80 キュベリア王都から逃走
次の日の夜、メールチェックをすると、吾妻さんからメールが3通来ていた。
……。マメというか、新しい携帯手に入れて、浮かれてます?
暇なの?寂しいの?
1通目は、昨晩の私のメールへの返事。『おやすみなさい』に奇妙な絵文字が付いていた。絵文字が使ってみたかったのだろう。
2通目は、空メール。なんか、失敗した?他のアドレスとも違ってる。どうもスマフォから送信を試みたみたいだ。
3通目のタイトル『グランラで紙が作られている』と題されている。
あ、やばい!前にも吾妻さんにオーパーツのこととかでたしなめられたよね?
日本の技術を持ち込んだことに対する苦言だろうか?少し緊張してメールを開く。
『紙を作る技術は、もしかして君が広めたのか?それとも、グランラ王都にそのとき君がいたのは単なる偶然か?どちらにしろ、この世界の文明の進歩からすれば、紙の生産が始まったのは遅いくらいだ。有難い。人類に紙は必要だ。紙がないために、書物という娯楽が欠けて味気なかった。君は読書が好きか?』
えーっと。
どう、返信したらいいですかね?
正直困ります。
読書が好きかと聞かれてもねぇ。これに、下手に反応すると、どんな本が好きなんだとか、読んだ本の感想だとか、なんかメールの行き来が増えそうじゃない?
吾妻さんのことを知りたいとは思ってたけど、好きな本の話ってどうなの?必要?
砕けたメールのやり取りをしてるうちに、うっかり鞄の秘密漏らしちゃったりしないとも限らない。んー、それに、まだ吾妻さんが分からない。親しげに近づいてくるのは、詐欺師の手法にもあるわけだし。
だけど、まぁ、紙の技術を伝えたことを責められるよりは良かった。世界が変わる、なんてことをしてくれたんだ!と言われても、今更責任の取りようがないもの。
『吾妻さんが、紙の作り方を広めればよかったんじゃないですか?』と、まぁ、当たり障りのないメールを送っておいた。読書のことはスルーする。
『紙の作り方がよく分からなかった。これからは、スマフォで色々調べられそうだ。こっちでも広めようと思う』
ああ、そうか。知らなかったのか。携帯で調べる余裕も無かったんだ。
というか、こっちって、どっちだろう?聞いても良いのかな?
『吾妻さんは何処に住んでいるんですか?』とメールしてみた。
メールの返信は返ってこなかった。
おいおい、住んでるところばれちゃ何かまずいのか?どうにも吾妻さんの行動は不可解で怪しいところがある。
あと1日でキュベリア王都に付くという日、早馬が使節団に来た。お城からの遣いらしい。
話を聞いたサマルーが、皆を集めて概要を説明してくれた。
「到着が早まったため、陛下がご不在らしい。王弟であり、使節団総責任者であるカムラート様にご報告に上がることとなった。陛下への謁見報告は、また後日になる。
一度に済ませられないわけね。
私もいちいち同行しなくちゃだめなのかな?もう帰りたいんだけど。あの山小屋に。
……毎日コンタクトとウィッグとばっちりメイクは疲れました。王様なんかに会いたくない。
それに、もうトルニープへの使節団にも同行させてもらおうっていう気がなくなったから、使節団で頑張る気力が萎えました。
勝手といわれれば、勝手かもしれないけど。でも、結局今の立場も「短期派遣労働者」と変わらないんだよね。
正社員と心構えが違っても仕方がないよね?
なんだか、色々ありすぎて何がなんだか迷走してるけど。結局私は、「日本に帰って、正社員の仕事について、平凡でも温かい家庭を築いて一生を終える」それが望みなのだから。
色々と、王都に到着するまでに考えて、サマルーに申し出た。
「あの、私は表舞台に顔を出さなくてもいいですか?紙の作り方はすでに、使節団の方々に教えてありますし、特に私から報告することもありませんし」
私の言葉に、一緒に話を聞いていたシャルトが慌てた。
「今回の功績は、リエスさんのおかげですよ!陛下から必ずお褒めの言葉をいただけると思います!出席すべきです!」
興奮気味に言葉を発するシャルトを制し、サマルーがうなづいた。
「分かりました。そうですね。暫くは、あまり人目に付く行動をしない方がいいかもしれません」
シャルトには伝わらなかったけれど、サマルーにはあっさり意図が伝わった。
「今回は、怖い思いをさせてしまいました。配慮が足りなくて申し訳なかった」
頭を下げるサマルーを見て、シャルトも気がついたようだ。
そう、紙の製法を教えた私が『異国の知識を持った希少な人間』と知れ渡れば取り込もうとする人間も出てくる。
腹黒い狸につかまる可能性があるということだ。
ガンツ王が可能性をちらつかせたように、監禁や口封じも考えられる。
だから、なるべく存在は知られないように、人目に付かないようにした方が良いのだ。
「リエスさん、セバウマ領に来ませんか?僕が、あなたを守ります!」
ゆっくりと首を横に振る。
「ありがとう。でも今は他にすべきことがあるから」
シャルトは、ぐっと口元を引き締めた。
「……僕も、僕がすべきことを全力で取り組みます」
シャルトは成長を再び私に誓った。
「しかし、何かしら手段を講じたほうがいいようですね。護衛をお付けするか、安全な屋敷を用意するか、リエス殿のご希望があればおっしゃってください」
護衛って、監視役?屋敷は要らない、旅に出るんだし。
あ、旅の護衛なら欲しいかも?
頼んでみる価値ある?もしかして、上手くすれば馬が使えたりもするんだろうか??
いやいや、小娘が馬使ってたら目立つか。
ああ、でも何か方策ありそうじゃない?考えよう。
うん。
使節団に行ったのも無駄なことじゃなかったよね?
お金もらえたし、ツテだっていくつか手に入ったわけだし。
よしよし。
私は運が良い。きっと日本に帰れる。がんばろう。がんばろう。
「少し考えさせてください。何かお願いすることが出てくるかと思いますが……サマルーに伝えればいいですか?」
「そうですね、誰かに連絡係をお願いしましょう。知っている者のほうが安全でしょう。使節団のメンバーをあてます」
流石に狼煙を上げて連絡するわけにはいかないよなぁ。郵便もメールもないしね。
あてになるのは人を介しての連絡だよな。
この人に伝えれば伝わるっていう連絡経路を作ってもらえれば安心だ。
私からの連絡係は『少年』(もしくは女神)ということにしようか。そうしれば、薔薇のリエス姿にいちいちなることもない。
よし、これでまた一つ前進、だよね?




