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ヒト+モノ=  作者: 白雲
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序章

ある賞に投稿して落ちた作品です。届いた選評を見て、一貫した物語としては自信がなくなりました。ですが、個人的に描写や書き方にこだわった作品でもあるので、晒させて頂きます。

  序章


 ――――静謐な世界だった。

 蒼く黒い夜空に浮かぶ月光が、辺りを明瞭に照らし出す。

 陽光に照らされているかの如く明るさだが、太陽には無い慈愛に満ちた、包み込むような優しさを含んでいた。

 太陽は金色や黄色に近い色で形容されるが、月は白や蒼のような、比較的薄く、目に刺激を与えない色で表現されることが多い。

 事実、現在彼の瞳に入る月光は、幻想的な青色に視えていた。

 時刻は深夜と呼んで差支えない時間。丑三つ時には及ばないが、日付は既に変わっている。

 そのせいか、閑静な住宅街と呼ぶに相応しい彼のいる場所には、音と呼べる代物は存在していなかった。自分が立てる足音さえ耳障りに感じる程だ。

 彼は真夜中だというのに、睡眠への欲求を感じることが出来ず、訥々と歩いていた。

 どうしようもなく美麗な満月を頭上に感じながら、静謐な空気を吸う。季節は春先に突入したというのに、未だに風は冬の色を失っていない。

「寒――」と、呟く声は、どこか楽しげだ。

 静けさと寒さは、相性が良いと彼は感じていた。

 何の音も聞こえない、邪魔なモノの無い世界。そこに吹き抜ける、涼しいよりかは寒い寄りの風。音が聞こえるほどの風ではなく、微風というのがまた心地良さを感じさせた。

 緩やかな微風と、存在感が強い満月。

 狂おしい程の蒼の世界を、彼は歩いていた。

 筋肉を動かしながら、一番負担にならない速度で歩いていた。

 当て所があるわけでもない真夜中の散歩。既に一時間は歩いただろうか、行き場のない散歩程見切りをつけるのが難しいこともない。彼は明確な終わりをつけられず、思い付いたままに歩いて、帰ろうかなと過ぎった時に帰路に就いた。

