42 王様と退屈王
「先ほどから、女に使節団が勤まるものかとか、平民風情が使節団に入るなど言語道断だとかいう声が聞こえてな、少々試させてもらった。悪く思わないでくれ」
王様の顔は晴れやかなものだ。
とりあえず、私に対して不快感があるようには見えない。
王様は、周囲を見回して、場を納得させるように言葉を発する。
「私が偽物とまでは気がつかなかったかもしれないが、リエスは、この場の雰囲気の異様に気が付いた」
え?王様じゃない?
「そして、、私よりも王がいる場所を気にしていた。誰に教えられたわけでもなかろうに、見事だ」
何ですって?どっかで聞いたことのある話だよね?本物の王様の前に行って跪くとか。いやいや、私にはそんな能力ないです。
ただ、知った顔、ラトがいたからそっちを気にしていただけで。
確かに、この場の雰囲気は変だなーとか、王様にしては言葉に力がないなーとかは思ってたけど。
それにしても、なんと恐ろしいことに、ラトの近くに本物の王様がいたとか!偶然にもほどがある!
王様のふりをしていた人は、壇上から降りて、私達の目の前に立った。
「改めて、僕は、王弟カムラートです。今回使節団の総責任者を拝命しています。よろしく」
「リエスと申します。できうる限り尽力させていただきます」
部屋の中は、変な表現だが、静かにざわついている。
「兄上、あとは頼みましたぞ!」
王弟カムラートが歩みだすと、使節団の面々も後に続いた。私も遅れないように後を追う。
途中ラトの近くを通る。見れば、未だにずっと私を見ている。本物の王様はどこだろと気にはなったが、きょろきょろと探すのもまずいように思われ、そっとラトから視線をはずした。
謁見の間から移動した部屋で、改めてグランラへの使節団のメンバーの紹介があった。
総責任者は王弟カムラート。すべての使節団を束ねる立場にあるため、各使節団への同行はしないということだ。
同行するメンバーの中で、今回の団長はサマルーだった。当初予定になかったシャルトも、ピッチェの成功から使節団アドバイザーみたいな立場で参加することになった。
そんなわけで、グランラ使節団メンバーのおよそ6割はピッチャ使節団のメンバーだった。私としては、とても気が楽になった。知らない人たちに囲まれるよりは、知ってる人が多い方が安心するよね?
「さて、リエス殿に協力を求めた理由を説明せねばな」
一通りメンバー紹介が終わると、王弟カムラートが口を開いた。
「グランラを治める王は『退屈王』と呼ばれておる」
「退屈王ですか?」
私は初めて聞く話だが、かなり有名な話らしい。
「とにかく、退屈だ、退屈だというのが口癖で、何か面白いことはないかと常に求めておる。城には毎日のように旅芸人一座が入れ替わり立ち代り芸を披露していると聞く」
「それでも、退屈なのですか?」
「まぁ、それほど退屈しのぎに飢えているということだ。今回の使節団は、ガンツ王にとってはよい退屈しのぎのようで、こんな要求をしてきた。『我を驚かすようなことを期待する』と」
カムラートの言葉を引き継いでサマルーが口を開く。
「まぁ、要するに、ガンツ王を驚かせるようなことができたら同盟も考えてやると言われているんですよね。こちらとしても、いくつか用意はしたのですが、どこまで効果があるのか」
「そんなときに、リエス殿によるメイクの話を聞いた。実際に目にした者に話を聞けば、驚いたという声ばかりだった。退屈王ガンツにも効果があるのではないかと、今回お願いしたのです」
「そうですか……私で役に立てるかどうかわかりませんが……」
メイクって、女性が関心を示すのと、男性の関心は方向が違うように思うからだ。女性は、自分も綺麗になれるかもしれないとプラスの感情で見るけれど、男性は夢が壊れたとマイナスの方向で見るように思う。
果たして、退屈王ガンツのお気に召すかどうか。
「あの、失敗したらどうなるんですか?」
千夜一夜物語とか、確か面白い話ができなかったら殺されちゃうっていうんじゃなかった?
「どうにもなりません。次は驚かせてくれよ、ということで終りです」
「それを聞いて安心しました」
ホッと胸をなでおろすと、シャルトが笑いかけた。
「大丈夫ですよ。リエスさんの腕は本当にすばらしい。きっとガンツ王の度肝も抜くことができます」
そーかなぁ?
「他にも、ガンツ王に関することで分かることがあれば教えていただけませんか?」
「退屈王は、愛妻家ということだ。妻を大事に思うあまり、人前から隠すほどに」
「人前から、隠す?」
まさか、妄想妻とかじゃないよね?
「後宮にも各地方の有力者から送り込まれた女性が何名か居るが、まったく通ってはいないらしい」
愛妻家だけど、後宮もあるんだ。複雑だね。
「妃との間には子供が4人いる」
なるほど。妄想妻じゃないのね。子育てしてて、后として公務もしなくちゃいけないなんて大変だものねぇ。表に出さずに大事にした方がいいよ。確かに。
「リエスさんの身に危険が及ぶことはないですよ」
シャルトの言葉が何を意味するのか分からなかった。ああ、愛妻家だから他の女性を所望したりしないってことか。
というか、私なんかを所望するわけないでしょうに。シャルトも心配性だな。
出発は3日後ということだ。
馬車を使っておよそ10日の旅。滞在は10日。およそ1ヶ月ほどで戻ってこられるということだった。
退屈王ガンツを驚かせるために、楽団や芸人や踊り子など色々な職の人間も同行するらしい。
小屋に戻ると、ラトが小屋の前であっちへ行ったりこっちへ行ったり、落ち着かない様子でうろうろしてた。
「少年~!!」
私の姿を見つけると、子犬のように走りよって来る。
「聞いてくれ、ついに、ついに、会えたんだー!」
「会えたって、誰に?」
「薔薇の貴女に決まってるじゃないか!」
決まってるんですか。
「よかったねー。で、会ってどうしたんですか?」
「どうしたって、どうもしない」
「は?」
「運命ならば、3回会えるんだろう?今日で2回目だから、次に会った運命の日に、話かけるんだ!」
はーそうですか。
「名前とか、どこの誰とか、そういうのは分かったんですか?」
「人から聞く気はない!自分で薔薇の貴女に尋ねるんだ!」
はーはー、そうですか。そうですか。
「ところで、ラトは王様がどんな人か知ってる?」
結局、あの場で王様を見ることができなかったので、ラトに聞いてみた。
「お、王様?少年は、王様に会いたいのか?」




