3、異世界人との2度目の接触は打撲
あと、何があったかな?
異世界生活15日目。
肌身離さず持ち歩いている斜めがけのカバンの中に手を入れて、食べ物を探す。
「カップラーメンも食べちゃったし、非常食の乾パンが、少しだけかぁ」
非常食は、もちろん災害のための備えだ。防災の日に毎年購入している。
30過ぎた独身女は、いろいろと不安で仕方がないんです。
この世界で早いところ生活の基盤を見つけないと、食料が尽きて生きていけなくなってしまう。
ああ、またも不安が胸をきゅぅっと締め付けた。
「とりあえず、これは本当の非常の時まで取っておこう」
乾パンをカバンにしまうと、小瓶を取り出した。手のひらに乗るサイズの小瓶には、琥珀色の液体が半分ほど入っていて、コルクで蓋がしてある。コルクの蓋のビンを選んだのは、この世界の文化レベルを考えてのこと。
山小屋から、東の方に山を下ると、ふもとに小さな街の姿が見える。
一週間ほど前から、この世界のことを学ぶために隠れて見ていた。
建物は、石とレンガと木でできたもの。商店街のように、主要道路の両脇に建物が立ち並んでいる。1階が店で2階が住居というものが多いようだ。およそ200mほどの通りが街と呼べるもののすべて。
街の東側には、畑が広がっており、ところどころに数件の小さな家が固まっているのが見える。農村なのだろう。
街の主要道路は石畳になっているけれど、街から、南北に伸びる道は何の舗装もされていない。
道を、1日に数人、旅人や行商人が通る。ほとんどが徒歩だ。
3日に1度、青い学ランっぽい形をした服装の帯剣した人が馬に乗ってやってくる。警察?軍人?そんなイメージ。巡回だろうか?近くに大きな都市があるのかな?残念ながら道の先は別の山に隠れて見ることはできない。
まぁ、とにかく交通手段が徒歩や馬ってことで、
「文化レベルは、産業革命より前って感じだよね?」
だから、レトロな雰囲気のコルク栓のビンを選んだ。どっかのお土産でもらったキャンディーの入っていたものだ。中身はとっくに空だけど、ビンは取ってあった。断舎利できないアラフォー女子ですが、何か?
そして、私の感覚で言うと、産業革命より前だと、甘味料は貴重品なはずだ。
砂糖や蜂蜜、そして
「メープルシロップ」
ビンを軽くゆすると、粘り気のある液体が揺れる。
「売れるといいな……」
ビンの中身は、手作りしたメープルシロップ。
メープルシロップの作り方は昔見た子供向けのアニメで覚えた。子供の頃は、原料となるサトウカエデの木がどこかに生えてないかと探し回ったものだ。
もちろんなかったけれど、サトウカエデの木の見分け方は今でもしっかり覚えていた。
そして、見つけたのだ!、この山にはそのサトウカエデがいっぱい生えている!子供の頃を思い出して大興奮。
「うわーっ!メイプルシロップ食べ放題だぁ!!」
しかし、その考えは非常に甘かった。メープルシロップだけに甘いとか。
何が甘いって、木の実みたいにメープルシロップはサトウカエデにぶら下がってるわけじゃない。
まず、木に穴空けて筒指して、滴り落ちる樹液をバケツに集める。これが、思ったより集まらない!半日でコップ1杯くらい。1日でやっとコップ2杯分。しかも、これはまだ樹液であって、シロップではない。
樹液を煮詰めてメープルシロップにすると、コップ2杯が、ヤクルト1本分にもみたない量になるという……。
「このビン半分が1本のサトウカエデから1週間樹液を集めて作った量」
正直、少ない!ホットケーキにたっぷりかけたら、1回でなくなっちゃうくらい少ない。
もっとたくさんの木から集めればいいんだろうけど、目立つ行動はできない。
もしも、この山が「入山禁止」で「幕府の直轄林」だったら、私打ち首になっちゃうし。
だから、見つからないようにこそっと、馬小屋の裏に生えてたサトウカエデだけで作ったのだ。
この世界の人から、情報を得てから大量生産するぞーっ!これだけのサトウカエデがあれば、ふふふっ。
たぬきの皮算用は忘れません。
果たして、メープルシロップは売れるのか?
