17 舞踏会にて~シャルトとラト
25歳になるというシャルト君を一言で例えると「委員長」といった感じだ。
背筋を伸ばし、キリリと表情を引き締めた姿。
1人ずつに丁寧に挨拶を返す様子にまじめさがにじみ出ている。
この世界の人のことだけはあり、年齢よりも少し上に見え、28,9に見える。
短く切りそろえられた薄い金の髪。前髪だけは、目が隠れるほど長くして真ん中で分けている。つり上がった眉と切れ長の目。しょうゆ顔系の美形だ。
目が合った瞬間、驚いたように少し口を開いたが、すぐに目の前で挨拶をしている人に向き直った。
ちょっと、じろじろ見すぎたかな?そういえば、周りの女性達は、センスを顔の前で開き、人を観察するときはセンス越しにこっそり見ているようだ。
まぁ、こっそり見ても、見られている方は丸分かりなんだけどね。さっきから、マーサさんと私にたくさんの視線が刺さってるのが分かるもん。
執事っぽい人が、次に私たちに挨拶するようにと促した。
目の前に立ち、今までの人たちがしていたように、スカートの裾をつまんでお辞儀をする。
「顔を上げよ」
涼しげな声で顔を上げると、真っ直ぐなシャルトの視線とぶつかる。
「シャルト、ご無沙汰しているわね。25歳のお誕生日おめでとう。」
マーサの言葉に、シャルトはマーサに視線を移し、伯爵は椅子から少し腰を浮かせた。
まぁ、普通の来客なら「シャルト様には、この晴れたるすばらしき日にお誕生日をうんぬん」とか「伯爵様、このたびは、ご招待いただき真にありがとうございます。今日というよき日にかんぬん」とか、もっと敬語をふんだんに盛り込んだ言い方するはずだ。タメグチに近い言葉をかけられたら、驚きもするだろう。
「姉さん、久しぶり。会いたかった……」
マーサはシャルトへの挨拶もそこそこ、伯爵夫人へと向く。マーサのお姉さんである伯爵婦人は椅子から立ち上がると、震える手で口元を押さえた。
「マーサ?マーサなの?」
「そうよ、マーゴ姉さん。招待ありがとう。やっと来ることができたよ。本当に会いたかった……」
「マーサ!」
マーゴお姉さんさんは、舞台から降りると、マーサさんの手をとった。
「マーサ、本当に、あなたなのね。ああ、そうだ、この目に、この腕の黒子、間違いなく、あなたなのね。」
マーゴお姉さんさんは、ぎゅっとマーサを抱き寄せた。そのほほを、涙が伝う。
「会いたかった、マーサ。私もどんなに、あなたに会いたかったことか……」
「姉さん、ごめんね、毎年招待してくれていたのに、なかなか来られなくて……」
二人の抱擁を、客達が何事かと見ている。先ほどまでの舞踏会の喧騒とは違うざわめきが、波のように会場に広がる。
「マーサよ、息子のためによく来てくれた」
この状態に、いち早く対応したのが、伯爵である。
「姉妹二人で積もる話もあろう。マーゴ、私たちのことは気にせずとも良い」
退席の許可を出され、マーゴお姉さんとマーサさんは会場をあとにした。
「それから、娘よ、慣れない場所で1人では心細かろう?シャルト、相手をしてやりなさい」
伯爵は気の利く男だということが分かった。分かったけど、この場合はそれって最悪の選択です!
会場から、マーサさんの姿が見えなくなると、視線は一気に私に集まった。アレは誰?何者?伯爵婦人の妹とどんな関係?興味津々の好奇の目にさらされているのに、主役のシャルトと行動したら、それこそ何を言われるか分かったもんじゃない。
シャルトの様子をうかがえば、またも目が合う。真っ直ぐ人の顔を見る男だ。そのあたりも生真面目さからだろうか?
「分かりました、父上」
いや、わからんでいい!っていうか、私は見た!ちょっと嬉しそうな顔しただろう?
実は、この挨拶の列にうんざりしていたんじゃないのか?この場を離れられるのをコレ幸いと思ったでしょ?
でも、でもですよ、そうは問屋が卸しません。
「お気遣い、ありがとうございます。ですが、シャルト様は本日の主役でいらっしゃいます。どうぞ、私のことはお構いなく」
断る!
シャルトに挨拶したくて列に並んでいる娘達の視線が怖いんだよ!
「いえ、親愛なるマーサ叔母さまのお連れの方です。退屈をさせては申し訳ありません」
むむ!15年も会ってないくせに、親愛なるときたか!
