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260 吾妻

 王都に戻る前にユータさんに連絡を入れる。

 ウルさんには少し休憩をと言って距離を取った。うん、勝手にトイレ休憩だと思ってくれるのです。女性で良かった。

「ユータさん、急いで買ってきて欲しい物がいくつかあるんですが、お願いしてもいいですか?」

 幸いにして、東京には色々な店がある。私が欲しい物も東京ならすぐに手に入るだろう。

「ああ、分かった。僕からも一つ、話があるんだ」

 ユータさんは、お願いした物のメモをポケットにしまうと、難しい顔をした。

「これ……」

 ユータさんが手にしていたのは「グアルマキート戦記」の3巻だった。

「勝手に見てごめん」

「いえ、全然構いません。えっと、その本がどうかしたのですか?」

 そういえば、この本を受け取ってからだいぶたつけど、まだ全然読んでいなかった。吾妻さん、待ってるだろうなぁ。

 でも、こんな状況だから、読む時間が取れないんだよね。そこは分かってもらえるよね?

 ユータさんは、本をパラパラをめくって、挿絵のあるページを私に見えるように向けた。

「佐藤さんは知らないかもしれないけど、僕はこれに見覚えがある」

 まさか……。

「守護されし……者の……印……」

 挿絵には、コインのような絵。だけれど、十字と丸が三つのそのデザインは……守護されし者の印……。

 偶然?

「ああ、佐藤さんも知ってた?そう、これ……小説の中では「守れれし者の証」と書かれている。間違いなく、同じ物だと思う」

 守られし者の証……守護されし者の印。確かに翻訳の仕方程度の違いだ……。

「その世界に居た人間が書いたものに間違いないと思う」

「ってことは、もしかして……私とユータさん以外に……」

 日本に帰って小説を書いている人がいるってこと?その人に話を聞けば私……、帰る方法が見つかるってこと?

 ユータさんは、さらに衝撃的なことを口にした。

「読んだ限り、これは史実だ。国の名前は違うが……間違いないと思う。もちろん、フィクションの部分がないわけではないと思うが……」

 え?史実?

 グアルマキート戦記は……。

 主人公の久司が異世界に紛れ込んでしまい、そこで戦争に参加することになる話だ……。

 久司は、日本に帰らない決意をしていたはずだ。それも真実だとすれば……。

 久司は、まだこちらの世界に居る?

 え?でも、どうやって小説を?

「この、グアルマキートがアウナルスのことだと思う。アウナルスの王は、日本人ということになる……」

 アウナルスの王が、日本人?

 西の大国アウナルス……。

 アウナルスにいる日本人には一人心当たりがある……。

 吾妻さんだ……。

「あ、づ……」

 吾妻さんが、アウナルスの王?

 そんな、まさか……。

 携帯電話だけはつながっていた吾妻さん……。小説なら、メールで送信できたかもしれない。

 小説の執筆をつづけるために、日本へ帰らないと思った後も、携帯でつながりを求めた?

 ああ、なんてことだ……。

 考えれば考えるほど、腑に落ちることばかりだ。

 ウルさんがボスと呼ぶ吾妻さん。

 アウナルスの上層部にいるだろうとは思っていた。

 あれほど多くの人を動かすことができるんだ。

 ……。

 オーパーツを持ち込むことに否定的だった吾妻さんが欲しがったもの……。

 携帯と、そしてこの本だ。

 自分が書いた小説が本になった物を手に取って見たかったに違いない……。

 ずいぶんと人気がある作品のようだ。アニメ化映画化……いろいろな関連グッズに……累計何万部?

 お金があったのも、きっと印税や、関連商品の版権料とかそういうものだろう……。

 ああ、ああ、……。

 なんてことだろう……。

 吾妻さんを疑って、疑って……。

 疑う必要なんてはじめからなかったんだ。

 「グアルマキート戦記」に出てくる久司は……鞄を奪うような人間じゃない。

 「グアルマキート戦記」の久司は、むやみに人を苦しめるような戦争をするような人間じゃない。

 むしろ……戦争を憎んでいる。

 人々を助けようとしている。

 ウォルフ……。

 ウォルフによって、この大陸に戦争がもたらされるなんて、きっと吾妻さんには見過ごせないことだろう。

 ……。

 表向きの同盟じゃない。

 トルニープと、アウナルスは同盟を組むことができるはずだ。

 吾妻さんとトゥロンは……手を取り合える。

 戦争を回避するためならば、キュベリアもアウナルスも……ピッチェだって……。


「ウルさん、ボスは……アウナルスの王だったのですね」

 ウルさんの元に戻って、最終確認をした。

「ええ、そうです。我らがボスは、アウナルス国王、アドゥーマ陛下です」

 そうか。吾妻さんは、アドゥーマと呼ばれているのか……。

「ウルさん、私は今まで、どこまでアウナルスのことを信じてもいいのか半信半疑な部分がありました。いくらウルさんやボスが信用のおける人間だと分かっていても、王国である限り、王政であるかぎり……王の一言ですべてが覆ることがあると……そう、思っていたんです」

 ウルさんが静かに私の話を聞いてくれる。

 「グアルマキート戦記」の1巻2巻を読んで、久司の人となり……吾妻さんの思いを知っている。

 出て来たキャラクターにウルさんやセボンさんもいたかもしれない。

 ウルさんも、もと奴隷で、吾妻さんに救われた人なのかもしれない……。

「ウルさん、私、久司……いえ、ボスと同じようにしたいんです」

 「グアルマキート戦記」1巻の内容を思い出す。

「圧倒的な戦力差を見せつけて、ウォルフを戦わずして撃退したい……」

 私の言葉を聞いて、ウルさんは静かに頭を縦に振った。

 無理だとも、できるわけがないともウルさんは言わない。

 それは、ボスを……久司を近くで見ていたからだろう。


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