6、なんちゃってホットケーキレシピ
日が落ちると、真っ暗になるので何もできない。
だから、早寝早起きです。
朝日が昇る頃目が覚め、明るくなる頃にはすっかり身支度が終わっている。
マーサさんのお店で働き初めて1週間が経った。
言葉の上達は、皆が驚くほどで、よく使う表現であればリスニングはかなりできる。
異世界の言葉と思わずに、すごぉく訛った英語と思ったのがよかったようだ。
ただし、空耳アワーなことも多く、相手の言った言葉を間違って解釈して会話が成立せずに笑われることも多い。
そう、マーサさんの店では笑いが絶えない。本当に皆優しくていい人たちなんだ。
何か恩返しがしたいと思い、今日はおやつタイムのおやつを私が用意すると約束した。
作るのは、なんちゃってホットケーキ。
カバンの中に手をいれ、小麦粉と水を取り出す。
ベーキングパウダーも牛乳も卵もないから、クレープ生地というか、広島風お好み焼きの生地みたいなものしか出来ない。
でも、これにたっぷりのメープルシロップをかけて食べたら、きっと美味しいはず。
メープルシロップは、また1週間分の樹液で作り足したので、ビンにいっぱいになった。
カバンの中に手を伸ばして、ホットプレートで小さなクレープ生地みたいなものを6つ焼き、馬小屋を後にした。
マーサさんの店に着くと、ジャガイモの皮むきなど手伝いながら、言葉を教えてもらう。
「数字は、もう教えたっけか?覚えたかい?」
と、マーサさんが言うので
「おぼえ、た」
片言で答える。そう、リスニングはかなりできるようになったんだけど、喋るのは発音とかが難しくて苦戦してる。
「私は、42歳です。さぁ、今のを指で出してご覧」
え?
42歳?
指を4本立てて、次に2本立てた。
「うん、合ってる。ダンケは48歳だよ」
言われるまま、指を4と8立てた。
マーサさん、42歳?
嘘、私、50代だと思ってた。すごく、失礼だよね?
42歳って、私と同じアラフォーカテゴリーじゃないですか!
「ダーサは?」
西洋顔が大人っぽく見えるっていうのは知ってるけど、想像以上だ。
「ダーサは17歳だよ」
じゅ、じゅ、じゅうななぁーーーーっ?!
25歳くらいだと思っていたら、高校生ですか!
「リエスはいくつだい?」
と尋ねられたので、35歳になって初めて年齢を口にした。
「さん、しゅう、ご」
「ん?何5?十五かい?」
な!マーサさんが恐ろしいことを言いました。
「ちがう、さん、しゅう、ご」
「ああ、25歳か。25歳だね」
違う、それも、違う!
「さん、しゅう、ご」
アラサー、アラフォーの必殺技「いくつに見えますか?」を封印して、サバも読まずに正直に言ったのに……
マーサさんは誤解をしたまま、ジャガイモ持って厨房に行っちゃった。
でも、こちらの人達の見た目が想像以上に老けて見えることを知っちゃうと、私って本当に25に見えちゃうのかな?
喜ぶべき?悲しむべき?う、ううーん。
……5つくらい若く見られると嬉しいけれど、10も若く見られると複雑な気持ちになると初めて知りました。
戦争のようなランチタイムが終わる頃には、年齢のことなどすっかり忘れてた。
おやつタイムになり、ダンケさんがいつものように飲み物を用意してくれた。
おやつは私が用意すると言ってあるので、空の皿がテーブルに乗っている。
「あまい、へいきか?」
私の質問に、マーサさんは大きくうなづいた。
「甘いのは大好きさ。甘いものが嫌いな女性なんてこの世にいるのかい?」
「甘いもんうめーよな。でも、高いから前食べたのは3年くらい前かな?」
とダーサ。
「すまねぇなぁ、もっと食べさせてやれなくて」
と、ダンケさんが肩を落とす。
「はははっ、甘いものを食べたいだけ食べてたら、ぶくぶく太っちまうよ!これくらいがちょうどいい!」
マーサさんがダンケさんの肩を叩きながら笑った。
3人の会話から、やはりこの世界では甘味料が少なくて、高級品だということが分かった。
喜んでくれるかな。
期待に胸を膨らませ、膨らんでないなんちゃってホットケーキをカバンから出し、皿にのせる。
続けて、メープルシロップの入ったビンを取り出し、蓋を開け、傾けてホットケーキにかけた。
「たべ、て、」
一つ手に取り、口に運ぶ。
ホットケーキとしてはイマイチだけど、メープルシロップが美味しい!久しぶりの甘味!
喜んでくれるかなーと思って、食べる様子をうかがうと、1口かじった3人の反応は想像した物とまったく違った。
ダーサは驚いた顔。
マーサは、眉根を寄せた。
ダンケは無表情。
え?まずかった?
「コレをどうしたんだい?」
マーサがメープルシロップの入ったビンを指差す。
?
「蜂蜜や砂糖とも味は違うが、甘い。こんな高級品、ビン一つとなると、想像もつかない金額だろう?」
え?そこまで、高級なの?
「お金がないと言っていたのに……」
あれ?もしかして、
どこからか盗んだと思われてる?それともお金持っているのに持っていないって嘘ついたと思われてる?
違うよ、作ったんだよ、自分で!と、言いかけて、嘘をついた。
「もらった」
正直に「作った」ということに、いやな予感がしたのだ。
そこまで高級なものだと、争いの種になりはしないだろうか?製法や、山のサトウカエデの所有権についていざこざは起きないだろうか?金に目がくらんだ人が、この街の平和を壊しやしないだろうか?
「もらった?」
ダンケさんがものすごく不信な顔をした。
「人、たすけた。怪我、血、いっぱい。たすけた 人 くれた。」
もらったと言うことは嘘だけど、後は真実。嘘には真実を混ぜると、疑われないと聞いたことがある。
「大怪我した人を助けたってことかい?」
不信そうな表情が少し緩む。
「そう、馬のったらった、男の人、脇、怪我したった」
「馬に乗ってた人を助けたのか?じゃぁ、お礼にもらっても不思議じゃないよな!」
今まで黙っていたダーサが声を上げた。
「そうだな、馬に乗っていたということは、騎士様か、それ以上の身分の方ってことだ。」
やはりそうか。あまり馬を見ないと思っていたが、馬も貴重なのか、使用に制限があるんだ。
今まで、考えないようにしてきたけど、馬小屋の持ち主はそれなりの身分の人ってことで……
見つかったらやばいんじゃないだろうか?
「そうか、人助けをしたんだ、いい子だね」
マーサさんの表情がいつもの優しいものに戻った。
「これは、1人で大事にお食べ」
ビンを私の方に滑らせる。
「うん、みんなで、だいじにたべる」
よかった、信じてもらえた。マーサさんたちに嫌われなかったことが嬉しくて、自然と笑顔になる。
「おー!そう来なくっちゃ!」
「こら、ダーサ!」バシン!
「痛ってーっ」
いつもの笑い声。
本当に、この人たちに出会えてよかった。