86 少年リーの憧れの教官って設定でいかが
ばたばたとラトが帰ってから3日。
何があったんだろうと、気になってはいるが、小屋で毎日毎日ラトが来るのを待つとかありえないし。
今日は街に買出し。
ルーカに、お土産のお礼を言われた。ダーサに渡してもらうよう頼んどいたのだ。どうやら、2人の仲は順調らしい。
マーサさんのお店につくと板切れを渡された。サマルーからの手紙だった。紙じゃないけど。
「連絡係の手配をした。警邏の詰め所の鍛錬所に、使節団の警護に当たっていた者が交代で鍛錬教官として顔を出す。何かあれば、そちらへ連絡をしてほしい」
警邏の鍛錬教官?
なるほどね。使節団の警護をするくらいだから、皆優秀だもの。理由も無くミリアの街に留まるより怪しまれないか。
まだ、何も連絡することはないけれど、普段から交流していたほうが、いざというときに怪しまれないよね?挨拶しに行ってこようかな。
そうだなぁ、設定は……騎士にあこがれる少年ってどうかな?剣術を教えて欲しいと頼むとか。ありがちだから、怪しまれないよね。
警邏の鍛錬所に足を運ぶ。近づけば、中からビシッバシッドゴッガツッと激しい音が聞こえてくる。
そーっと窓から中を覗くと、十名ほどの体格の良い男が、教官と見られる人物に入れ替わり立ち代り剣を振り上げている。
教官は鍛えられた体と分かるが、筋肉隆々と言うわけではなく、服を着てしまえばスマートにさえ見えそうだ。それほど、無駄な筋肉が付いていない。
しかし、腕は確かなようで、次々と男達の剣をかわし、受け、薙いでいく。しかも、男達の剣筋を見て「脇を閉める、顎を上げない、体重を剣に乗せる」と次々と指示も飛ばしている。
凄い。
剣術なんて全然分からないけど、ど素人の私が見ても超一流の腕前だと分かる。
剣術講座なんて、受けてませんよ?剣道もフェンシングも未経験です。花嫁修業には遠いでしょ?
使節団の護衛にいた人だよね。誰だろう。
これだけの腕があっても、お城の騎士とかにはなれないのかな?もっと出世できそうなのに。
こちらに背を向けていた教官が、私の視線に気がついたのか突然振り向いた。
ピンポイントに視線が覗いていた窓を射る。
瞬時に見えた顔には、いつもと違う鋭い光。ガンツ王の両脇に控えていた人たちのような強い目だった。
しかし、それは一瞬でいつも見ている表情に変わる。
「今日は、ここまでにしようか」
トゥロンは男達に声をかけると、窓に駆け寄ってきた。
「女神、いらしてたのですか?リエス嬢から何か連絡が?」
トゥロンの、何も身に着けていない上気した上半身に、目のやり場に困る。
いや、そんな「うぶ」って訳じゃないんだけど、顔見知りなだけに、なんだか照れる。
「あ、失礼、急ぎではないのであれば、身なりを整えさせていただいても?」
トゥロンが私の動揺に気がついてくれて、警邏詰め所の斜め向かいにあるお店で改めて落ち合うことになった。
水浴びをし、新しいシャツに袖を通してトゥロンは現れた。女性に対する気遣いがマメだよねぇ。汗臭いままうろうろしてる男が店内にも何人かいるというのに。飲食店で汗臭いのは勘弁してくださいって!
トゥロンの顔を見ると、自然と笑みがこぼれた。
「よかった。トゥロンに会えて」
正直な感想を述べると、目の前に座るトゥロンは複雑な顔を一瞬見せた。
おっと?誤解されるような言い回しになっちゃったかな?やばいやばい。
「今までのお詫びとかお礼とか、ろくにしてないまま、二度と会えなかったらどうしようって思ってたんだ」
「女神よ、お礼など必要ありません。まして、詫びることなど、何もありませんよ……」
私は首を横に振った。
「んー、自己満足かな。いくらトゥロンが必要ないと思っててもね、私の気がすまないの。私の自己満足だと思って、お礼させてよ。いっぱいお世話になったし。あー、それに……色々相談に乗って欲しいこともあるんだ」
「相談ですか?このトゥロンで力に成れることであれば、何なりと!」
トゥロンがいつもの調子に戻ったので、ちょっとホッとする。
「あ、それでね、お礼と相談料を兼ねて、お茶代とか食事代とかは出させて欲しいんだ。そうじゃないと、申し訳なくてもう次から会わす顔がないから」
トゥロンは少し考えてから
「それで、女神の気が済むのであれば……」
よかった。トゥロンのような男性は女性におごられるのって嫌いそうだもん。
「但し、酒はおごりますよ」
「ありがとう」
いや、酒は自粛しようと思ってます。思わず顔が引きつる。
「それで、相談とは?」
「あー、うん。その前に、ちょっと打ち合わせしておきたいんだけど」
トゥロンは、女神として私のことをリエスの知り合いの女性だと認知している。だけど、連絡係として派遣されてくるのはいつも同じ人間というわけではない。
だから、私は「剣術を習いたいと警邏の鍛錬を見学に来る少年」という設定にしてもらいたい。名前は「リエス」から一文字もらって「リー」。リエス側の連絡係少年リーの出来上がりというわけで。
「リーか。2人でいるときは女神とお呼びしても?」
うーん。複雑だなぁ。女神なんて呼ばれなくてすむなら呼ばれたくない。だけど、世話になってるトゥロンの望みっていうなら……
「混乱しなければ、お好きなように」
と、言うしかないよね。頑なに自分の意思だけを優先するような頑固ババァにはなりとぉないし。
今回は、マーサさんに手紙もらったから、顔を出しただけで、特にリエスからの連絡はないと伝えたら、その後は終始雑談で終わった。
「明日から3日ほどは別の人間に代わります。また、4日後には来ますが、相談はそのときでも?」
「うん、急いでないから」
4日後の午後に会う約束をして別れる。
4日後までには、トゥロンに聞きたいことを頭の中で整理しておかなくちゃ。
旅するのに、何を聞いておけばいいのかなぁ。
まずは、目的地の気候だよね。雪とかスコールがあるとか、旅に向く季節や、無謀な季節があるだろうし。
必要な装備について聞くことはもちろんだし。野宿とかしなくちゃならなくなるのかなぁ?それとも、徒歩1日分ごとに村なりなんなりあるんだろうか?
それから、危険の種類だよね。獣や山賊や遭難など。
そうなると、護衛のほかに、道案内役も必要かな。両方兼ねられる人がいればいいのか。
旅行会社っていうか、旅請負人みたいな人がいればいいなぁ。




