22 シャルトターン開始!
出発の朝、マーサさんの部屋を借りて、最終準備をした。
ウィッグ、カラコン、フルメイクと、庶民が普段着る簡素なワンピース。手持ちの洋服から、それらしいものを引っ張り出して少し手を加えました。ズボンやチュニックは何着か持っていたけど、ワンピースはこれしかないから、王都に行ったら幾つか買わなければ。カラコンはマーサさん以外には秘密だが、暗い店の中では色が分からないだろうと、すでにつけた。
準備が整い1階へ降りていくと、マーサさんとルーカが、ダーサの驚く顔を見て、大笑いしていた。おかげで、別れの場が湿っぽくならずにすんだ。
「なんだよー!何で、今まで女だって教えてくれなかったんだよ!ルーカ、お前も知ってたのか?俺は、ルーカとリエスが仲良く話してるの見るたびに、心を痛めてたっていうのに!」!
「あはははっそれはごめん!」
ダーサは、私が女とわかっても接し方をあまり変える気はないらしい。ウィッグつけた頭をくしゃっくしゃっとする。やめてー、乱れるから!
「なにやら、楽しそうですね?」
店の入り口に、一人の人物が立った。
「お迎えにあがりました」
「おや?シャルトじゃないかい?直々にお迎えかい?」
「ええ。僕のわがままから皆様にご迷惑をかけるわけですから、せめて直接ご挨拶をと」
まったく、生真面目なことだ。
「リエス様、この度はご協力感謝いたします。このご恩は私の命に代えてもお返しいたします」
真っ直ぐな瞳で見つめられ、本心で言っているのが分かる。大げさすぎない?
「先日は、薔薇の花をありがとうございました。とても良い香りがして、車中、癒されました」
話をそらして笑っておく。
「そうですか、それはよかった」
すっと、シャルトの表情がゆるんだ。
「シャルト、リエスを頼んだよ!」
マーサさんの言葉に、シャルトは力強くうなづいた。
「もちろんです」
「いってきます」
後を引かれるので、お別れは店の中でと決めていた。
店を出ると、乗るべき馬車の姿が無かった。変わりに立派な栗毛の馬が一頭待っていた。
「えーっと、馬で、行くのですか?」
「少し怖い思いをさせてしまうかもしれませんが、馬車で行くよりも早く着くので、我慢してもらえませんか?」
アラフォーなめんなぁ!
乗馬はできます。
乗馬=セレブとの素敵な出会いとか、夢みた頃もあった(遠い眼)。セレブは、一般人の通うような乗馬倶楽部には行かないと知ったときのショックと言ったら。それ以来、乗馬用のブーツは、雨の日のレインシューズとして役に立ったよ!
「大丈夫です、馬には乗ったことがあるので」
シャルトは、驚きを隠しきれないといった表情をした。
うっかりしてた!この世界では、馬は見かけることがほとんどないくらい少なかったんだ。馬に乗ったことがある人なんて、上流階級の、しかも限られた職業の人に違いない。
日本人得意の、とりあえず笑っとけ。笑ってごまかしとけ発動!
「あなたは、不思議な人だ」
シャルトは、特に尋ねるでもなく、馬に乗るために手を差し出した。
よかった、追求されても言い訳が思いつかないもの。
乗馬とは違い、二人乗りはちょい怖い。何が怖いって、スカート姿では一般的にこうなのか、横座りで乗ってるんです。後ろに乗るシャルトの両腕が前後にあるので、バランスを崩しても支えてくれるとは思うけど、怖い!馬を操りにくくなって申し訳ないと思いつつ、シャルトの体につかまった。
「どれくらいで着くのですか?」
馬車で半日だった。馬車よりスピードがある馬なら3時間くらいだろうか?そんなに、この横座りに耐えられるかな?途中で、跨ぎ座りに変えさせてもらおうか?
