15 いざ、舞踏会へ!
魔法を使うと宣言してから、私は風呂敷包みからウィッグを取り出した。栗色のウィッグ。それを、かぶって見せる。
「こりゃぁ、たまげた。ドレスは用意できたけれど、その髪をどうしようかと思っていたんだよ」
「まだ、私の魔法はこんなもんじゃありませんよ?」
この一月で言葉は上手になったと思う。もちろん、自己判断なので、東京の人が関西弁を話すように、すごく不自然な状態になっているかもしれない。でも、片言は脱したと思う。
本当の魔法はこれからだ。
今回限りと、私はオーパーツに手を出すことにした。
もちろん、人の手に渡すわけでもなく、後に残らないというものに限りだ。
せっかくマーサさんが誕生日会に出てくれる気になったのだ。こうなれば、持てる武器は全部使って、マーサさんの心が痛むようなことがないように全力で取り組む。
誰にも馬鹿にさせない!
だって、言葉も分からない異世界に来て、1ヶ月無事に過ごすことができたのは、マーサさんたちのおかげだもん。
ううん、無事どころか、毎日楽しく過ごせた。言葉も教えてもらったし、給金までもらっちゃった。
ここで恩返ししなくていつするの?
馬鹿にさせないためには、マーサさんが若く綺麗なだけじゃだめなんだ。
マーサさんが連れてきた私という人物が異常であれば台無しになる。「あんな娘を連れてきて正気なのか」と言われてはだめなのだ。ドレスなのに、男のように髪が短いとか、明らかに異国の顔立ちで得体が知れないとか。
「どうですか?」
青のカラーコンタクトを装着し、マーサさんに見せる。
「え?本当に魔法かい?目の色が変わったよ?」
少しの嘘は許してもらおう。
「私の国にいる魚のうろこです。削って磨くと目にはめることがができるんです」
特徴的な黒い髪と黒い瞳の色、そしてメイクで顔立ちをごまかせば、それほど異常ではなくなるはずだ。
後は、言葉の訛りを指摘されないように、黙って微笑んでいればいい。
「へぇ、すごいもんだ、本当に魔法みたいだよ」
「明日の魔法はもっとすごいですよ!楽しみにしてください!」
私はそういってウインクをした。そして、話題を変えるために質問した。
「マーサさん、今から向かう王都ってどんなところなんですか?」
思えば私は、山とあの街しか知らない。
「言葉通り、王様の住むお城がある都さ。この国一番の大きな都市だよ。それは華やかで立派さ」
やはり、この世界は王制なんだ。街は平和だったけれど、王都の治安はどうなんだろう?
「王都も平和?」
「んー、そうだね。今は戦争もしていないから、平和だよ」
「戦争?!戦争があるの?」
「ずっと戦争してるわけじゃないけどね。一番最近の戦争は、17、8年くらい前だったかな?ここキュベリアの西に位置するインパ皇国が攻め込んできたんだ。一進一退の攻防がというやつか、戦争は長引いた。国中が疲弊したよ。もう駄目かと思ったときに、突然インパスが滅んだんだ。インパ皇国の南にあるアウナルスが、インパ皇国を滅ぼしたんだ」
私が今いる国が、キュベリア。西にあるのがアウナルスか。
「アウナルスは、インパ皇国のように、攻めてはこないの?」
戦争になったらどうしよう。怖い。
「さぁ、どうなんだろうね?アウナルスは戦争を繰り返し、この10年で大陸の西半分を占めるまで拡大した。あんな大国に攻められたらキュベリアは戦争をするまでもなく一方的に攻められて終りさ」
戦争で国が滅びるかもしれないという話をしているのに、マーサさんの口調はあっけらかんとしたものだった。
怖くないのだろうか?
「大丈夫さ。今も大陸のあちこちで戦争が起きているけれど、キュベリアは20年近く平和なんだよ。それだけ、王様が頑張ってくれているのさ。これからも大丈夫さ」
そんなに、楽天的に考えていいものだろうか?戦争は王様が頑張れば防げるものだろうか?
