264 目くらまし
「ああ、リエスさん、こちらにいらっしゃったのですね。投網はどこ運べばいいでしょう?」
弓を持ったままぼんやりと立ち尽くしているとウルさんが現れた。
「投網?あ、……」
ダメ。今はぼんやりしている暇なんてないんだ。
時間がない。
ウォルフが攻めてくるまで、時間がない。
悩むのなんて、いつだってできる。
ふっ。そもそも、明日にでも命を落とさないとも限らないんだから……。
今は、今しかできないことに集中しなくちゃ。
「広げてどんな感じか確認できる場所に運んでもらいたいの。それから、微調整してもらうことが出てきた時に作業できる人を何人か確保できるかな?」
「分かりました。では、投網は王都の西門の外でもよろしいですか?開けた場所がありますので。
西門の外……か。
ウォルフのスパイが見られるだろうな。
どうしたものか。
投石器に関しては、あえて見せる。威力を知らしめ、近づかせない。それによって、ウォルフの進路をある程度制御できればという狙いがある。
投網は、どうするべきだろうか……。
「投網を海に張れば船の侵攻の邪魔ができるでしょうか……」
ふとウルさんが漏らした言葉。
確か、船のスクリューにロープが絡んだだけで壊れるんだよね?
でも、ウォルフの船はスクリューで進むわけじゃないよね。それでも、もしかして舵の邪魔になったり、何らかの進行の邪魔になるんだろうか。
「いえ、もちろんリエスさんがそのような目的で投網を使うんじゃないというのは分かっています……もしそうなら、わざわざ港町から王都まで運ばせたりしないでしょうし……」
……そうか!
「ねぇ、ウルさん、実際にやってみませんか?投網を張って、船の進行を邪魔するの!」
港町に投網はあるんじゃないかな?
今からでも、いくつか作れるんじゃないかな?
投石器は男たちが総出で作ってる。女たちの手はまだ空いている。何かしたいという思いもあったみたいだし。
「そうですね、無駄かもしれませんが、有用かもしれません」
うん。
有用だったらラッキーだ。
もし、無駄だったとしても……。
王都の西門で投網を広げている様子をスパイが見ていたとしても、海に張って船の進行を邪魔するためのものだと勘違いしてくれるんじゃないかな?
だったら、いくら見られたって平気だし。
目くらましになるなら、投網の準備も全くの無駄にはならない。
ウルさんが、投網作戦を伝えに走った。
トゥロンやカーベルさんからの信頼を受け、ウルさんには何名か人がつけられているようなので、あちこちにいろいろと手配するのを助けてもらっているらしい。
ウルさんの背中を見送りハッとする。
「あ、私もこうしちゃいられないんだ」
弓を持ったままいったん、カーベルさんの屋敷に戻る。
与えられている部屋に入り鍵をかける。鞄の中に頭を突っ込み、必要な物を引っ張り出す。
これで、足りるかな……?
まさか、こんなことに使うことになるなんてね……。必要な物、後はユータさんにいくつか買ってきてもらわないと。
廊下に目をやると、そこに和紙が立てかけられていた。
メモが添えてある。
「とりあえず入手できた分です。必要量を集めるためにまた出ます」
ユータさんからだ。
ありがとう。
引っ張り出して使い方の確認などをしたものをもう一度鞄の中に入れる。
部屋には誰も入らないようにと伝えてある。だから、誰かが勝手に部屋の中に入ることは考えにくい。
だけど、万が一誰かが間違って部屋に入った時……。いや、もしかするとウォルフのスパイが何かを探るために侵入するかもしれない……。
いろいろな状況を想定して、部屋に置いておくことはできない。
オーパーツなのだ。
万が一に備える必要がある。
オーパーツ……。
使い方次第で危険な火薬などではない。機械類でもない。
だが、ナイロンなどのありえない素材がふんだんに使われている。ミシンの縫い目1つ見ても、この世界の常識からは離れたものだ。
鞄の中に入れ、代わりに和紙を取り出す。
かなりの量だ。
嵩張るし重い。
布屋に置かれた、何メートルも布を巻いたものに似てる。
それが、いくつもある。まず、部屋の中に出して並べ、次にそれを部屋から廊下に出して壁に立てかける。
「お願いがあるんだけど、いいかな?」
人を探して声をかける。
「はっ!女神様!お願いでございますか?」
って、女神呼びが定着とか、頼む、辞めて!と思ったけれど、今はそんなことを気にしている時間もない。
それに、私の姿を見ただけで誰か分かってもらえるのはありがたいと思っておこう。
短髪の女っていうのが目印になっているとは思う。だから、あえて、少年の格好はせずに侍女風の質素なワンピース姿で動き回っている。
スカートの方が、鞄を服の下に隠しやすいというのもあるけど……。
「この和紙……紙を、街に運んでもらいたいんだけど……。作業している人達の元に。えっと、たぶん広場あたりで作業してるとは思うんだ……」
「はい、すぐに!」
兵士の一人かな。
ぴしっと敬礼してから去って行った。
んー、広場で作業か。
スパイの目にとまるのは間違いないよなぁ。
誤魔化すために何か、目くらまししておいた方がいいんだろうか?
……何を作っているのかは分からないとは思うけれど……。
警戒されて破壊されたりとか……。
そういう可能性も考えた方がいいかもしれない。
わざわざ気にするほどのものではないと、思わせる物……。
ああ、そうだ!
紙は無駄にできないから、布で作ってもらおう。同じように大きくつないで作れば、同じものを作っているって思われるよね?




