21 さらばラトよ。私は旅立つ
私は、体調を崩しているリエスの代理で、確実にリエスに話を伝えるということで使者には納得してもらう。
ダーサは、全然話が分からず目を白黒してる。
マーサさんったら、未だに私を男だと思っているダーサのことがおかしいらしく、笑いを必死でこらえていた。
「皆様は、今、大陸がどのような状態になっているかご存知ですか?」
使者の話はそこから始まった。
大陸の西側にあるアウナルスが、西側諸国を統一し強大な国へと成長したこと。もしアウナルスが攻めてきたら、我がキュベリアの存続が危ぶまれることを使者は話す。
使者の服装は、国に使える騎士の制服だとマーサさんに教えられた。仮にも騎士が国が負けるなんて話をしてもいいのだろうか?と思うが、ここまでは以前マーサさんに教えてもらった話と同じだった。つまり、庶民も知る常識というわけだ。
「何も、王は手をこまねいて、アウナルスの脅威におびえているわけではありません」
そこから、使者は庶民が知りえない話を続けた。
「アウナルスに対抗するため、東側諸国で同盟を結ぶ計画があります」
その先の話をまとめると、マーゴお姉さんの旦那さんである、セバスール伯爵は、王からの信頼が厚いという。
セバスール伯爵の治める領地であるセバウマ領は、同盟を模索しているピッチェという国の隣にある。そのため、ピッチェと友好関係を築くための使節団派遣を、セバスール伯爵が任されている、ということだ。
はい、そこまでは理解できるのですが。
なんで、私が関係してくるんだろう?
「今までに2度使節団を派遣していますが、いずれも表面上の挨拶にとどまって、あまり進展がありません」
「なぜだい?ピッチェにとってもキュベリアと仲良くして損はないだろう?」
マーサが疑問を口にする。
「実は2度の使節団は、セバウマ領からの使節ということになっています。キュベリアの国としての使節団ではないことで、ピッチェも軽く考えているようです」
なんか、ややこしいな。
「じゃぁ次は、キュベリア国からの使節団だと言って行けばいいんじゃないのか?だって、実際は国に命じられて行くわけだろ?」
とダーサが至極当たり前のことを言う。
「いえ、それはできないのです」
ああ、なんとなぁく予想がついた。
様子見ってことだよね?
国がいきなり出て行って怒らせたら大変だもん。同盟どころじゃない。でも、一国ではなく、一つの領が相手であれば、たとえ相手に不快感を与えても、挽回の余地はある。「あいつが勝手にやったことで、すいません、きつくしかっておきましたので」ってやつだ。いわゆる上司が部下に責任なすりつけ作戦ですな!もしくは、政治家が秘書に責任押し付け作戦。
あ、嫌なこと思い出しちゃった。何でも失敗を派遣社員に擦り付けるアホ課長とか!手柄は全部自分のものクソ部長代理とか!
キュベリアとしても、いきなり本命ぶつけて玉砕するより、先発隊に行かせてうまくいったら手柄を横取り、失敗したら切り捨てってやつだ。こと、国の未来を左右するんだから、慎重であることは良いことだけど。
なんか、セバスール伯爵って、損な役どころ押し付けられたんじゃない?
「今度3度目の使節団を派遣するのですが、何としても挨拶以上の交流を持ちたいと伯爵は考えています。そこで、リエス様にご助力をお願いしたいのです」
「なんで、私?」
思わず口をついた疑問に、全員の目がこちらを向く。
使者とダーサは「?」を顔に貼り付け、マーサさんは「リエス~ダメダメ」と口をパクパクさせている。
そ、そうだ、私だけど、私じゃない。ラトの言葉を借りれば、薔薇のヒトのリエスの方でした。
失言~。
「あ、ああっと、なんでリエス嬢がそこに関係してくるんですか?」
と、慌てて言い直す。
「ピッチェを治めているのは、女帝レイナールです。女帝レイナールは、非常に美に関心が高いと有名です。そこで、今回使節団として派遣されるシャルト様が伯爵に提案したのです。女帝の気を引くには、美に関係したものをお見せするのがいいのではと」
なるほど。そりゃ、自分の関心のある物が目の前にあれば、もっと色々と話がしたくなるもんね。挨拶だけで終わるわけないよ。
シャルト様、ナイス提案。
恋愛もそうだもんね。相手の趣味に合わせて話をして気を引くのって定番だよね?
だから、私はサッカーとか釣りとかレトロ映画とかバイクとかの知識もあります。黒歴史。ああ、また凹んだ。
「シャルト様は、誕生日会でマーゴ様に施された魔法のようなメイクを女帝にお見せしてはどうかとおっしゃられたのです」
なるほど。シャルト様も、マーゴのメイク後の顔を見て驚いてくださったということかな?
