17 スカートの中の秘密
ピンピコピコピコ
スカートの中から聞こえる音に驚き、皿を取り落としそうになる。
「あーっ、マナーモードにしてない!」
皿を置いて、人目のない場所を探して足早に歩き出す。
ホールからバルコニーに。バルコニーから中庭に。中庭の奥の花園に。人の数はまばらだが、人目がまったくないというわけではない。
さらに進むと、樹木で作られた迷路があった。迷路の中に入ってしまえば、人目はほとんどない。曲がり角の行き止まりを選び、後ろに人がいないのを確認すると、スカートをたくし上げる。
日本との唯一のつながりであるカバンはいつも身につけていないと不安だ。だから、スカートのふくらみの中に隠し持っていた。
その中から、携帯電話の着信音が聞こえたのだ。
急いで電話を取り出しマナーモードへ切り替える。着信履歴を見るとは派遣会社からだった。特にかけ直す必要もない。
電話を戻して、スカートを直すと、後ろで皿が割れる音がした。
え?見られた?
いつから見られた?何を見られた?携帯電話?カバン?
どうやってごまかす?
「み、見るつもりはなかったんだ、す、す、すまない」
まさか、この声。
「女性が、足を見られるのは、その、本当に、すまない」
は?足?
振り返れば、ラトが顔を真っ赤にして下を向いている。
「わざとじゃないんだ、その、皿を忘れていったようだから、届けようと思って……」
誰が、くいしんぼう万歳だ!皿を忘れるって、意味が分かりません。いつも皿を持ち歩いている人じゃありません!置いていったんです。
「その、このお詫びは、お、お詫びを」
お礼、お礼の次は、お詫び、お詫びですか?結構です。
見られたのが足なら、全然気にならないし。ミニスカートもホットパンツも前期アラサーまでは愛用してたし。
んーと考えて、導き出した結論。
この場で、私の出来うる最善の策は、恥ずかしくて逃げ出す!というやつだ。
私は、両手で顔を覆って、その場を駆け出した。
迷路を形作る木の枝に、ドレスの一部が引っかかり、飾りの薔薇の花が一つ取れたが気にせずに会場に戻った。
幸い、取れたところは目立たなかったので、何事も無かったかのように、再び皿を手にして椅子に座った。
どれくらいの時間が経過しただろうか?マーサの姿はまだない。中の良い姉妹が15年ぶりに再会したのだ。それなりに時間はかかるだろう。
ぼんやりしていると、先ほどの執事らしき人物に声をかけられた。
「奥様がお呼びにございます」
お屋敷の2階の一室に案内された。
「はじめまして。マーサの姉のマーゴです。先ほどは挨拶もせずに、ごめんなさいね」
まぁ、さっき会うには会ったけれど。
「お初にお目にかかります。マーサさんのお店でお世話になっております、リエスと申します」
「堅苦しいのは、無しでいいわ。マーサに聞いたんだけど、このお化粧、リエスがしたのですって?私にもしてくれない?」
マーサさんは、マーゴさんの隣でお茶を飲んでいる。
「リエス、姉さんにも魔法をかけてあげておくれよ!」
マーサの頼みといえど、そう簡単に了解するわけにはいかない。たくさんの秘密があるからだ。
「あの、今は化粧品を持っていませんので……」
というと、マーゴさんは侍女に命じて、テーブルに化粧品を広げた。
「これじゃぁ、足りないかしら?」
この時代のメイク道具は、質は劣るものの種類としては現代にも引けをとらない。アイシャドウの色も豊富だし、チークやアイラインもある。
「短時間に出来ることだけで構わないですか?」
「まぁ!やってくれるの!お願いするわ!」
ということで、でか目、ぽってり唇、愛されチーク、色気眉メイクを実行した。
「すごいわ!本当に魔法みたい!マーサ、みんなに見せたいわ!会場に戻りましょう!」
「もぉ、姉さんは、変わらないわね!」
「リエスさんはゆっくりしていってちょうだい。今、お茶を持ってこさせるわね」
お言葉に甘えて、部屋でお茶をいただくことにした。
正直、人々の遠慮ない視線に壁壁していたのだ。
この世界は、お茶の種類も豊富だ。残念ながら、アフターヌーンティーに付き物のケーキやクッキーなどの甘味がないのが残念だけれど。
「そうだ!」
カバンの中に、数日前に作ったクッキーがあったのを思い出す。幸い、今は部屋に1人きりだ。こっそりとスカートをたくし上げ、カバンからクッキーを取り出しす。
コンコンコン!
