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207 再会

 路地に入ったところで、ガイルさんが栗色の髪の女性の腕を掴んだ。必死に腕を振りはらおうとしているのが遠目で見える。

 集まっていた人たちは、いつの間にか争いに巻き込まれたくないと思ったのか姿を消していた。

 助けようという人はいないのかな?それとも、ガイルさんのことを知っているから大丈夫だと思ってるのかな?

 何はともあれ、今は人が居ないのはありがたい。

 私は、慌ててガイルさんの元へと駆けつける。

 聖女姿の私と、今歌を歌っていた女性とのやり取りはあまり見せたくない。

 だって、入れ替わるつもりだから。

「離して下さい!」

 ガイルさんから逃げようと、振り上げた右手を掴む。

「あっ、聖女様……!」

 驚き、見開いた目がこちらを見る。女性の顔が、ここではっきり見えたのだ。

 やっぱり……。

 涙がにじむ。それを、どう受け取ったのか

「あの、私は聖女様の真似をしようとしたわけでも、聖女様を馬鹿にしようとしたわけでも……」

 誰かに言われたのかな?聖女様を愚弄する気かとか。そういえば、ガイルさんも酷く慌てた様子で偽物が出たって言っていたもんなぁ。

「ご迷惑をかける気はなくて……」

「うれしい」

 そう、私の涙は嬉し涙だ。

 思わず、抱きつく。

「え?」

「ランちゃん、また会えてうれしいよ!」

「え?あれ?ああ、まさか、ええ、まさか……リーさん?」

 そうか。そういえば、ランちゃんには「リー」って名乗ってたっけ。

 まったく、我ながら名前が多すぎてどうなんだって思うよね。梨絵、リエス、リー、少年、女神、聖女、ルイス。ああ、今ちょうど七変化か。

「そうよ、ランちゃん。よかった、無事で。心配してたのよ?」

「ごめんなさい。私……。せっかくキュベリアへ逃がしてもらったのに……」

 ランちゃんが申し訳なさそうに首をうなだれる。

「気にしないで。何か、理由があるんでしょう?」

 ガイルさんが、不思議な顔をして私たちを見ている。

 話さない私が話してたり、偽者だと思っていた女が実は聖女の知り合いだったり、そりゃ驚くか。

「場所を移動しましょうか?」

 私は正体を隠すために聖女の姿をしているんだけど、ランちゃんはほぼランちゃんのままだ。城にいたころに比べれば、派手なメイクをして印象を変えているとはいえ、見る人が見たら王妹だと気がつくだろう。

 それはまずい。

「ガイルさん、この近くで人目の無い場所はありませんか?」

「ああ、ちょうどいい場所がある」

 そういうと、ガイルさんは路地の奥に進み、すぐ先の分かれ道を右に折れて粗末なドアをノックした。

「ちょっといいかな?」

 ええ、人の家?この家の人にも姿がばれちゃうじゃない。

「ガイルかい?」

 しばらくしてドアがギィっと音を立てて開いた。年老いて骨と筋だけの手がドアがしまらないように抑えていた。

「今日はまだ配達じゃなくて悪いんだけど、ちょっと部屋を借りたいんでさぁ」

 ここは、いつもガイルが配達している家の一つだったんだ。

「いいよ、いいよ、もちろん」

 おばぁさんの視線は、明らかに別の方向を向いていた。

「じゃぁ、じゃまするでさぁ」

 ガイルに続いて、ランちゃんが家の中へと入っていく。歩くたびに床がぎしぎしと音を立てる。

「おや?他にも誰かいるんだね?」

 床の鳴る音で、ずっとガイルのそばにいた私やランちゃんの存在にやっと気がついたようだ。ああ、このご老人は目が見えないんだ。

 人目が無い場所ということで、ガイルさんはここを思いついたんだね。

「お邪魔します」

 ランちゃんが声をかけると、おばぁさんの枯れ枝みたいな体がびくっと大きく揺れた。そして、手探りで、声の主を求める。

「その、お声は、もしや聖女様では?」

 ああそうだね。歌声はランちゃんのものだから、ランちゃんの声を聞いて聖女だと思うのは最もだ。

 ランちゃんは、いつまでもさまよっているおばぁさんの手を取った。

「ああ、聖女様……。あなたの歌声は、この暗闇しか映さない私の目に、光をもたらしてくれました。私に、聖女様は癒しを、希望を、安らぎを与えてくださいました。感謝しても仕切れません」

 おお、すごいなぁ、ランちゃんの歌。でも、こんな路地の奥まった場所まで聖女の行進の歌声が聞こえるものかな?もしかして、ガイルさんが配達を始める前には、見えない目で炊き出しに来てたのかな?

「歌を聴いてくださってありがとうございます。今、私にできることは、歌うことだけ。だから歌を聴いていただけることは、私の生きる意味なのです」

 ランちゃんが、おばぁさんの言葉に涙を浮かべる。

 もしかして、ランちゃんがこの辺りで歌っていたのをおばぁさんは聴いたのかな。

 すごいね。人を癒せる歌なんて。人に希望を与えることができる歌声なんて。

 ガイルさんが複雑な表情をして私を見た。

 聖女のふりをしておばぁさんに対応しているランちゃんを諌めるべきか、感動の場面に水をさすべきではないのかといった顔だろうか。

 ガイルの腕を掴んで、ランちゃんとおばぁさんから少し距離を取る。そして、小さな声でガイルさんに伝える。

「彼女は私の大切な知り合いです。彼女のこと、今日のこと、それからこれから彼女に関して知りうることを他言無用にお願いできますか?」

 うっかり、私はランちゃんの名前を呼んでしまった。ランちゃんも「リー」という城に囚われていたときの名を口にした。もし、城の関係者に二つの名が伝われば、すぐに王妹と、白薔薇宮にいた私だと分かってしまうだろう。

 そして、ランちゃんに今後聖女役をしてもらうとしたら、入れ替わったらガイルさんには分かってしまうかもしれない。そういう今後のことも含めてガイルさんには口を閉ざしてもらいたい。

「分かったでさぁ。アネキがそう言うなら、誰にも言わないでさぁ」

 ガイルさんは、荒くれ者のリーダーだったけれど、決して腕っ節だけでリーダーになった分けではないと思っている。人望があるのだ。炊き出しの手伝いをすると決めれば、悪さをしていた仲間達もそれに従って問題を起こさずに護衛や配達をしてくれているのが何よりの証拠だ。

 それだけ人望のあるガイルさんだ。約束は守ってくれるだろう。

「ありがとう。私は、彼女ともう少し話をしたいので、ガイルさんは先に炊き出しの手伝いに戻ってください」

 ガイルさんを信じてはいるけれど、それでもなるべく秘密にしておきたいことはある。ランちゃんが王妹だとか、これから行くのが元宰相の屋敷で、そこに王弟がいるとか。

 ガイルさんが家を出たあと、おばぁさんとランちゃんの様子が落ち着くのを待ってから、手早く着替えとメイク。

 娼婦風の2人に変身して、熊屋亭へ向かった。

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