222 山下さんはどんな人ですか
トゥロンは私から得た新しい情報を持って緊急会議を開くということで急ぎ部屋を出て行った。
私も、まだ準備しなくてはいけないことがたくさんあったのでカーベルさんの屋敷を出て熊屋亭でルイスに戻り、白山亭へ。
「コレを」
白山亭に入るなり、宿の主人から布に包まれた何かを渡された。誰から?と尋ねたかったが、ルイスは言葉が分からない設定だった……。不便。
部屋に入り、布を開いて見ると、中には板が入っていた。板には文字が書かれている。つまり、手紙だ。
せっかく一度は覚えた文字だけど、使ってなかったので忘れ気味。カバンの中から、前にシャルトに書いてもらった文字表を取り出す。
『5日後に開催。遅くとも7日後。女の出演交渉急げ』
手紙の内容は他の人に見られる可能性も考慮してか、簡潔に書かれていた。
祭りを5日後に開催する?遅くとも7日後?
想像以上に早い!そんなに早く準備が整うの?
っていうか、そこまで急ぐっていうのは、ウォルフから船が届くのが近いってこと?ちょっと待って。
ウォルフからトルニープまで船でどれくらい?えーっと、アウナルスにいる吾妻さんもウォルフの船は警戒するわけだよね?
念のため、メールしておこう。
『ウォルフから船が届く前に、アウナルスがトルニープに攻め入るなんてことはないですか?』
しばらく返信を待ったけれど届かなかった。仕事中でメールできないのかな?
いいや。今はのんびりと返信を待っている余裕はない。
5日……。間に合うだろうか?いや、間に合わせないとだめなんだけど……。
部屋のドアに鍵をかけ、カバンの中に頭を突っ込む。
7コール目で、ユータさんが電話に出た。
「急なんですけど、相談とお願いがあります」
私が概要を話すと、すぐにユータさんが行動を起こしてくれた。
「詳細は、また後で詰めるとして、まずは日本へ帰る準備をするよ」
その言葉を聞いて、電話を切る。
次に、PCでインターネット通販サイトを開き、オリーブオイルを大量注文。
カバンに頭を突っ込んだ不自然な姿勢で背中が痛くなり、カバンから頭を出すと伸びをしてからベットに寝転んだ。
コツンと、手の甲に何かが当たる。
手に取ると、先ほど手紙を読むために使ったシャルトの文字表だ。
馬上で急いで書いてくれたであろう、少しゆがんだ文字を一つずつ指でなぞる。
キュベリアから、ピッチェへ行く時にもらったんだよね。
まだ、数ヶ月前のことなのに、もう何年も前のことのようだ。
山小屋、ラト、ミリアの街、マーサさん、ピッチェ、シャルト、グランラ、サニーネさん、そして、トルニープ、トゥロン……。
色々な場所に行った。たくさんの人と出合った。
ふいに、ユータさんの言葉を思い出した。何と言っていただろう。
そちらの世界で僕たちはバグだ。
日本に帰らなければならない。
ずんっと、重たい何かが胸を押しつぶす。
「や、やだな……何で……」
涙がこめかみを伝ってベッドを濡らす。
帰りたいと、あれほど思っていたのに。
こちらの世界で出会った人たちの顔が次々に浮かんで……。
「帰りたくない」
はっ。
上半身を起こし、両手で口を押さえる。
私、今……。
今、何を言った?
無自覚の言葉が口をついて思わず出てしまった?
違う。違う。
帰りたいよ。
帰りたくないはずが無いよ。
でも、だけど……。
会えなくなるのが寂しい人たちがいる。二度と会うことも声を聞くこともなくなる人たち……。別れるのが辛い人たちがいる。
だめだ。
今はまだ、日本とこちらの世界を天秤にかけたら日本が重い。でも、でも、このまま長くこちらにいたら……。
本当に帰りたくなくなっちゃうかもしれない。
帰らなければならないのに……。
もしかして、ユータさんが、山小屋で暮らしていたのは人との接触を減らすため?こちらの世界で大切だと思える人を増やさないため?
竜咆の森の洞窟。今のところ唯一見つかっている日本への帰り道。命の危険もある道だけど……。
帰りたい気持ちよりも、帰りたくない気持ちが大きくなりそうだったら……。
飛び込むしか無いかもしれない。
私自信の存在が、大切な人たちのいるこの世界を壊してしまわないように。
それから、狂ったように、インターネットで救命胴衣や救命ボート。ボートに詰め込む水、海水から水を作る道具や、非常食など次々と購入ボタンを押した。
すごい値段。正直、私の財力じゃとても買えない。
吾妻さんから預かっているお金を少し使わせてもらう。
……。そ1970万円返金しなくちゃならないんだ。ちょっと使わせてもらった分は、日本に帰ってから分割で返済させてもらおう。
すっかり忘れてたけど、返金する振込先まだ教えてもらってなかった。
異世界にいては使い道がないから返さなくていいといわれても、やっぱり困る。
どうしても教えてくれないようなら……。
『山下さんはどんな人物ですか?』
山下さんが、信用の置ける人間であれば、山下さんに手渡そう。
『山下はいい奴だ』
吾妻さんにメールをしたら、すぐに返信があった。
『前にも言ったが、アウナルスからトルニープに攻め込んだりはしない。君がトルニープにいればなお更だ。なぜ、そんなことを気にするんだ?』
おっと。そうだった。
今は返金とかそういうことじゃなくって、戦争回避のための行動を優先させるんだった。
『吾妻さんを信じます。トルニープで祭りが催されるようです。戦争で台無しになるのがいやだったので』
『祭?それは本当か?トルニープの王にどういう心境の変化があったんだ?』
陛下に心境の変化があったわけではない。ギレンを口八丁で乗せただけだもの。
『さあ?良く分かりません』
と、簡単にメールを返して、携帯を充電器に挿した。