ミイラ取り
果たして君は怒るだろうか。こんなにあっさりと死ぬとは思っていなかった。というより、死んでいるのか?
私は確かに首を吊った。君しか使わない、どこで買ってきたのかよくわからない、一人暮らしの大学生の部屋に置くにはあまりにも邪魔なぶら下がり健康器具を使って首を吊った。それは確かだ。だって目の前で制服姿の私がロープ一本でぶら下がっているのだから。となると、今ここに立っている私は誰なんだ。夢でもみてるのか。
ドラマやアニメだとここで頬を強めにつねるのであろう。そしてその痛みに悶え苦しむ。私は馬鹿じゃないからそんなことはしない。変わりに髪の毛を一本抜いてみた。
「いてっ。」
つい声も出てしまったが、痛覚はある。これは決して夢ではない。痛いということは私はまだ生きているのだろうか。ぶら下がっている自分の頬を触ると、まだ熱を持っていた。私は死にたてホヤホヤなのか。
「ホヤホヤって、炊きたてのご飯かよ。」
セリフつっこみをいれつつ、まじまじと自分の顔を見ていると玄関の方で物音がした。玄関と私と私の身体を隔てているのは扉ひとつ。やばい。身体を隠さないと。私は私の身体を下ろすためにロープを解こうとした。なんだよ、カタ結びなんかしやがって、私!
あたふたしている間にその扉を開いた。そして部屋の主である君が現れた。
「え?」
あまりに衝撃的なものを見てしまったせいか、君はその場で固まっていた。
「あのね、これは説明できるの!たぶん。。。」
私は焦ってそういったつもりだった。でも、君はずっと私の身体を見つめていた。
長い沈黙だった。何分たったのだろうか。君はポツリとつぶやいた。
「まさか、本当に。。。」
いやいや、何を言ってるんですか。私はここにいるよ。ていうか、この私の身体なに?どれだけ騒いでも君には私の声が届かないようだ。
一通り騒いで疲れてしまった私はその場で座り込んでしまった。
「なんで聞こえないのよ。。。」
「聞こえてるよ。というよりうるさいから静かになるのを待っていたんだ。というか、アレを飲んだんだな。」
ギクっ。
アレというのは昨日君が冷蔵庫に入れてたアレのことだろう。ペットボトルのオレンジジュース。飲んだら駄目とは言われてたので今となっては罪悪感でいっぱいなのだが、過去は変えることができない。
「そうか、あれは人間にも効くのか。」
私には君が何を言っているのかよくわからなかったが、それを察したのか君は静かに語りだした。
「アレは今研究室で取り組んでいる薬で、飲んだものはすごーく死にたくなるんだ。マウスでしか試したことをなかったけど、まさか人間にも効果があるとはな。」
「つまり、私はあのオレンジジュースを飲んだから死んだの?」
「平たくいうとそうだけど、味でオレンジジュースじゃないことぐらいわからなかったか?」
言われてみたら少し変な味はしてたけど、オレンジジュースのペットボトルに入ってるオレンジジュース色の飲み物だからこれっぽっちも疑わず飲んでしまった。
「しかし、困ったな。」
君は少し複雑な顔をしながらいった。
「リョウコは死んでしまったわけだし、普通に考えたらこの身体を所持していたら俺は警察に捕まってしまう。」
さすが大学生!頭の回転が速い!あれ?おかしいな。ということは私は本当に死んでしまったの?
「どうしようかなぁ。」
のんきな声で君はつぶやきながら足元に落ちていたハサミを拾った。そしてぶら下がっている私の身体を担ぎ上げロープを切ってくれた。
「死んで間もないな。まだ暖かいぞ。」
そう言いながら君は私の身体をベッドに寝かせた。
「もしかしたら間に合うかもしれないぞ!」
果たして何が間に合うのやら。君は上着を脱ぎ心臓マッサージを始めた。初めて心臓マッサージする人みるなぁとのんきなことを思いながら君が必死に私を蘇生しようとする姿を見守った。
結構重労働のようで、君の息は瞬く間にあがってしまった。
「なんか…飲むもの…とってくれ。」
私は冷蔵庫よりジュースと取り出し君に渡した。君はそれを飲み干して心臓マッサージを続けた。部屋の熱気のせいか、私はだんだん眠くなったのでその姿を見守りながら床に座り夢の世界に旅立った。
ブーン。ブーン。
バイブの音が聞こえる。手探りで振動の元を探し画面を見た。時刻は夜中の11時。ママからの電話だった。どうやら私は君の部屋で寝てしまったらしい。まだ帰ってこないのか。
ベッドから降りて真っ暗な部屋の電気をつけた。まぶしい。目が慣れると君がぶら下がり健康器具からロープ一本でぶら下がっていた。そして足元にはオレンジジュースのペットボトルが転がっていた。
なんだ、夢じゃなかったんだ。
「おい、どうしてくれるんだ。」
君の声が聞こえたが、姿は見えなかった。
首吊りの場合CPRでの蘇生はほぼありえないと聞いていますが、こういうキセキもいいのではないでしょうか?まぁ、彼女の場合のみですが。