283 暗殺
吾妻さんから伝えてほしいことを聞き終えると、すぐにトゥロンの元へと向かう。
宿には、ラトの身を守るための警備兵たちがたくさんいる。その中には、城薔薇宮の警護をしていた高校生兵の姿もある。革命軍が集まっていたカーベルさんの屋敷でも姿を見かけたので、信用できる人間としてこの任務が与えられているのだろう。
そういった、信用できる兵の一人にトゥロンたちがいる場所へと連れて行ってもらう。
……一人で行ってもいいんだけど、宿を出るときに「どちらへ」と尋ねられ、「護衛します」と言われてついてくるんだよね。
……もしかして、この宿の警備兵はラトだけじゃなくて、私のためにもつけられてたりする?
一般庶民だよ、私は!
トゥロンとカーベルさんへの面会はすぐに叶い、吾妻さんからの伝言を伝える。
ウォルフに戦勝国として賠償請求をするようにと。
こちらが立場が上だという態度で臨むように。
交渉事が得意な人材をアウナルスから派遣する用意もあること。
「それはありがたい」
カーベルさんが、喜色を浮かべた。
「正直なところ、今は前王が荒らした国を治めるので手いっぱいなのです。距離もある国だし、実際は戦火は起きなかったので、ウォルフへの交渉はあきらめようと思っていたろころ……。アウナルスに任せられればこんなにうれしいことはない」
カーベルさんの言葉に、ふっと顔が笑う。
「ん?女神よ、子供のように喜ぶカーベルがおかしいか?いい年のじーさんが、威厳もへったくれもないからな」
トゥロンは、ちょっとした私の表情の変化に気が付いたようだ。
もしかしたら、ラトのことで沈んだ顔ばかりしていたから、心配して私のことを見ていてくれているのかもしれない。
「いいえ、違うんです。アウナルスの吾妻さ……アズーマ陛下は、智の宰相と呼ばれるカーベルであれば断ることはあるまいと言っていたので」
「断るですと?こちらから頭を下げて頼み込むことはあっても、断るなど、そんな愚かなことするわけがないです」
カーベルさんが驚いた声を上げる。
うん。私も、断る意味がよくわからなかった。だから、吾妻さんが説明してくれたことを口にする。
「戦勝国としての利益を独占するために、賠償請求の交渉を他国に口を出させたくないと、もし言うことがあれば……とか言ってましたよ」
私が、どういう手段をもってこんな事細かに遠方にいる吾妻さんと会話をしていたかということを、トゥロンもカーベルさんも何も聞かない。
本当に女神だか聖女だかで不思議な力を持っているとでも思っているのか……。
いや、まさかね?
単に、何かを察して聞かないでいてくれるだけだろう。
ウルさんたちもそうだ。特別な私と吾妻さんの故郷に伝わる呪術的な何かとでも思っているのかな……。
「ふっ。確かに、ギレンだったら言いそうだ。だが、カーベルであれば断ることはあるまいと言いながら、わざわざそんな場合のことを言うってことは……新しく王となった私がまだ信用を得ていないということだな……」
トゥロンが口の橋をふっと皮肉げにあげる。
「今はまだ、カーベルや女神の言葉があるから、私を信じてもらっているだけということだ……。これから、私自身を信用してもらえるようにしろということか……」
カーベルさんが、トゥロンの肩をぽんぽんと叩いた。
そのしぐさは、家臣が王に対してというより、祖父が孫を励ますように見える。
「すぐに、認められますよ。アウナルスは優秀なスパイをたくさん持っていますから、トゥロン様の行動は筒抜けになるでしょう」
「カーベル、他国に筒抜けとういのはどうなんだ?それはそれでまずくないか?」
確かにねぇ。
スパイに情報が筒抜けって……。
でも……。
「アウナルスに害意がなければ大丈夫じゃないですか?むしろ、間違ったことをしようとしてたら教えてねくらいなスタンスで接するとか……」
という私の言葉に、トゥロンとカーベルさんが唖然とする。
「ほ、ほら、王様の先輩として、新参者の王のご指導をお願いします的な?いいくにつくろうトルニープ幕府」
こぶしを握って小さくガッツポーズ。
「幕府とは?」
「あ、うん、何でもない」
てへっとごまかし笑いを見せる。
「女神の言い方を聞いていると、王なんてのも、大したものじゃないような気がするな……」
トゥロンが笑った。
ううう。確かに。
先輩、教えてください!なんて、新入社員じゃないんだから……王様がほかの国の王様に国の修め方を教えるとか、ありえないか……。
「そうだな。また、悪政によって国民が苦しむくらいなら……悪政を行えば暗殺されるほうがいいよな」
「そうですな。陛下、私も宰相として道を誤ったときは暗殺されても構いません。その代り、陛下が誤りを正さないような人間となったときは、わたくしも容赦は致しません」
暗殺はだめでしょっ!
でも、それだけの覚悟を持って国民のために国を治めていくということだよね……。
「それで、女神よアズーマ王は、もし断るようであれば、なんと?」
「同盟あってこその勝利だということを忘れ、同盟国をないがしろにするのであれば容赦はしないと……」
そうだ。吾妻さんも容赦しないとか言ってた。
それって、戦争してトルニープをつぶすつもりなのかって思ったけど……暗殺するってことだったのかもしれない……。
戦争でお互いの国が疲弊するよりも、トップを暗殺して挿げ替えたら収まるなら、そちらを選ぶだろう。
「ないがしろにするつもりなどないが、現状、我が国には同盟国へウォルフ撃退に協力していただいたことに対して礼を言うことしかできぬ。疲弊した国を立て直すために、人も金も足りない状態なのだ……。差し出せるものといえば、国土くらいしか」
カーベルさんの表情が曇った。
「それで、アウナルスは直接ウォルフから賠償金をとるということでことをおさめようとしてくれているのだろう?」
トゥロンが今度は祖父を気遣うように、カーベルさんの背中をとんと叩く。
「だが、いくらアウナルスといえど必ずしもうまくいくとは限らない。ウォルフがわざと交渉を長引かせる可能性もある。同盟国すべてに分配できるだけの十分な賠償金を得ることができないかもしれない。また、もし賠償を作物で行うといわれても、遠い島から何週間もかけて作物を運ぶようでは、何もメリットが得られない。遭難のリスクを負ってまで運べるような距離ではない」
ほんの一瞬のうちに、カーベルさんはいくつも交渉で起こりうる可能性を上げた。さすがに頭がよく回る。
「ええ。だからこそ、与えられた恐怖心をウォルフが忘れないうちに、早期の交渉に臨むべきだと。トルニープは、ギレン周辺の証人や証拠品がれば手に入れておいてほしいと。それから、交渉内容について、」
私がメモを見ながら吾妻さんからの伝言の続きを伝えようとすると、。
「ちょっと待ってください、メモが必要なようであれば書とめます」
カーベルさんが筆記用具を用意したいと言った。
「女神のメモをいただくわけには?」
トゥロンが慌てるカーベルさんに提案するが、あいにくとメモはこちらの言葉ではない。
「ああ、まだ文字を書くのには時間がかかるから……故郷の言葉で書いてあるの……。」
手元に持っていたメモをひっくり返してトゥロンに見せる。
「これが……女神の国の文字……」
トゥロンが食い入るようにメモを見た。