 自宅まであと一分もかからない、そんな距離になって、風がざわついた。

 色が変わり、音が鎌首を擡げた。

 何が、というわけでもないのに、何かの異常を世界は変化で告げてくる。

 彼は月が雲で隠れたせいで、蒼よりも黒寄りになった世界を歩く。微風より、明確に風と呼べる段階になった空気を、切り裂くように進む。

 やがて、見知った自宅を前にした。

あるべき風景、あるべき形容、あるべき色彩、あるべき安心が、そこに有った。

と、同時に、

 あらざるべき光景、あらざるべき空気、あらざるべき彩色、あらざるべき不審があった。

 正確に言えば、当たり前の風景の中に、見慣れないモノが紛れ込んでいた。

「あ――――っ」

 彼は息を呑んだ。普段吸うよりも多く、酸素を呑み込んだ。

 なのに、渇く。肺が更なる酸素を欲する。

 仕方なく呼吸は荒く変化した。

 暗い夜の風景に、浮かび上がる姿があった。人影と呼ぶに相応しい形状だ。

日常的に彼以外の人が住んでいない、一軒家の自宅の前にあるモノとしては、十分に不自然だった。彼自身、訝しむ思いがあった。

  けれど何故だか、それよりも逸る鼓動が治まらない。

  緊張、恐怖、不安感。そういった類の感情ではない。

  憧憬――、そう呼ぶのが一番しっくりくる感情だ。

見えてもいない、ただの影なのに、彼は既にその存在に心を囚われていた。

  暗い闇がゆっくりと晴れていく。月が、再び姿を現す。世界を照らし出す。

  影が失せていく、その存在に恐れと敬意の想念を抱くように、厳かに影は退いた。


 そして彼の眼前には、月光を浴び、纏う少女が立っていた。


 銀と言うよりかは、白に近い長髪が月の光を吸収し、妖しさを醸す。

 白と言うよりかは、銀に近い虹彩が月の光を反射し、美しさを表す。

 美麗さを越えて恐怖さえ感じる少女に、彼は見惚れた。

視線を奪われたと言うよりかは、目の動きを固定されたと言った方が判りやすい。視界を動かせない。彼女の姿、それ以外から瞳を逸らせない。

 「貴方が、一宮唯」

  質問では無い、断定系の口調で彼女は言う。

  一宮唯と名を呼ばれた彼は、彼女の口から洩れた高音に意識がいき、頷く事さえ忘れた。

  無意識の内に、視覚だけではなく、聴覚さえ彼女に捧げていた。

  風が、舞う。

  吹くと言うよりかは、吹き上げるような風。下から上へ、優しく巻き上げる風だった。今までとは違って、轟と鼓膜を刺激する低音が響く。

  冷たい風が、彼女を包む。

いや、彼女がそれを纏う。

  風は単なる自然現象なのに、それが彼女の一部であるかのように、そこに有った。言わば風を含めて彼女と言う一個体を形作っていた。

  白い髪が、広がる。彼女の体躯は彼より大きくはないが、広がる髪のせいで、彼女が自分よりも大きな存在であると、彼は錯覚した。

  最早、月光も風も彼女の支配下にあった。

雄大な月も、あって当然の自然現象たる風も、彼女の前では、霞む。

 「貴方は、一宮唯ですか?」

  言葉尻を上げて、疑問口調に変換された言葉が、再度彼に掛けられる。

 「あ――、は……い」

  霞んで消えてしまいそうな程にか細い声だったが、彼は返答した。彼女はそれに満足したのか不満だったのかも判らない。美しい御顔は、表情を作っていなかったからだ。

  まるで、精巧な人形を目の当たりにしているような、奇妙な感覚だった。

  彼は彼女を視る。

普通であれば、忌避されそうな視線だったが、彼にはそんな瞳を止めることが出来なかった。ただでさえ、視覚と聴覚が彼女に奪われたも同然の中、その姿を観察したいと考える欲望を停止することは難しかった。同時に、止める気も無かった。

辺りを覆う夜闇は、人の視線を見抜くほど明るくはないというのもあったし、そもそもかような時刻に許可も取らず、人の家の前に立っているのだから、これぐらいの無礼は許されるべきだという暴論で自身を正当化していた彼にとって、行動の停止は有り得なかった。

  月に照らされた真っ白な肌、月光が透き通る程透明なそれ。

  銀の虹彩に、少し大きめの瞳。目尻は少し吊り上り気味。

  背は男子高校生の平均身長の彼とほぼ同じ。となれば、女性として身長は高めと言えるだろう。

加えて、背が高いだけでなく、手足は細く、顔も小さい。七頭身から八頭身。見た目だけでも、そこら辺の美少女では歯が立たないレベルと言えた。

当然体のラインも細く、過度ではないが女性としての肉付きは丸みと共に有った。

  そんなラインさえ伺える肢体を覆う服は、彼も知識として知ってはいたが、見慣れていない服装だった。むしろここが住宅街の真ん中であることを鑑みれば、明らかに異質な出で立ちであろう。

  と言うのも、彼女が纏う服装は真っ黒なドレスだったからだ。

  華美に大きく広がった様な、所謂物語に出てくるような姫が纏うものではない。むしろ、それよりは簡素で、生地も身体のシルエットが判るほどには薄い。長さは膝より少し上までで、その長さが彼女の脚を一際輝かせる。