使者は「国のために、是非リエス様によろしくお伝えください」と何度か「国のため」を力説して帰って行った。
返事を明後日に聞かせてほしいと。協力していただけるなら、3日後に領地に戻る伯爵様ご一行に合流してほしいとのことだった。
「3日後に出発とは、随分急な話だねぇ。どうするんだい?国のためって言ったって、嫌なことはしなくてもいいんだよ?」
私の心は決まっている。
戦争は嫌だ。人が死ぬのは嫌だ。私が、戦争を防ぐための力に少しでもなれるなら協力する。
「もし、戦争が起きて、あの時協力していれば……と、後悔したくない」
その言葉にマーサさんはうなづいた。
「そうだね。後悔しないように生きるのは大切なことだ。行っておいで」
ぎゅうっと、マーサさんが抱きしめてくれる。
「帰ってくるのを待っているよ」
ううっ。マーサさぁん。
「さぁ、出発は3日後だ、色々と用意があるだろう!明日から仕事は良いから、しっかり支度するんだよ!」
バンバンと、背中を叩いて私を送り出すマーサさんの目じりに光るものを見た。
泣いちゃう。
「はい。頑張って行って来ます」
ドンッと自分の胸を一つ叩いて、店を後にした。
あのままいたら、泣いていた。
そうだ、今までお世話になったお礼に何かプレゼント買おう。確か、昨日ラトに貰ったうどんの代金があったはず。ポケットからコインを取り出す。
思考、一時停止。
「……あの、ぼんぼんめぇ~!!」
取り出したコインは、金ぴかに光っていた。
ぐっと、コインを握る手に力がはいる。
どこの世界に、うどんに10万も払うやつがいるかぁーーっ!
私の勝手な日本円換算は、
ランチ銅貨5枚。ランチ日本円で500円として、銅貨1枚100円
ランチに酒をプラスすると、小銀貨1枚。ランチ+酒日本円で1000円として、小銀貨1枚1000円
小銀貨10枚で大銀貨になるから、1000円×10=1万円
さらに、大銀貨10枚で金貨。つまり、10万円だ。
メープルシロップ一瓶は、金貨が何枚かいる値段じゃないかと言っていた。そりゃ、確かに、高いわ。庶民は普段の生活じゃぁ金貨なんて手にすることはない。マーサさんも驚いたはずだ。
うどんがこの世界では入手困難な希少価値の品だと考えれば、これもありなのか?と思うが、それでもやっぱり貰いすぎでしょ!良心が痛んで素直に受け取れないわ!
しかも、この街じゃ金貨は使えないし。どの店もそんなにお釣りを用意してないから。銀行もないから両替もできない。
プレゼント購入は諦めて、山小屋に戻った。
出発の準備って言っても、何をすればいいのか。
掛け軸風の板をカバンの中に入れる。これで、準備完了?
いやいや、さすがにまだ何かあるよね?
んーんー、んーと、考えて、ベールつきの帽子を作ることにする。
だって、薔薇のリエスとして、四六時中、ウィッグ+カラコン+フルメイクは辛い。
カラコンなどのオーパーツをこれ以上人に知られたくはないので、はずした顔は隠すしかない。
……薔薇のリエスって、自分で言っていて痛いわ!何じゃそりゃ。
それから、どんなに早くとも1ヶ月は山小屋を離れることになる。ラトは何と言うだろうか?
何度想像し直しても、「うどん~」と言う姿しか出てこない。
「仕方がないなぁ。代金いっぱいもらっちゃったしね」
できるだけたくさんのうどんを打った。乾燥させて乾麺にする。風通しの良い日陰ということで、馬小屋につるして干す。うまく乾麺になれば、1ヶ月や2ヶ月は足りるだろう。
出発まで、ラトの顔を見ることはあるだろうか?3~4日に一度来ることを考えると、行き違いになることも考えられる。置き手紙を残したいが、文字が書けない。明日マーサさんに書いてもらうよう頼もうか?
やっぱり文字は覚えた方がいいかなぁ。
マーサさんに代筆してもらった(紙じゃないけど)手紙をラトは見つけた。
『ラトへ 旅に出ます。1~2ヶ月したら帰ります。うどんを作っておきました。大量のお湯に少しの塩を入れてやわらかくなるまでゆでてから食べてください。乾燥させてありますので、湿気の少なく、日光の当たらない場所に保存してください。リエスより』
ラトは、大量のうどんを前に、青い顔でつぶやいた。
「本当に……帰ってくるんだよな?」




