に向かう。
押し開けた窓から差し込む日光は闇になれた目には眩しく、男から視界を奪う。一瞬の油断が死を招いた先程までと違い危機がさった今、男はゆっくりと目を慣らして外を眺めた。
埋め尽くしていた怪物達。
無数のおぞましい建造物や魔法陣。
全て無くなっていた。
かつて平和であった時と同じ光が照らしたのは、
果てしなく続く荒廃した大地と
魔王に挑む自分達の為に囮として魔物達の足止めをしてくれた騎士達の無数の屍だった。
生存者はいない。
男が使用した索敵魔法は付近の生存者が男しかいないと告げている。
それでも信じたくなくて、男は叫んだ。
騎士達の名前を
仲間達の名前を
一人一人…血を吐くように叫んだ。
返ってきたのは静寂。
温い風が慰めるかのように男の頬を撫でた。
男は今一人ぼっちであった。
守るべき民達は先日の魔王による殲滅戦によって皆殺しにされた。
騎士達は足止めとして戦い一人残らず討ち死にした。
魔王に挑んだ仲間達は魔王との決戦の中一人ずつ倒れていった。
最後まで守ると決めていた愛しい人は自分を庇って肉片すら残らず消し飛んだ。
圧倒的な強さを誇った魔王は男の手で倒され消えた。
魔王が死んだ後の魔物達はその性質上消える定めであった。
何も残っていない。
魔物を食らって生きるほど、何も無くなっていた世界に男は一人残っていた。
男はどうすればいいかわからなかった。
荒廃した大地を呆然と眺めていた。
唐突に何か可笑しい気がして、笑いがこみ上げてきた。
笑いは次第に大きくなり、大笑いになるか…という前に。
男はひざをついて、慟哭をあげた。
泣き疲れて倒れた男の上に白い羽が乗った。
と思えば男のすぐ傍に白い翼を生やした少女が現れた。
少女は愛おしむように男を抱きしめ、悲しそうな表情を決意に満ちたものに変えて一言二言唱えた。
男の体に光が纏い、やがてどこかへと消え去った。
それを微笑んで見守る少女の体に罅が入る。
同時に世界にも亀裂がはいる。
少女の体はどんどん崩れていき、同調するように世界も崩れていく。
少女は目を閉じ、体を丸めて胎児のような体勢をとる。
その顔に浮かんでいたのは確かな安心と幸せと
少しの悲しみ。
******
女は酔っぱらっていた。
先日折角のクリスマスイブを急な仕事で台無しにされた鬱憤を晴らす為に浴びるように酒を飲んだ結果である。まさしく駄目人間だ。
帰り道の草原のような公園で女はふと白い羽を見た気がした。
気になって周りを目を凝らして見てみれば、何やら変なモノが見える。
暗くてよく見えないが、どうやら人が倒れているらしい。
捨て犬から家出少年までなんでも拾う悪癖を持つ女は今日も今日とてその怪しい人間を拾うことをいつも以上に躊躇い無く決めてしまった。
なんか金属っぽいモノ…さっくり言うと鎧だとか血だらけだとか何一つ気にせずその人間を軽々と横に抱えると女は鼻歌を歌いながら帰路についた。
しばらくして、雨が降った。
雨は微かに周りについていた血を全て流し去っていった。
******
男は今幸せだった。
異なる世界で、優しい姉妹と暮らして。
でもそれはここでは語られぬ話である。
読んで下さりありがとうございます。
かつて連載しようとしてうっかり消去してしまった作品、「終わった世界の後の話」の一話を改稿して二話の少しを後付けして短編として成立されようと試みた物です。
当時「現代→異世界あるのに異世界→現代モノあんまり見ないよね、よし書いてみよう!」と思い至って書いたのですが…こうしてみると色々設定が甘い所が多すぎて。
想定していた話の流れは現代日本に流れ着いた異世界の男が拾った女とその妹が住む家で過ごしながら日本語や常識を覚えていくほのぼの日常モノ。
以下登場人物設定
男
・勇者を召喚した国の王子。
ハイスペックイケメンだが現代日本ではお察しである。
日本に流れ着いて最初の方では異世界にきたと気付いておらず、女達は魔王の支配から逃れられた隔絶された地域の人間と勘違いしている。尚魔法は使える模様。
清廉潔白な正統派王子キャラにクール要素が入っている。魔王支配下のサバイバル生活で割とワイルドさもあるのでなかなかにモテ要素を兼ね揃えている。
女
・男を拾った現代日本の20代女性。
釣り目の知的美人だが、オフだと気怠げになる。
高学歴のエリートかつお嬢様育ち。というか社長。
ただし兎に角拾い物したり家事が壊滅的であったりと私生活においては駄目駄目である。
非常に幸運であり、直感に優れる。頭の回転も早い。
サバサバとした性格で姉御肌。
ちなみに恋人居ない歴=年齢。
女に告白された回数が男のものより多かったりする。
でも本人はあまり気にしていない模様。
女の妹
・苦労人な現女子高校生な17才女性。
大和撫子風平凡顔。落ち着く顔by姉。
成績は中の下だが真面目。お嬢様育ちでもある。
家事万能であり、両親と別居している家の家事を全て執り行っている。ただお金に困ったことがない為節約方法など主婦の知恵のような知識はない。
堅実で経験を大切にする。諦めは早い。
おっとりしているが怒ると怖い。
小学生の時付き合っていた男の子がいた。
魔王
・異世界からの侵略者。魔物は魔王の触覚のようなもので魔王が死ねば死ぬ。
自分がいた世界から追い出された為男の世界にやってきた。
見た目は翼が退化し始めた赤いドラゴン。短時間なら飛行可能。
性格は極めて残忍。拷問を好み、いたぶこ殺す事が主流。
それが原因で隙をつかれて倒される。
日光が苦手
少女
・男の世界の女神。力が弱く、勇者召喚で力を大分使っていた。
翼の生えたアルビノ姫カット幼女。可愛い。
男を異世界に飛ばした事で力を使い果たして消滅した。
見た目通り幼い神であるが世界を思う心は強く、生物達を我が子として慈しんでいた。
男の仲間達
・説明が必要だろうか?王道メンバーであった。
勇者
・現代日本から召喚された。
無能とは言わないが凡人。多少ヘタレ。
魔王討伐途中で死亡、現代に戻ってきている。
死亡した時の痛みと恐怖、使命を達成できなかった責任感と後悔で現在引き籠もりになっている。傷は深い。