  安物や模造品では感じられない気品が、彼女の美麗さに拍車をかけている。

  足元もドレスに合わせてか、漆黒だった。ドレスの方は高級な生地のせいか、黒なのに光り輝くような色だったが、靴の黒は光沢も無い完全な漆黒。光を吸収するハイヒールだ。

  月光を透かす白い肌に、

月光を帯びた白い髪。

  そんな色合いとは対照的な二つの黒は、彼女を余計に美しさの高みへ上らせる。

  見惚れるを通り越して、彼は彼女を見詰めていた。

 「声紋認証完了、認証を続けます」

  小さな唇が、聞きなれない単語を発する。

 「今、何か言いましたか?」

  あまりに現実から逸脱した美しさを前にして、彼は委縮していた。丁寧な言葉遣いがそれを物語っている。

  しかし、彼の言葉になど、彼女は既に関心は無いようで、彼の質問への返答は無かった。

  代わりに、細い腕が彼の方に差し出された。肩口までしかないドレスのせいで、真っ白な腕は伸びる様に見えた。掌を上に向けて、まるで王子が姫に手を差し出すような光景に、彼はたじろいだ。

 「あの……、えと?」

  立場が逆ならまだしも、これでは理解も及ばない。

  選択肢を失って、呆然と立ち尽くす彼の手を、彼女は一歩近付いてから握った。掌同士ではなく、手首の辺りを掴まれた。

  彼は身体を軽く震わせるも、彼女は気にした様子もなく手に取った彼の手首を更に引く。

  それに対して、反射的に力が入ってしまったのは、急に掴まれて手を引かれたからと言うよりか、体温を感じない冷たい彼女との接触に驚いたせいだった。

  生きている人の体温とは、到底思えない冷たさだった。

  そこに、温度が感じられなかったのだ。

 「……っ――」

  彼の反応など歯牙にもかけない彼女は、引いた彼の手首を彼女の顔に近付けていく。

  手首を、と言うよりか、正確にはその掌、より先の指の腹に視線は合った。

  一瞬、彼女の瞳が光を帯びた気がした。

  有り得ない光景に、空いた手で目元を擦るが、やはり光など見えなかった。それでも、幻想的で現実感の無い彼女と言う存在は、厳然たる事実としてそこにいた。

 「指紋認証完了、認証を続けます」

  機械的に彼女は言うと、銀の瞳を彼の瞳と交錯させた。

 「あ――っ」

  綺麗だ綺麗だと感じてはいたものの、近しい距離感で覗き込まれると、その美麗さに四肢の動きを停止させられる程だった。身体全体の感覚が緩い。麻痺してしまったかのように、弱弱しく、だと言うのにどうしようもない熱が湧き上がる。

