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273 火炎

 ま、まぁどんな覚えられ方していたというのは、この際関係ない。覚えられていたのはありがたい。

『そうよ、ギレン。あなたも見たでしょう。祭りでの奇跡を。ミュイロン王子が姿を現したその瞬間を』

 拡声器を使って将軍の乗る船に話しかける。

「し、知らない、奇跡など、お前が女神なんて信じるものかっ!」

 ギレンがみっともなく叫ぶ。

「どういうことだ、ギレン、この声の主には奇跡を起こせる力があるのか?」

「まやかしだ、まやかし……」

 ブツブツとギレンがつぶやいているのがイヤホンから聞こえる。

 ユータさんが、呆れたような声を出すのも聞こえた。

「まぁ、もし女神だと認めてしまうと、女神にたいして貧相なんて天罰ものだよなぁ」

 あー、はい。そうですね。

 って、ユータさん、そこ?

 緊迫した場面なのに、どこか間の抜けた言葉に肩の力が抜ける。

 張り詰め過ぎた糸は切れるのが早い。少し緩んだ方がいい。分かっていても、こんな状態では難しい。だからこそ、ユータさんは気を回してくれたのだろう……。と、信じたい。

「将軍、祭りに潜伏していた者が言っておりました。聖女と呼ばれる女性が奇跡を起こしていたと……」

 あ、そうそう。聖女というのもありました。

「女神の力を持った聖女が本物だとすれば……」

「本物だ、空を飛べるなんて、神以外にいるはずがないっ!」

「いやだ、いやだ、神に仇なすなんて、私にはできません」

 突然に攻撃されて、反射的に反撃していた兵たちだが、ここにきて頭が少し冷えたらしい。

 そう、敵は空から攻撃していると、自覚したのだ。

 弓を投げ捨て船の端に逃げ出すものが出始めた。

「お、お前ら!神がなぜ我々に矢を向ける?たとえ神だったとしても、異教の神だ。恐れることはない!」

 将軍が逃げ出した兵を叱り飛ばす。

「申し訳ありません、命令をされて、私は仕方なく……」

 ブルブルと震える声が聞こえる。

「貴様、私に罪を擦り付けるというのか?異教の神だと言っておろう!さぁ、弓を持て!」

 責任を負わされる形になった将軍の声に焦りが見える。

『異教の神か……。信者ではないのであれば、遠慮はいらぬということか?』

 日本人としては、異教だろうか何だろうが、神は神っていう感覚なんだけどね。

 なんせ、一神教じゃなくて、八百万の神様のいる国なので。異教の神だから敬意を払わなくてもいいというのは理解に苦しむけれど。

『せっかく、こうして使者を使わせ、犠牲者を出さずに国に返ってもらおうと思ったのに、無駄になったようだ……』

「犠牲者を出さない?」

「将軍、船に多少の損傷はありますが、いまだ犠牲者はいません」

「ふっ。なるほど。恐れるな。神を名乗ってはいるが、大したことはない。我々は何の痛手もこうむってはおらぬのだからな」

「そうですよ、将軍。こけおどしです。聖女とか女神とか、嘘に決まっています」

 イヤホンから聞こえる言葉は強気だ。

 誰も傷つけたくはないけれど、船の一つ二つは沈んでもらわないとダメなのだろうか?

 船員に犠牲者が出ないように船を沈めるなんてできる?

「リエ、次はどうしたらいい?」

 ラトに問われても答えられない。

 どうしよう。

『私は、誰も犠牲にしたくありません。ですが、私の力を見せなければならないと言うのであればもう少しお見せいたしましょう』

 ふぅーっと、息を深く吐き出す。

「ラト、火を消して」

 しっかりと消火しているのを確認してから、鞄からいくつかの瓶を取り出す。

 油、アルコール……それよりも、もっと引火しやすく危険なもの。使わずにすめば使いたくなかった。

 瓶を、ラトに船に向かって落としてもらう。

 実は、気球には水の入った瓶を詰め込んだ。鞄からたくさんの瓶を取り出す様子を見せるわけにはいかないので、ラトが船に狙いを定めて投げているすきに、瓶をすり替えている。

 だから、かなりの数の瓶が用意できる。

「うわっ、何だこれは、水でも油とも違う。酒でもないみたいだぞ」

「将軍、臭いのひどい液体が、次々と」

 狙ったのは、今まで一度も火矢を放っていない将軍の乗った船の手前の船だ。

「まさか、毒?」

「将軍、どうすればよろしいですか」

「臭いくらい我慢しろ」

『警告いたします。今すぐに船を放棄して海へ退避してください。救われたい者は30数えるうちに船から逃げてください』

 混乱。

 将軍は逃げるなと命じるが、海を挟んでいる別の船だ。

 逃げ出す人を捕まえる”手”がない。

 次々と船から人が飛び降りていく。飛び降りた人間は、別の船から降ろされたロープにつかまり無事なようだ。

『逃げ遅れた人はいませんね?』

 ラトの投げた「灯油入りの瓶」は巻き上げた帆を中心に当たっている。

 灯油の引火温度は40度。

 冬じゃなくて良かった。ガラスが割れて勢いよく飛び散った灯油は気化しやすい。

 そして、灯油に直接火をつけることは難しいが、灯油がしみ込んだ布は空気に触れる面積が増えて燃えやすくなっているはずだ。

 ラトが、火矢を船に向けて構える。

『ウォルフが誇る船など、トルニープにとって何ら脅威ではないということをその目でごらんなさい』

 ヒュンッとラトの放った矢が見事に船の帆に突き刺さる。

 いや、突き刺さったかどうかも分からない。

 近くに矢が到達したその時点で、爆発したのかと思うくらいすごい勢いで炎が立ち上がった。

 炎の熱が、さらに灯油を気化させ、あっという間に船が炎に包まれ、そして……。マストが崩れ落ちる。

「ギ、ギ、ギレン、お前、あんなすごい兵器があるなど、一言も報告しなかったではないか!」

「いや、あの、将軍、私は……」

「まさか、二重スパイか?我らがウォルフの船を奪い取るために……」

「ち、違います、決してそのようなことは!」

 冷静な判断を下すべき将軍が兵たちと同じように動揺を見せている。

「あー、仲間外れ始めたなぁ」

 ユータさんの突っ込みの言葉も、ここから先どう話を持って行けばいいのかと脳みそフル回転の私の頭には入ってこない。

『ギレンは何も知りません。前トルニープ王のご機嫌を伺い、裏をかきうまくやったつもりでしょうから。王弟トゥロンの動向も、前宰相カーベルによる革命軍のことも。そして……、空の軍、空軍のことも』

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