「このペースなら、1時間といったところでしょうか」
「そ、そんなに早く着くんですか?」
それなら、なんとかなりそうだ。
「近道があるんですよ。馬車道は、随分遠回りしているのです」
「近道を通ると、徒歩でも早く着けるってことですか?」
「いえ、警備上の問題で、近道は一般の人は通ることができません。見通しの効かない森の中も含まれますから」
なんでも、一般の人が通行する馬車道は見通しのいい場所に敷かれているらしい。犯罪やトラブルが起きてもすぐに駆けつけられるようになっている。
「この国では、馬はすべて国王の物となっています。必要に応じて我々が使うことを許されるのです。ですから、盗賊などの犯罪者が馬を持つことはありません。走って逃げるしかないので、姿が見えれば馬に乗る警邏は追いつくことができます」
馬が、まさかの、国王所有!つまり、あれかな、国鉄みたいなもの?国が交通手段を管理維持するという意味で。
馬の使用を制約することは、交易などの妨げになって不便なんじゃないかと思ったけど、良いこともあるんだね。逃走手段を立ち犯罪防止をするとか。もしかすると、戦時には騎兵の馬として、平時には生活に活用することで経費削減とかもできるとか?
それにしても、馬に乗ったことがあるって言ってしまった私、どんだけ怪しいの?
誕生日会の行われた屋敷に到着すると、2階の一室に通された。
「リエス、また会えて嬉しいわ。今回は、息子のわがままにつき合ってくれてありがとう」
使節団のことを息子のわがままって言ってしまうマーゴさんはある意味すごい。
「でも、実は私、息子に感謝しているのよ!リエスとは色々とお話したかったの!普段のマーサのことも聞きたいし、それに何と言っても、ね!」
マーゴさんは、パフをぽんぽんと顔に当てるジェスチャーをして片目をつむった。
随分メイクを気に入ってくれているようだ。
「ここから、セバウマ領まで10日ほどかかるのよ」
マーゴさんは大まかな日程を教えてくれた。1日にどれくらい馬車に乗るのか、どこで泊まるのかなど。マーゴさんの話を聞きながら立ち寄る街の名前を、しっかり頭の中に入れる。後で、ユータさんの地図と照らしあわすためだ。
「あなたと話のあう若い侍女でもいればいいんだけど、生憎とベテランの侍女が一人付いて行くだけなの。リエスには道中退屈させてしまうかもしれないわ」
急に同行することが決まったのだ。用意が整わなくても仕方がない。しかし、マーゴさんは色々と行き届かないことにとても申し訳なさそうだ。
「あの、それじゃぁ、文字を教えていただけませんか?」
「え?文字を?」
何かあるたびにマーサさんに手紙を読んでもらったり書いてもらったりしていたのが不便だったと言うと、マーゴさんは両手をパチンとならした。
「そうだ!シャルトに教えてもらうといいわ」
「シャルト様に?色々とお忙しいのでは?」
マーゴさんは、ふぅっとため息をついた。
「あの子は、ちょっとまじめすぎるのよね。きっと道中も警備を怠ってはならないとか言って、一日中気を張っているに違いないわ。他に護衛もいるんだから、ちょっとは気を抜けばいいのに」
母親から見てもやっぱりまじめ君なんだ。
「あの子の息抜きさせてやってくれない?」
「息抜きになるか分かりませんが、そういうことであれば、遠慮なく」
セバウマ領までの旅は、馬車が3台だった。
6頭立てで、彫刻や金の飾りなどが施された立派な馬車が1台。中はキャンピングカーのようで、座るだけでなく、仮眠を取ったり、食事をしたりできるスペースもある。さすが、貴族の使う馬車は違う。ほら、あれ、なんていうんだっけ?えーっと、リムジン。そう、馬車のリムジンだ!
他に、飾り気のない2馬立ての馬車と幌つきの荷馬車があった。
伯爵家3人と私に、侍女が1人、警護兼御者が3名、馬に乗った警護が4名だった。
私は、リムジン馬車にマーゴさんと侍女と乗ることになった。伯爵様やシャルトは馬車よりも馬が楽なんだそうだ。
文字を教えてもらうときは、普通の馬車に私とシャルトが乗る。マーゴさんは、自分と侍女が普通の馬車に移るから、リムジンで文字を練習してと言ったが、それは断るでしょ!