 見られている、いや、魅せられている。

 彼は彼女の姿、存在感、空気に、丁寧にあてられていた。

 思考する回路はとっくに焼き切れているのか、

単純な疑問を浮かべることさえもままならない境遇だった。

 だからだろう。

彼は、いつの間にか彼女との距離が縮まり始めている事に気が付かなかった。

「網膜認証完了。続けて、DNA認証を行います。この認証は高いプライバシーレベルを含有するため、声紋認証を施行した声による許可が必要です。許可しますか?」

 次いで、言葉の意味を理解する機能さえ欠落していた。

「あ、」

 残っていたのは、無意識な反射。

「――はい」

『はい』か『いいえ』で答えられる質問には、反射的な回答が可能だ。故に、彼は迷うという行為にすら及ばず、ただ聞かれたことに反応して音声を発した。

 と、同時に彼女の姿は、近距離を通り越して至近距離に迫る。

 気が付けば、唇を重ねていた。

 優しい口付けだった。

 まるで同じ速度の物質がぶつかった時のように、そこにエネルギーは無くなり、音も速度も変化もなく。ただ零の速度で、唇同士が重なっているだけだった。

 息が、吸えない。

 息が、吐けない。

 口が塞がれても、鼻での呼吸が可能だということにさえ、考えが及ばなかった。だから彼は有り得ない状況に目を見開いたまま、律儀に息を止めていた。

 彼女の眼は閉じられており、長く細い睫毛が間近に見える。

 緊張感は度を越えて、彼の意識は喪失の寸前にあった。


 こうして彼が初めて唇同士で触れた、女の子の唇は、無味で冷たい無機質なモノだった。


 それで、刹那とも永遠とも取れる数瞬は終わると思われたのに、彼の安堵を裏切り期待に応えて、状況は終わらずに変化してみせた。

「――ふ……んんっ」

 彼女の舌が、彼の唇をこじ開けて侵入してくる。唇よりも更に冷たく、湿り気を帯びた舌がゆっくりと、だが強引に押し入ってくる。彼は初めての感覚に、身を震わせて声を漏らす。びくりと鳴動する彼の肉体を、抑え付けるように彼女の腕が彼の腰に回される。

 静かな動きだが、確実に彼の動きは制限されていく。

 尚も味を感じない、ただ冷たいだけの彼女の舌が、ゆっくりと彼の口腔で動きを開始する。

 同時に、彼女の瞼が開き、銀の虹彩が彼の視界を覆った。

「――ん……んんん……っ」

 隙間なく繋がっている唇の中で、彼女の舌は這い回る。彼は抵抗も応対も出来ないまま、ただされるがままになっていた。

 口内を頬の内側から、舌の表面、舌の裏側、歯、唇の裏側に至るまで、丁寧かつ丹念に、有り得ないほどの時間をかけて、這いずる彼女の舌。

 震えるほどの快感に心身を奪われながらも、彼は彼女の瞳から目が離せない。閉じることさえも出来ずにいた。

 最初は抵抗するように漏らしていた声も、消えた。

 抵抗心は、慣れない快感に凌駕された。

 やがて、鼻同士が当たらないように斜めに向いていた彼女の顔が、緩やかに正面に戻る。その運動と連動して、彼女の唇が少しの糸を引きながら彼の唇から離れていく。

 行為をされている最中は、突然の出来事に思考が出来ずにいたが、こうして彼女の唇が離れていくと、彼は不思議と、もっと――と、呼ぶ深奥の渇望を覚えた。

 そんな彼の杞憂を知ってか、彼女が見せつけるように彼の粘膜から引いた透明の糸を、彼女の舌が自身の唇ごと舐めとる。彼は呼応するように、溜まった唾液を飲み下す。

 表情は相変わらずの無表情だが、それが余計に震える程の感覚を呼び起こす。彼は湧き上がるそれに逆らえない。美麗な女性の顔は、表情を浮かべなくても魔的に美しい。男の思考や観念を吹き飛ばすほどに強力な魔を、先天的に孕んでいるに等しい。

 再度距離が近距離に戻ったところで、彼女は口を開く。

 先程までキスされていたその唇と舌の動きに、彼は再度、虜にされていた。

「DNA認証完了。以上で全ての認証を終了します。データとの照合がとれました。貴方は確固たる情報の下、一宮唯本人であると断定されました。

 改めて、紹介をさせて頂きます。私は貴方に仕える事となりました、ミサキと申します。以後一宮唯様を主として、従者として尽くす所存で御座います。

 貴方様の人形として、この身、肉片から部品の一片まで、貴方様に捧げることを誓います」

 言葉が、耳元を通り抜けていく。今の彼には言葉の意味を理解できるほどの余裕は無い。

「続けて、初期設定を行います。ミサキの感情認証システムを『ON』か『OFF』のどちらに設定なさいますか?」

 それは『はい』でも『いいえ』でも応えられる質問では無かった。故に、彼は思考に及ぶ。と言っても、ほぼ反射的な反応に近い。深く考えられる程の余裕が、今の彼に無かった故だ。

「設定を――、『ON』に」


駄文を長々とお読み頂き、ありがとうございます。少しでも綺麗だな、格好いいなと思っていただけるシーンがあれば幸いです。人形という人と物の中間への思い入れ、それと鉱石への興味から掛け合わせてみたのですが、ごたごたしてしまった印象が拭えません。ですが、この作品を書けて後悔はしていません。次作に繋げられる何かが、あったと信じたいところです。

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