「退屈などいたしませんわ。このような場は初めてなので、何もかもが新鮮です。とりわけ、あちらに並んでいるお料理の数々には興味があります」
暗に、何か早く食べたいなーという内容を含めてみた。
「料理人が何日もかけて考えたえりすぐりのメニューだ。是非、堪能してくれ」
まだ何か言おうとしたシャルトを制して、伯爵が口を開く。
よし!伯爵、空気読める男よ!と、心の中でガッツポーズをしてその場を後にする。
何組かの男女が優雅に踊っている横を通り、立ち話をしている女性グループや男性グループの隙間を通り抜け、誰かに話しかけられる隙を与えずに、立食形式のテーブルにたどり着いた。
急いで皿を持ち、給仕の人にサラダを乗せてもらう。バイキング形式とはいえ、流石に貴族のパーティーだけあって、料理一つ一つに取り分ける人がついている。
ダンスを踊れないという私に、マーサさんから教えられた暗黙のルールがあった。
ひとつ、食事中の人には話しかけてはならない。
ふたつ、グラスを手にしている女性をダンスに誘ってはいけない
まぁ、口に食べ物入れているときに話かけられても困るよね。食べながら話をするのってあんまり格好がいいもんじゃないし。色々気を使いながら食べても、せっかくの料理を楽しめないし。
グラスを持っているのは、疲れて休憩していますの合図なんだって。だから、踊りたくない時はグラスを手にすればいいらしい。
今にもマーサさんのことや、私のことを根掘り葉掘り聞きたい!という人たちを避けるために皿を持った。
それでも話しかけられたらどうしようと、身構えてていたが、貴族社会の暗黙のルールを破ってまで話しかけるツワモノはいなかった。
待っても無駄と、人々も諦めたみたいで、各々のグループでの会話を再開した。
壁際の椅子に腰掛けて、噂話に耳を傾けながら、サラダをつついた。
「マーゴ様に、あんなに若くて美しい妹君はいらっしゃったかしら?」
「あの方、あれで42歳だなんて、とても信じられませんわ!」
どやっ!
「あんなに美しい女性は見たことがない。ぜひお近づきになりたいものだ」
どやっ!
「お連れになったお嬢様も大変かわいらしかったわね」
化けてます。
「シャルト様も特別にお声をかけていらしたわ」
いやいや、マーサさんに気を使っただけですから。まじめ委員長ですからね!
「まぁ、早速シャルト様に色目を使ったのですか?少しかわいいからって、ずうずうしい!」
噂って怖い!
噂をしている人が背を向けている間に、見つからないようにその場を離れる。
少しフルーツを取ろうと移動すると、若い娘たちの「話しかけたいナー」視線が一点に向いているのに気がついた。
その先には、皿にパンを載せた男の姿があった。
肩まで伸びだ長めの金の髪を、後ろで一つに束ねている。瞳とおなじ青色の上着を着ている。詰襟型の上着には、金糸や銀糸で刺繍が施され、人目で「高そう」と分かる。
ぼっちゃんだとは思ってたけど。
この場にいるってことは、やっぱり貴族だったんだ。
皿にりんごをひとかけらのせると、誰もが息を呑むくらい美しい男、ラトと目があった。
パッと視線をそらすと、慌ててラトの目の届かない場所に移動する。
やばっ。目があっちゃった。ばれたかな?
まさか、ばれてやしないよね?
大体、ラトは私のこと少年と思ってるんだし、原型が分からないくらい化粧してるし。
そもそも、この世界にはウィッグはあっても、カラーコンタクトはないから、目の色が違えば100%別人と判断するしかないしね!
逃げるとか、怪しい行動取らないほうがむしろ良かったかな?
追加のフルーツを取りに行くと、今度はラトは向かいで海老を皿にのせていた。また目があったので、今度は逃げずに微笑んでおいた。
皿が空になり、次は野菜たっぷりのスープをチョイスした。斜め向かいで、ラトが肉を食べている。知り合いがいると、つい見ちゃうよね。うっかりまた目が合った。
スープを飲み終わり、次に何を取りに行こうかなぁと、テーブルを見ると、ラトが皿に追加の肉を乗せながらこっちを見ていた。
よく食べる女だとでも思っているんだろうか?この会場で皿を手放さない女など、私のほかにはいないわけだし。
特に今日のような日「伯爵のご子息のお見合いパーティー」に来ている若い女性達は、少しでもシャルトに近づこうと必死だ。シャルト狙いではない娘たちも、ラトみたいな貴族とお近づきになれればと、誘われるのを待っている。
しかし、ラトはよく食べるなぁ。さすが食い意地のはった男。人にうどんをたかるだけのことはある。
うどんといえば、そろそろ実家から送られてきた乾麺がなくなるので、手打ちに挑戦するべきか?それとも、もううどんは作れないと断るべきか。
何が悲しくて、こんな華やかな場で私はうどんのことを考えているのでしょうか?
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