「考え立って、庶民の私たちには、どうしようもないからね」
そうか。私たちには何もできないのだ。民主主義のように選挙でトップが替わるわけでもない。
戦争が起きたときの備えをすることは出来ても、戦争を防ぐことはできない。だから、王様に頑張ってもらわなければならない。
王様を信じるしかできないのだ。
戦争が起きる不安や恐怖に心を支配されては、生活もままならない。
そういう世界なのだ。
途中に3度ほど軽い休憩をとり、そろそろ4度目の休憩がほしいなぁと言う頃馬車は王都に入った。
建物がびっしりと並び、店頭にはところ狭しと商品がならんでいる。たくさんの人々が行きかい、とても活気がある。
次第に、1,2階の建物から、3,4階の建物の数が増え、店頭に商品を並べている店の数が減っていく。看板はあるから、店なのだが、一見さんお断りの雰囲気を出している。
そこを通りすぎると、今度は庭付きの建物が見えるようになった。歩いている人の数はかなり減り、人力車や籠のようなもので移動する人が増えている。時折、馬車を見かけるが、その数は少ない。
さらに先には、まさにお屋敷!という建物が並ぶ。
そして、ひときわ大きく聳え立っているのがお城だろう。
どうやら、城壁に近い場所が庶民の生活の場で、奥に行けば行くほどほど位の高い人のお屋敷というようになっているみたいだ。
馬車は、お屋敷サイズの建物が立ちならぶよりも少し手前で止まった。
庶民が利用するよりも、ランクの高いであろう宿に案内される。
宿生活は、快適そのものだった。そして、この世界に来てから初めてベッドで寝ることが出来た。ふかふかの羽ベッドかと思ったら、そうではなかった。何でできているんだろう?
次の日は、朝早くから誕生日会という名の舞踏会へ行く準備を始めた。
まずは、ラジオ体操で体をほぐす。
さぁ、では魔法の始まりです。
アラフォーなめんなぁ!
お肌の曲がり角といわれる頃から試した美顔法数知れず。
さらに、深夜の通販番組で思わず手にした化粧品の数にも自信がある!
三種の神器、コラーゲン、ヒアルロン酸、コエンザイムQ10配合の美容液はオーパーツになるので今まで封印してきたが、もう遠慮はしない。
もちろん、それだけじゃない。
一瞬でパッチリ二重になるというアレ。
しみやそばかすがあっという間に見えなくなるというコレ。
塗ってからわずか1分で皺がピーンと伸びて見えなくなるというソレ。
どれも少し使っただけだ。。「特別な日」のためにとっておいた「とっておき」なのだ。ところが、歳とともに「特別な日」というのは減っていくという不思議。使う機会がほとんどないまま今にいたる。
アラフォーにも「特別な日」ってあるよね?(ちょっと涙目)
そして、リサーチで調べた美人の基準に近づくようにメイクを施す。
たかがメイクと思っていませんか?インターネットで「半顔メイク」画像を見たら、たかがメイクなんて言ってられない。
化粧落としたら誰だかわからなかったって話は都市伝説だと思ってたこともあった。でも、違ったよ!それからどれだけメイクの研究をしたことか!
マーサさんには、ドレスの華やかさにも負けないように、しっかりメイクを施す。
金属を磨いた鏡をのぞいたマーサさんは、軽く1分は言葉を失っていた。
「だ、れ、だい?これは?」
どやっ!
「本当に、魔法みたいだ……20年前に戻ったようだよ、ううん、その頃よりずっと綺麗だ……」
「あ、マーサさん、泣かないでください!化粧が落ちちゃいます!」
さっと、目元の涙をハンカチでぬぐってあげる。
「ああ、そうだね。せっかく綺麗にしてもらったんだ、リエス、あんたも、……!こりゃぁ、どこのお姫様だい!なんとまぁ!」
マーサさんのしっかりメイクとは違い、私はナチュラル風メイクにした。
ナチュラルメイクではない。あくまでもナチュラル風だ。
「こうしてみれば、歳相応に見えないこともないねぇ」
歳相応って、25ってこと?って、いつもはいくつに見えるというんだろう。怖くて聞けない。本当は35ですから。
会場となる広間は、シンデレラの舞踏会のイメージそのままだった。一つ違うのは、ダンスのためのホールともう一つ、食事や休憩のためのホールがあるということだ。
会場に入ると、多くの視線が集まった。「アレは誰?」「どこのご令嬢?」とささやく声が聞こえる。
どやっ!マーサさん綺麗でしょう!はっはっは!笑いが止まらない。
してやったりだよ!
マーサさんと二人、ダンスホールの奥の、一段高くなったところに真っ直ぐに向かった。
中央の椅子に、20代の青年の姿がある。その両横に、両親と見られる男女がいた。
今日の主役のシャルトと、シャルトの父である伯爵。それから、マーサのお姉さんである伯爵夫人だろう。
何人かが並び、順に挨拶をしている。
若い娘を連れた人が多い。ま、お見合いパーティーだから当たり前か。
少しでも印象付けようと必死な人の姿もある。
その列に並び、舞台上の人物に目を向ける。
マーサのお姉さんは、眉と額の形がマーサにそっくりだ。実年齢は47と聞いている。日本基準で42,3に見えるのだから、この世界では相当若く見えるのは確かだろう。伯爵は、口ひげのとても似合うダンディな男性だ。しっかりとした体つきで、騎士の隊長や将軍っぽいなぁという印象だ。
そして、中央のシャルトに目を移した時、ばっちりと目があった。




