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241 兵士の舞台

 うわっという熱気が舞台の方から伝わってきた。

 そういえばいつの間にか演奏の音が聞こえないから、次の演目に変わったんだ。

 祭の開催が急だったということもあるし、そもそも紙がない世界だったので「プログラム」を配っているわけでもない。

 その日の演目の順番などは、見るまで分からないのだ。

 いや、もちろん、前評判や噂といった類が紙のチラシよりも効果を発揮するということもある。

 今回の無料食料配布があるB1グランプリの話など、数箇所の飲み屋で噂を流しただけで、次の日にはほぼ都民全員が知っていた。

 噂の伝達速度が速いのは、何も貴族社会だけだったわけじゃないのね。

 そりゃそうか。テレビもネットも何にもない世界だもの。情報の伝達は人から人に伝えることがすべてだ。速度も早くなるってもんだよねぇ。

 じゃないと、どこそこで泥棒が入ったとか、情報が伝わらなくて家にも入られたとかたまったもんじゃない。

 ……。それ、東京じゃぁ普通だなぁ。近所に泥棒が入ったとかいう情報も、耳にすればいいほうだ。ご近所さんとの人付き合いがないと全然分からない。郵便受けに警察署からの注意喚起のお知らせを見て、初めて知るくらいだ。

 ……。思えば、実家の秋田では、まだ噂話での伝達が生きてたんだよなぁ。

 いくらこの世界での噂の伝わり方が早いといえども、興味があるか無いかでは全く違うっていうのも実感した。

 B1グランプリの話は、翌日には広まってた。

 しかし、残念ながら聖女として「食べ物を食べる前には手を洗いましょう」と言った話は、なかなか広がらなかった。

 ……。聖女の話なんて興味ないのかな?って思えば、そうでもなく……。

 聖女の奇跡の話は、翌日というか、半日後には広まってた。

 ……。そうですか、聖女に興味がないんじゃなくて、手を洗うイコール食べ物をお預けになるのがいやなんですか……。しょぼんっ。

「聖女様が奇跡がはじまるのはいつだろうなぁ」

「奇跡なんて、本当に起こるのかな?」

「何だ、お前は聖女様を信じてないのか?」

 と、奇跡肯定派と否定派の会話が耳に届く。実はこれ、王都で今一番話題の話です。トレンド入りすること間違いないです。

 ごめん。奇跡じゃなくて、イリュージョンなんだよ。

 ……なんだか、純粋に信じてくれてる人たちを騙すみたいで心が痛いです。そそくさと、会話が聞こえないように逃げ出す。

 舞台が見えるところまで移動すると、遠目でもしっかり見えるよ。

 あれ、兵たちに即席で演目増やしてもらったやつだ。

 テーブルクロスを剣に結び付けてデモ演技してもらったときとは違い、ちゃんとした”旗”が用意されている。

 揃った動きで、豪快に旗を振る兵士たち。

 かっこいい!

 ビシッと剣を上に突き上げる。じゃなくて、旗を剣を突き上げるように突き上げる。布は広がっていない。

 それを大きく人を切りつけるように上から斜め下へと振り下ろす。

 旗が大きくはためくのが遠めでもよく見える。動きが揃っているだけで美しい!

 それだけではなく、私が提案したときよりも、ダイナミックな動きが色々と追加されている。振り回した剣……じゃない、旗の上を飛び越える人がいたり、剣と剣を打ち合わせて……じゃなくて、旗と旗をクロスに打ち合わせたまま回転する人がいたり……。

 現代でも、チアガールやよさこいの踊りなんかで旗振りを見ることはあるけれど、元が剣技というだけで、すごく目新しい感じだ。

 すごい。

 鍛えた体で、布が受ける空気抵抗などものともせず振る旗の動きは本当に、

「ステキ……」

 私の心を代弁するように、隣に立っていた女性が溜息をついた。

 ドヤッ!

 すごいのは、すぐに旗振りをマスターして、私が教えた以上のアレンジを加えた兵士さんたち。

 それから、見事な旗を揃え、制服ベースの衣装を用意した侍女さんたちです。

 はい、私の手柄でもなんでもありません。

 だが、兵士さんや侍女さんの代わりに、盛大にやっときますよ。

 ドヤッ!

「これはすごいですね」

 おっと。ドヤ顔を見られるところだった。やばいやばい。

 いつの間にか、エボンさんが隣に立っていた。

「剣技の応用ですか?娯楽として十分成り立っている」

 エボンさんが感心したように唸り声を上げた。

 女性人の溜息だけじゃなくて、男性にも評判なようだ。よしよし。

「これは、ボスに言ってウチでも早速導入するといいな。式典や祭典で国民の目を楽しませられる。それに、剣だけと違い、旗を振るのは力が要りそうだから訓練にもなりそうだ」

 うっ。

 エボンさんの見る目は、一般の男性の目と違うようです。あてにはなりません。

 ボスに言ってウチで導入?

 ボスは式典や祭典や兵の訓練に口出しできる立場ってこと?

 しかも、エボンさん「領民」とかじゃなく「国民」って言ったよね?だから、ウチってのは国、つまりアウナルスを指してるんだよね?

 吾妻さん……。アウナルスで相当高い地位なのね。

 もしかして、宰相とか?

 宰相って……、政治の世界では王に次いで偉い立場だよね?……。

 いや、まさかね。

 まさか、だよね?

 まだ、将軍とか参謀とかなら分かるけど……。宰相ってなんか、貴族社会にも馴染まないとやってけそうにないイメージなんだけど……。

 っと。

 吾妻さんは「自分のことは知らない方がよい」っていうようなこと言ってたよね。

 危ない、危ない。考えちゃだめだ。エボンさんのうっかり発言は聞かなかったことにしよう。

「どうですか、街の様子は」

「今のところ大きな問題はありません。しかし、見慣れない顔の人間が列を乱すなどちょっとした争いを起こしています」

 エボンさんの言葉に、ふぅっと息を吐く。

「祭だから……王都以外からも人が来ているから仕方ないですよね」

「まぁ、仕方ないっちゃぁ仕方ないんですが、問題を起こす人間は、何故かやたらと強気で屈強だから始末が悪いんですよ」

 エボンさんもすでに何度か争いを鎮める協力をしたようで、少し愚痴混じりの言葉を吐いた。

 兵士が止めに入っても、逆らうものがいるようだ。

 ……。

 ガイルさんを初めて見た時のことを思い出した。彼も相当腕っ節が強かったんだよねぇ?

 まぁ、ウルさんたちには瞬殺されたけど。ああいうゴロツキっぽいのが問題起こしてるってことかなぁ。

 ははは。そりゃ大変だ。

「ガイルたち聖女護衛隊のメンバーが頑張ってますし、列を乱す人に対しては王都の皆が一斉に睨むのでだんだん問題を起こす人の数は減ってきました」

 そうか。うん、そうだよね。無言の圧力も、数が増えれば怖いもん。

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