246 刹那の再会
陛下の前へと進み出る。
ウルさんが、演出の手伝いと護衛を兼ねて、私の横についていてくれている。大丈夫。もし、陛下の怒りに触れるようなことがあっても、ウルさんが守ってくれる。
震えそうになる足を必死で動かす。陛下の3mほど手前まで来る。すべてがはっきり見えるような距離だ。
打ち合わせ通りウルさんに、私の姿を黒い布で覆ってもらう。
「陛下、心に誰かを思い浮かべてください」
暗幕の中で、カバンの中に頭を突っ込む。
ユータさんは準備万端でスタンバイしてくれていた。私の顔を見ると、無言で頷き、そして部屋に入り、すぐに戻ってきた。
私も、無言でユータさんに返事を返し、カバンから、奇跡を呼び込んだ。
暗幕を自ら取り払い、そして、奇跡を皆の前、陛下の前で見せた。
「陛下の強い思いが、奇跡を呼び寄せました」
舞台を凝視していた人々が息を飲む音が聞こえる。
確かに、暗幕の中には聖女が一人だったはずだ。それなのに、いつの間にかもう一人いたのだ。
ああ、奇跡だと、誰からともなく囁く声が広がっていく。
「予は、誰も思い浮かべてなどおらぬ……」
奇跡を奇跡だと認めないためか、陛下が首を振る。
「陛下、陛下の心に強く思い浮かべた人物ではありませんか?よくご覧ください」
エロキモ陛下は、ハッとして、私の前に立つ少年の顔を見た。
薄茶色の髪と目、そして、右頬に三角の形に位置する黒子を。
「ま、まさか……」
陛下は、よろめくように椅子から立ち上がり、そして、二段の階段を降りた。
「そんな……奇跡だと、奇跡だというのか……」
ミュイロン君の左手を取り、手の甲にある蝶の字を確認する。
「ああ、ミュイロン、ミュイロンなのか……?」
よく言葉が分からないミュイロン君だが、名前を問われたことは理解できたようで、小さく頷いて見せた。
「ああ、この目、この口……。妃に良く似ている……。奇跡、奇跡だ。失った王子が、私の大切な息子が!」
陛下が感極まった声を出した。
奇跡でもなんでもない。
まだ体の小さな子供であるミュイロン君は、カバンを通ることができた、ただそれだけだ。
息子を奪われたと思ったことが、アウナルスに戦争を仕掛けようとした原因であるなら、これで陛下も思い直してくれるはずだ。
ほっとしたそのとき、それは目の前で起こった。
ウルさんは、私の身を守ろうと動いた。
兵たちは、目の前の奇跡に心を奪われ警戒を怠っていた。
群集の中から、舞台に一人の女性が上がっていた。
女性は、あっという間に陛下の後ろまでかけてくると、胸元からナイフを取り出し振り上げた。
「私の息子は、お前のせいで食べる物も十分食べられず死んだんだ!息子を失う苦しみもお前にも味あわせてやるっ!」
髪の毛を振り乱し、狂気にみちた目をした女性は、振り上げたナイフをミュイロンくん目指して勢い良く振り下ろした。
「ミュイロンくんっ!」
誰も動けなかった。
兵士たちも、私も、私を守ることを最優先にしたウルさんも……。
誰も、ミュイロンくんを助けるために動けなかった。
ただ、一人を除いて。
ズンッ。
そんな音が聞こえたように感じた。
決して切れ味の良さそうに見えないナイフが、力任せに人の肉にめり込む音。
怒りに、憎しみに、狂気した者が何の躊躇も泣く振るったナイフは、奥深くまで体に飲み込まれていく。
ナイフから手を離した女性は、真っ赤に染まった手を天に突き上げ、狂気に満ちた笑い声を上げながらくるくると回り、舞台から落ちた。
どさりという音で、我に返った兵が、女性を取り押さえに走る。
そして、ナイフを背中に受けた陛下が膝を付いた。
そう、誰一人として動けないでいたあの時、ミュイロン君をナイフから守るために唯一動いたのは、陛下だった。
「無事か……よかった。ミュイロン……」
陛下の口から、一筋血が流れた。
ナイフが内臓どこかを傷つけている証拠だろう。
「顔を、よく見せておくれ……」
陛下が両膝をつき、力なく片手を上げ、ミュイロン君の頬に持っていった。もう片方の手は、だらりと垂れている。
「3年間、無事だったんだね……」
陛下の口にした無事でよかったというのは、今この瞬間のことではなかった。行方不明になっていた3年間をさしていたのだ。
「顔色も、髪の艶もいい……傷もない……よかった……。ミュイロン……」
陛下の血に汚れた口元が笑みを作る。
そして、次の瞬間、陛下の体がゆっくりと傾き、倒れた。
すべてがまるでスローモーションのようにうつる。
「陛下っ!」
叫び声と、人の足音。
私の目に映ったのは、何が起きたのか分からずに、ただぼーぜんとする……。
「ウルさんっ!」
私は、ウルさんに暗幕を頼みミュイロン君の傍に駆け寄る。
ウルさんが暗幕で私とミュイロン君の姿を覆ったのを確認して、すぐにミュイロン君の目を片手で覆い、カバンを通す。
日本へ、ミュイロン君を送る。
「ユータさんっ」
ユータさんが、現れたミュイロン君を部屋に通しドアを閉めたのを確認して、私も頭をカバンから出す。
「ユータさん、ユータさん……」
今現実で起きたことでパニックになった私は、言いたい言葉が上手く口に出ない。
「どうした?大丈夫?落ち着いて」
ユータさんの手が、私の頭を軽くぽんぽんとなでてくれた。
「ミュイロン君の目の前で、陛下が……ミュイロン君の父親が刺されました……」
私の言葉に、ユータさんが息を飲んだ。
「無事なのか?」
ユータさんの質問に、大きく首を横に振る。
「分かりません、だけど……」
たぶん、だめだと思う。
「分かった。今後のことは、また相談しよう。ミュイロンのことは任せて」
目の前で人が刺されて倒れた、しかも自分をかばって。それを見たミュイロン君の心のケア……。
今はユータさんを信じてお願いする。
そして、私は、一国の王が刺された舞台へと戻った。
いつもご覧いただきありがとうございます。
話も架橋に入ってまいりました。活動報告にも書きましたとおり、あと数話で更新頻度に変更がございます。