と、ノックの音がしたので、慌てて口に加えたクッキーを飲み込み、スカートの裾を
「母上、」ガチャ
直しきるまえに、ドアが開けられました。
「し、失礼」バタン
勢いよく閉められたドアを、慌てて開ける。
色仕掛けとか誤解されては大問題だ!
「シャルト様、失礼いたしました。スカートを先ほど木に引っ掛けてしまったものですから、確かめていたのです。みっともない姿をお見せして、申し訳ございません」
「いいえ、こちらも、入室許可の返事も待たずに、ドアをあけてしまった故……それで、ドレスは大丈夫でしたか?」
嘘をつくには、真実を混ぜると良いので、迷路でドレスを引っ掛けたことを利用させてもらう。
「ええ、薔薇の飾りが一つ取れてしまったみたいですが、あとは問題がないようです」
「そうですか、それはよかった」
会話が途切れ、沈黙が流れる。
シャルトが黙ったまま見ているので、何だろうと首をかしげた。
すると突然、シャルトの止まっていた時間が動き出したように、話始めた。
「お茶が冷めてしまったようですね。新しいのを持ってこさせましょう。どうぞ、おかけください」
シャルトは、委員長らしくてきぱきと侍女に指示を出すと、私の前に腰掛けた。
侍女は、私とシャルトの前にカップを置いた。
「マーゴ様にご用があったのではありませんか?」
「ちょうど、休憩をしようと思っていたのですよ。ご迷惑でなければ、お茶を付き合っていただけませんか?マーサ叔母様の話も聞きたいですし」
私がうなずくと、シャルトは少し表情を緩め微笑んだ。
来客への一通りの挨拶が終わったのかな?確かに、ずっとあの場にいると疲れるよね。
「そうですか、マーサ叔母様とはそんな縁で」
色々と話すとまずそうなこともあるので、異国の地で言葉も分からずに困っていたところを助けてもらったという大まかな話をした。
一通り話し終わると、再び沈黙が流れる。
シャルトは、ただ、じっと私の顔を見ている。また、時が止まっているようだ。
沈黙が平気な人なんだろうか?私は、沈黙は苦手なんだよね。
「誕生日会に、戻らなくても大丈夫ですか?」
「ああ、そうですね。でも、まだ大丈夫です。もう少しこうしています」
えーっと、沈黙が辛い。
「今日は、素敵な女性がたくさんいらしてますね。気になる方はいましたか?」
誕生日兼、お見合いパーティーだということを思い出して尋ねてみた。
「ええ!とても素敵な女性と出会えました!」
なんと!
「どんな女性ですか?」
人の恋話、大好き!!思わず、身を乗り出して尋ねる。
「協力しますよ!」
何と言っても、キューピットとしては、ダーサ&ルーカをくっつけた実績がある!
なんだか「お見合いおばさん」の気持ちが分かってしまった。秋田に帰ると顔を出す「良い人がいるのよぉ!梨絵ちゃんにぴったりの人が!会うだけでも!」という人の気持ちが。
でも、32歳を最後に、お見合いおばさんは来なくなりました。凹んでいいですか。
「あ、いえ、その、やっぱりいません。ですから、協力は必要ありません」
シャルトの顔が曇った。
ちょっとでしゃばりすぎちゃったかな。会ったばかりの人間に恋愛相談とか、普通しないもんね。