需要はあるのか?
労力に見合うだけの価値があるのか?
山のサトウカエデを使っても大丈夫なのか?
頭の中をぐるぐると色々な考えが回って、たぬきの皮算用を自分で否定しかけたころ、山を下る獣道から、ふもとに見えていた道に出た。
あと、5分も歩けば、街の入り口だ、というところで、立ち止まる。
足ががくがく震える。
「緊張する……」
いや、緊張よりなにより、獣道を30分以上降りてきたから足ががくがくです。By運動不足アラフォー女子。
やっぱり、習い事にジム通いか水泳を入れておくべきだったか?
山道は四つんばいにならなければ下れない場所もあったし、何度か足を滑らせて転んだりしたので、服はあちこち汚れた。
大事なカバンも、かなり薄汚れた。でも、流石に帆布で作ってある丈夫が売りのカバンだけあって、ホツレも目立った傷もない。
この、斜めがけのカバンは丈夫なだけでなく、サイズも幅30×高さ20×マチ10くらいと、大きめで色々なものが入ってとても便利。かれこれ、3年くらい使っている。
え?おしゃれ?
33くらいから、おしゃれ<実用性になるよ。うん。経験してみたら分かるから。
冷える服より、冷えない服を選んだ時点で、何かが崩壊するんだ。(遠い目)
服装は、麻のズボンに綿のだぶだぶチュニック。ウエストを、皮紐で軽く結んでいる。靴にいたっては、わらじです。
もう一度言います。わらじです。
カルチャー教室で作った、布わらじです。ちょっと獣道を歩くのは大変でした。でも、部屋でスリッパ代わりに履くと気持ちいいんだよー。
日本だったらきっと残念な服装と紙一重。だけど、この世界の文化レベルで異質ではないと思う。
ファスナーも、プラスチックのボタンも、化学繊維もゴム底靴もないから。
さらに、綺麗過ぎないように、あちこち汚したし。
え?私、汚れたって言いました?わざと汚したんです。そうです。わざと転んだり、転がったり、……
足をがくがくさせながら、服に付いた土を手で払っていると、
「******!」
街からリヤカーを引いた青年がなにやら叫びながらこちらへ走ってきます。
何を言っているんだろう?
私に用事?
「*****!!」
すごい勢いで青年はこちらに向かって走ってくる。近づくにつれ、叫び声も大きくなり、そして、必死さをましている。
「あ!」
リヤカーを引いているように見えたけれど、青年の足は、地面から浮いている。
街から、ここは、少し下り坂で、青年はリヤカーに押されて下ってきているというのが正しい表現だろうか?
つまり、あれだ、青年は
「どいてくれー!危ない、ぶつかるぞー!」
と、言っている。きっとそうだ。
言葉は分からなくても、何とかなるもんだ。って、逃げなきゃ、ぶつかっちゃう!
と思ったものの、反射神経の鈍くなったアラフォー女子が、ガクガクの足でとっさに動けるはずもない。流石に勢いのついたリヤカーの直撃は免れたけれど、端っこがかすめて、後ろにしりもちをついて転んだ。
あー、やっぱりジムに通うべきだった。
リヤカーの端がかすった太ももをさする。
「いったったぁ……。後で、黒字になるかなぁ、でも打撲程度で済んで御の字だよねぇ」
もし、こんな医療設備の整っていない世界で骨折でもしたらと考えるとぞっとした。
確か、50代になると女性の骨粗しょう症ってぐっと増えるんだよね。
カルシウムとろう。50代なんてあっという間だし。
青年はリヤカーが止まると、私の元に駆けつけた。
「******!******!」
焦った表情と、身振り手振りから
「すまない、大丈夫か?」というようなことを言っていると推測されるが、言葉が通じないためなんと答えたものかと考えていると、
「ぐぅーーーーーっ」
私のお腹が先に返事をした。