185 アウナルスとグアルマキート
夜を待ち、吾妻さんにメールを送った。
『3年前に、アウナルスがトルニープの王子を害したと噂を聞きましたが、本当でしょうか?』
しばらくして返信がある。
『ありえない。アウナルスは無駄な戦はしない』
『無駄な?でも、アウナルスは数年で領土をどんどんと拡大していると聞きました。次はトルニープを狙っていた可能性は?』
質問の返答は、意外なものだった。
『「グアルマキート戦記」は何処まで読んだ?』
は?「グアルマキート戦記」。
ああ、そういえば、読み終わったら吾妻さんに送る話だったのに……。まだ2巻は四分の三くらいしか読めてないよ。随分時間かかっちゃってる。
早くしてほしいのかなぁ。
って、だけど、今その話題を出すことはないよね?
あれ?話題を逸らそうとしてる?
『すいません、まだ2巻の四分の三ほどです。なるべく急いで読んで、送りますから』
『いや、急ぐ必要はない。2巻を半分以上読んだなら、グアルマキートという国がどういう戦いをしているか分かるな?』
グアルマキートの戦い?
領民のために、グアルマキート領の領主だったインフィルが立ち上がり、その後は、奴隷解放のために戦いを続けている。いや、それだけじゃないな。悪政により民を苦しめている悪者達を排除しているといえばいいのか。
だから、読んでいてもすっきりする。
日本人のDNAに組み込まれた「勧善懲悪好き」の血が騒ぐのだ。単なる、領土拡大戦記ではない。
『そこに住む人々を救うために、国と戦っている?』
『アウナルスが戦う理由もそれだ。だから、3年前、平和だったトルニープに対し戦いを挑む理由はない』
ああ、そうだ。
前に、ガンツ王が言っていた。
「アウナルスは、攻め滅ぼして領土とした土地の国民も、昔からのアウナルス国民も同じように扱っている。攻め滅ぼした国の民だからと、奴隷にしたりは決してしない。領土としたからには、皆が幸せに暮らせるようにと治世を施す」
と。それを聞いたときに、何故、そんなアウナルスは、戦争をするのだろうと疑問に思ったのだ。
皆が幸せに暮らせるようにと治世を施しているのに、戦争という、不幸の種をまくのかと。
それは、グアルマキート戦記の久司のような思いからなのだ……。
自分たちだけが幸せならそれでいいのかと……。
隣人が苦しんでいるのを見てみぬふりをするのかと。
『では、アウナルスがトルニープに進攻する可能性は無いんですね?』
『君から聞くトルニープの状況は、あまり良いものではない。もし、このまま国民の苦しみが続くようならば、アウナルスも動く可能性はあるだろう』
そうだね。
もし、吾妻さんの言っていることが本当で、アウナルスがグアルマキート戦記のような国であれば……。
トルニープの国民の窮状を見るに見かねる状態になれば、立ち上がるかもしれない。
『すぐにということはありませんね?』
『そうだ。君がトルニープにいる間は無いだろう。君を巻き込むようなことはしない』
『信じちゃいますよ?いいんですか?後で「陛下におやめいただくように申し上げたのですが、力が足らず」とかいうオチは無しですよ?』
吾妻さんにどの程度国を動かす力があるのか分からない。
宰相だったカーベルさんだって、あっという間に力を失ったのだ。王制というのは、そういうものだ。
アウナルスだって、王制のはず。
『心配するな。もし戦が始まることになったら、開戦前に君をトルニープから連れ出し嫁にするだけの話だ』
『じゃぁ、その前に市役所を作らないといけないですよ?』
『そうだった。忘れるところだった』
今は、こうして冗談のやり取りを楽しめる余裕があるということは、吾妻さんの言うことを信じてもいいんだよね?
アウナルスは、トルニープに近いうちに進攻することはないと。
ウルさんも、まずは情報収集に徹するような態度だった。もし、アウナルスが近くトルニープに進攻するつもりであったなら、キュベリアの準備が整う前にと考えるはずだ。
カバンの中に手を入れ、携帯を充電器に挿す。それから、ノートを取り出す。
私のすべきこと。
最優先事項。
ランちゃんとメイヤさん行方不明事件がアウナルスと無関係だと証明すること。
3年前の事件の犯人がアウナルスではないと証明するため、真犯人を探し出すこと。
キュベリアが何故同盟を凍結しているのか。凍結してどうしようとしているのか。これについては、ウルさんと仲間の情報収集能力に任せよう。トルニープにいる間は、どうしようもない。
いや、待って?私に出来ることは本当に何もないかな?
そうだ!
カバンの中から、グランラの王都で作った紙を一枚取り出す。それから、シャルトにもらった文字表。
手紙を書き終えると、時間をかけて紙を折った。それを手に、ウルさんの部屋をノックする。
「ルイス様、どうかなさいましたか?」
「これを、シャルトに届けて欲しいの」
ウルさんに、先ほど折った紙を差し出す。
「薔薇を?……いえ、これは紙ですね?」
「ええ。手紙です。届けたら、開いてもらうように伝えてください。誰からというのは言わなくても伝わるはずです」
「分かりました」
まだ普及していない紙を持っている者。そして薔薇の花を連想させる人物。
シャルトは、きっと私を思い浮かべてくれるはずだ。
他の人間からは薔薇を贈られたように見えるだろう。紙をこのような形にするとは、この世界の人では気づかれにくいはずだ。
シャルトに手紙を送るのは危険かもしれない……。だから、なるべく手紙と分からない形で、暗号名た文章を書くことがやっとだった。
シャルト様
私には分からない誤解があるようです。誤解が解けましたら、必ずや私たちのあの日の努力が実を結ぶはずです。どうぞ、あの日の仲間と準備を進めてください。
伝わるだろうか?




