181 いつか見た夢、そして現実
意味が分からなくて、トゥロンの顔を見る。
トゥロンは、小さく頷いた。
「カーベル、まだ女神には説明していないんだ……。話をしてもいいだろう?」
カーベルさんは落ち着きを取り戻すと、私とトゥロンに席を勧めた。冷め切ったお茶を入れなおすと、トゥロンの横、私の正面に腰掛けた。
「トゥロン様は、どこまでお話を?」
「3年前に義姉と王子の不幸で、兄が変わってしまったところまでだ」
そうですかと、静かに頷いてカーベルさんが話を始めた。
「あれ以来、陛下は狂われてしまった……。アウナルスを憎むことがすべてになってしまわれたのだ。それでも、少しでも悲しみが癒えれば、正気を取り戻すのではないかと1年待ちました。そして、2年目には陛下を諌めようとした家臣は皆、任を解かれました。そして3年目、増税により国民は疲弊し限界を迎えました……。もう、これ以上陛下が正気に戻るのを待つ時間はありません。そこに、ちょうどトゥロン様がお戻りになられたのです。しかも、聖女様がラン様とメイヤ様を城から逃がしてくださった」
それって……。
トゥロンの顔を見る。
もしかして、私が前に思っていたことが、現実になるの?
トゥロンに、いつものおどけた表情はない。硬い意思を宿した鋭い目を私に向けた。
「王に」
言葉をかみ締めるように、ゆっくりと口を動かした。
「王に、なろうと思う」
ああ、そうなんだ、やっぱり。
いつか夢を見たことが現実になるんだ。
エロキモ陛下じゃなくて、トゥロンが王様だったらいいのにと……。
「だから、アウナルスと戦争になることはありません、安心してください」
「トゥロン……」
トゥロンの言葉に不安の色を見せた私に、カーベルさんが力強く言葉を発する。
「聖女様、我々は着実に準備を進めています。陛下が戦争に踏み切る前に、必ずや打ちます」
「打つ」という言葉に、血の気が引いた。
カーベルさんの屋敷にいる、多数の兵士の姿を思い出す。
「革命……軍?……」
そうだ。
何も陛下とトゥロンがじゃんけんをして勝った方が王様になるなんて単純な話ではない。
王が交代するということは……、現役の王に退いてもらう必要がある。
退かせる方法……死か逃走か降参か……。円満な道を考えるのは難しいだろう。
「血が、流れますか……?」
私の言葉に、トゥロンが端的に答えてくれる。
「最小限に抑える努力をしています」
やはり、血は流れるのか……。
青ざめる私に、カーベルさんが説明をしてくれた。
「昔から、凡庸な陛下ではなく優秀なトゥロン様を王にという声は多く上がっていました。トゥロン派と呼ばれる勢力は今も拡大しています。逆に、陛下に阿っていた者たちも、街の惨状や国民の怒りの深さを鑑みて、革命時には陛下への支援を拒否する意向を示しています」
「勢力に、圧倒的な差が出来るということですか?」
「グアルマキート戦記」にあった。このような世界での戦争は、戦力の差がそのまま勝敗に繋がることが少なくないと。
「まず、勝利は間違いないほどには」
智の相と呼ばれていたような元宰相のカーベルさんがそこまでいうのだから、事実なのだろう。
だけど……。
窮鼠猫を噛むということもある。
そういえば、陛下に紹介された貴族たち、戦争が起きると言う者と起きないと言う者がいた。
戦争が起きないと言っていた人たちは、革命軍のことを知っていたのではないだろうか?もしくは、革命軍の一員なのかもしれない。
確か、まわった貴族の中では、意見は半々だった。すべての貴族の紹介状をもらったわけではない。多分、陛下寄りの貴族を紹介されたはずだ。陛下寄りの貴族の半分がすでに革命軍の手の内にあるということか。
「このまま、革命軍の勢力が強まれば、戦わずして勝利することは可能なのですか?」
カーベルさんは、深く頷いた。その頷きは肯定を表すものではなく、同意を表すものだった。
「私も、無駄な血を流すようなことはしたくありません。陛下が蜂起の前に王座を渡してくれればよいのですが……」
カーベルさんの額にしわがよる。
「実は、増税で得たお金の流れが分からないのです」
え?お金?
「陛下の生活は、3年前とさほど変化はありません。特に何かに対して浪費しているわけではないのです。増税により、かなりの金額が手に入ったはずなのに、その使い道が分からないのです」
「もしかして、王座を追われた後のために隠し財産を作っているとか?」
私の言葉に、カーベルさんが首を振る。
「いいえ、それは無いでしょう。陛下の、アウナルスに対する妄執……。戦争の準備を進めるために用いているとしか考えられません。ですが、具体的にどのように準備をしているのかが見えないのです」
ああ、もしかして、宰相の地位を追われ、大貴族でありながら執事という侮辱的な扱いを受けつつも陛下に仕えていたのは、情報を得るためなのかな?
「傭兵を集めるための資金なのか、暗殺者を雇うためなのか……。最新兵器を開発、入手するためなのか……」
陛下なら、情報ダダ漏れにしそうなのに……。トゥロンも凡庸だって言ってたし。あんなに近くにいるカーベルさんでさえ情報を入手できないなんて、余程頭の切れるのブレーンがついているのかな。それは厄介かもしれない。
「グアルマキート戦記」だって、久司という参謀一人が加わったことで、戦局が大きく変わったもの。
トゥロンが立ち上がり、私の元に来た。
「ただ一つの懸念が、そのアウナルスのために整えた戦力が、我々革命軍に向くこと……。多くの血が流れ兼ねない。だが、蜂起が遅れれば、それだけ国民が苦しむ時間が長くなる。国が荒れる……だから……」
片膝をつき、まるで騎士が女王にするように、私の手を取る。
「近いうちに、立ちます。どうぞ、女神のご加護を」
何も、答えることが出来なかった。
困った顔で笑うしかない。
だって、だって……。多くの血が流れるかもしれないんだよ?
その血の中には、兵だけじゃないよね?争いの舞台が王都全体に広がれば……。王都の人間の血も流れるよね?
それに、それに……一番危険なのは……トゥロン、あなたよね?
せっかく生きていたと思ったのに……。
その後は、ぼんやりして何を話したのか良く覚えていない。
あの、隠し通路の樽の中に来たときに、そういえば、まだランちゃんのことも伝えてなかったなぁと思ったくらいだ。
「我が女神よ……」
カーベルさんの敷地の塀を元に戻すと、隠し通路の樽の中がほとんど真っ暗になった。光は、ちょっとした隙間から差し込むだけだ。
暗くて、トゥロンの表情は見えない。
ただ、声がいつもよりも静かだった。
「抱きしめても、いいですか?」
え?
だ、だ、抱きしめるとか言った?
混乱して返事をし損ねている間に、トゥロンの腕が伸びて、私の背中に回った。




