266 一人じゃない
距離的に近いキュベリアとアウナルスは、援軍を送る準備を始めてくれているらしい。
平和を望んで、同盟の道を考えていたキュベリアが、兵を準備することになるなんて……。他国のために……。
キュベリアの人達は、どんな気持ちになったんだろうか……ラトは、どうして援軍を派遣することに決めたのだろう。
いや、うん、分かってる。
吾妻さんの、アウナルスの答えと同じなのだろう。
ウォルフがトルニープを手にした次は、キュベリアが狙われる、アウナルスが狙われる。まだ、この大陸にウォルフの地盤がないうちに叩いておく必要がある……と、そういうことだ。
……。
いくら防衛のためとはいえ、戦争……。その決断はいかなる気持ちで行ったのか……。
いくら援軍が来るとはいえ、ウォルフが攻め込んでくるまでには到底間に合わないだろう。
それまで、どれだけトルニープがウォルフの動きをけん制できるか……。なるべく、人々の被害が無いように……。
いや、私は、できれば戦争を諦めてウォルフが引き返してくれることを一番に望んでいるんだけど……。
はー。
モヅ村に足を運び、準備の進み具合を確認する。
どこにスパイが紛れ込んでいるか分からないが、モヅ村では村人以外の姿はないから秘密は保持されているようだ。
また、元々村人でも口の堅い人間しか製造には関わっていないため、村人が外部に漏らすこともない。
秘密にできるかどうか……そこが一番大切なポイント。
完成した物の一つを、村長の家の中で実験する。
実験に立ち会った人間は私とウルさんと、村長さんと、村人でも作業のリーダー各の女性2人。
実験は成功した。
「こ、これを……私たちは作ってるんですね……」
女性が驚きで口をふさいだ。
「ええ、とてもうまくできています。あとは、できるだけ数を増やしてください」
それから、ウルさんが足りなかった材料を村長の家に運び込んだ。
そして、村長と最後の打ち合わせだ。
大切なのは、タイミング。
合図を決め、タイミングを念入りに打ち合わせする。何度も往復する時間はない。今決めておかなければならない。
そう、もし雨が降っていたら、もし風が強かったら、もしウォルフの到着が遅れたら、もし、波が高かったら、もし……いろいろな場合を想定して打ち合わせを進める。そのあたりは、ウルさんが主導権を取って進めてくれた。
……私では思いつかない「もし」の話を含めて。
ああ、そうか……。そういう場合もあるんだと、私も勉強になった。
やっぱり、私が一人で突き進まなくて良かった。相談して良かった。
私は、一人じゃない……。
秘密……抱えている、それだけだ……。仲間がいる。
心の奥に、再び暗い影が差した。だけど、今はその気持ちと向き合っている暇はない。
ユータさんからの情報も届いた。
油をしみ込ませた火船の話。相手の船を沈めるために燃やすなら、火矢も有効。
火炎瓶のような一気に火が広がるものが用意できないかということも調べてくれた。
引火して火の広がりが早いのはガソリンだが、ガソリンをこちらの世界の戦争で使うのはオーパーツになる。そもそも、扱いが危険で、火が近くにあれば無駄に火が広がる可能性がある。
……怖っ!
こちらの世界でも、オーパーツに当たらないのはアルコールだ。つまり酒。
度数が高いアルコールであれば、火を近づけると発火するらしい。度数の高いアルコールならば、こちらの世界でも「火酒」と呼ばれる類があったはずだとユータさんが言った。
「使うなら、日本からかき集めるけど、どうする?」
度数の強い酒の種類はよくわからない。日本に居た時も、発泡酒やビール、居酒屋メニューのチューハイやカクテルしか飲んだことなかったからねぇ。
ショットバーとか、日本に帰ったら行ってみようかな。ユータさんは行ったことあるのかな?
「使うかどうか分かりませんが……、使いたいと思った時に使えるように集めてもらえますか?」
お酒って高いものは高いんだよね。
あ、お金。
「ユータさん、お金、銀行口座の番号教えてください、お金を入れますからっ!」
和紙とか他の代金も全部立て替えてもらってるよね?
「いや、気にしなくていいよ。金持ちじゃないけれど、困っているわけでもないし……。第二の故郷の一大事なわけだし……」
第二の故郷……。
そうか。ユータさんにとって、こちらの世界は大切な故郷なんだ。
「いえ、でも、あの、」
だからと言って、お酒をかき集めるとなればかなりな金額になるんじゃないだろうか……。
あ、そうだ……。事後承諾で悪いけど、後で言えばきっとオッケーしてくれるよね?
「お金、預かってるのがあるので!吾妻さん、えっと、アウナルスの王様やってる日本人の吾妻さんのお金……それを使ってください!」
ユータさんが目を見開いた。
視線を、机の上に置きっぱなしにしてあった「グアルマキート戦記」に向けて、私に戻る。
「久司……?」
「あ、はい、その人です」
「くっ、そりゃいいや。王様のお金か!湯水のように使えるな!」
ユータさんが楽しそうに笑い出した。
「だめですよっ!王様のお金は税金ですから、大切に使わないとっ!」
「ふっ、そうですね。では、税は税でも、税金じゃなくて印税の方を遠慮なく使わせてもらうとします……」
にっとユータさんが笑った。
笑っている場合ではないけれど、少し気持ちが楽になった。
ああ、一人じゃない。
秘密を抱えていても、秘密を共有できる人もいたんだ……。
鞄の中にユータさん。
遠くの国の王様、吾妻さん。
……。
もしかして、家族にも話したら受け入れられるだろうか?
秋田の家族……。
ここに、サンコーポ201号室に来てもらえれば、会える……。