136 二つの命令
『私が支払える対価?何でも言ってください』
『この世界にある俺にとって、重要だが手に入りにくい物だ。何だと思う?』
おいおい、何歳に見えますか?っていう合コン女子か!クイズにするな。どんな答えを期待してるんだよ!
とは思ったが、答えは簡単でしょ。
『日本の物ですよね?米を栽培するための種籾はもうすぐ届くはずです。他に何が欲しいですか?』
『いや、日本の物も欲しいが、もっと重要なものだ。物質ではない。君以外の誰も俺にもたらしてはくれない』
えー、絶対正解すると思ったのに。
何だろう?私じゃないと、吾妻さんにあげられないもの?
しかも、物質じゃないって。うーん。うーん。くやしいなぁ。当てたいなぁ。
3分ほどして、メールの着信音。タイトルは『時間切れ』って、おい、短いな!考える時間短いよ!
『答えは情報だ。トルニープに忘れ物を取りに行くと言っていたな?トルニープの情報をメールしてくれないか?こちらでも情報収集の手段はいくつかあるが、メールよりも迅速に大量の情報を送る手段は流石に持っていない』
ああ!なるほど!
『スパイですね!了解しました!』
うん。これならばウルさんを派遣社員として雇う対価には充分じゃないの?私以外の誰にもできないし、情報って大切だもんね。グアルマキート戦記にも書いてあったし!
『待て、スパイにするつもりはない。危険を冒して何かを調べてもらうつもりはない。ただ、日常のことを連絡してくれればいい。物価のことや、人々の様子に変わったことはないかとか、そういうことでいい』
『そんなことでいいんですか?』
『ああ。できるだけ多くの情報が欲しい。情報分析はこちらの仕事だ。街の様子から色々と判断できることがあるからな』
吾妻さんが何に情報を使うのかは分からない。商売で地位を築いたのであれば、トルニープでは何の需要が高まっているのかとか、今後何が売れるのかとか知りたいのかもしれない。
もし、政治がらみであれば、国民の顔色から、政治の良し悪しが分かることもある。
よし。できるだけ多くの情報を送れるように頑張ろう。写メも送っちゃおう。隠し撮りには自信がある。って、何でそんなことに自信があるかって?昔、合コン相手が自称探偵で、携帯カメラでの隠し撮り方法を色々教えてくれたんだよ。
何か胡散臭い奴だったから、後で友達と「探偵とか嘘で、盗撮でもしてるんじゃない?」って話をしてたけどね。
なんでそんな胡散臭い奴と合コンしたかって?30過ぎるとね、まともな合コン相手なんてなかなか見つからないんだよ。凹。
エロキモにも近づくつもりだし。上手くいけば城内の情報も送れるかも!
『くれぐれも、危険には近づくなよ!』
念押しされた。
近づくつもりはなくはないのが、何でばれてるかな?
『交渉成立ですね。では、ウルさんの指揮は私が取らせてもらいます。吾妻さんは、ウルさんに指令をお願いします。そうですね、吾妻さん自信の身に関わること以外は、すべて私の指示に従うようにと、そう言ってもらえませんか?』
『ん?ウルに一体何を頼むつもりだ?』
『私を、守り過ぎないようにと』
『ああ、もしかしてウルのやつ過保護だったか?まぁ、こっちの世界の人間には日本人は幼く見えるみたいだしな。君も子供だと思われてる可能性はあるな』
うん、そういう意味での守りじゃないんだけど。まぁいいや。
『いつごろ、ウルさんに伝わりますか?』
『明るくなってからすぐに狼煙を上げる。明日の昼までにはウルに伝わるだろう』
なるほど。やっぱり遠方への情報手段は狼煙なんだね。見える距離に限界があるだろうから、いくつか中継するんだろう。しかし、狼煙でどうやって文面を伝えるんだろう?モールス信号みたいに長い煙、短い煙とかの組み合わせかな?って、別の国に知られるわけにはいかないから、それぞれの国で色々かな?細かいことはどうでもいいか。使うことはないだろうし。
朝食後、一緒にラジオ体操をしているウルさんの動きが突然止まった。どこか宙を一点凝視している。
私も動きを止めて同じ方向を眺める。
今日もいい天気だ。
うん。青空と白い雲と、囀りながら飛ぶ小鳥しか見えません。
まさか、ウルさんがいい天気だなーと空をぼーっと眺めるわけないので、狼煙が上がっているのかな?
「リエスさん、今ボスから連絡がありました」
ウルさんが姿勢を正して、私の正面に立った。そして、右腕をまげて胸の前に置き、頭を下げる。
「今から、リエスさんの命に従います。どうぞ、ご命令を」
「では、二つだけ命令させてください」
「二つ、ですか?」
「ええ。命令は二つだけ。あとは、私のお願いになります。お願いですから、断ることもできます。ウルさんが決めてください。」
命令できるような偉い立場じゃないもの。形だけは派遣社員で私が上司ということにはなるけど、それも吾妻さんがいてこそ。私自身は少しも偉い人間じゃない。
「一つ目の命令は、私に危険が迫っても守らないでください」
私が、吾妻さんに言った守りすぎないようにとは、過保護にするなと言うことではない。
「どういうことですか?私はボスからあなたを守るようにと……」
「きっとそうだと思っていました。もちろん、ちょっとしたことからは守ってもらえると嬉しいです。ですが、ウルさんの手に負えない、ウルさんの身が危険にさらされるようなことが起きたら、私を守らずに逃げて欲しいのです」
もう、私のために誰かの命が危険にさらされるなんていやだ。
私を守って誰かが傷つくのを見るのはいやだ。
「ですが、」
「それが、私の”心を守る”ということだと思ってください。もし、私に何かあったら、私が心を守って欲しいと頼んだと伝えてください。分かってくれると思います」
わがままだ。ウルさんの命は助かるかもしれない。でも、ウルさんの心は傷つくんじゃない?自分の心を守るために、ウルさんの心を傷つけるってことだ。卑怯だ、私。
ウルさんは、じっと口を引き結んだ。是と言わないウルさんに、私は静かに言葉を発する。
「命令です」
「分かりました」
ウルさんが何かに耐えるような口調で口を開いた。
「私ね、ウルさんは相当な手練れだと思ってるの。だから、よっぽどのことがない限り、ウルさんは私を守ってくれると思ってるのよ。違う?」
「そうですね。私を倒せる相手は国内でも数名でしょう」
ウルさんは納得したようにうなづいてくれた。
マジ?国内で数名って、相当すごいよね?っていうか、どの国内だろう?
「では、二つ目です。私の行動をボスには報告しないでください」
ウルさんはまたしても、納得できないという顔をした。やっぱりボスから私の様子を報告するように言われてたんだろうな。
でもさ、困るんだよね。また危険に近づくなって言われるの。
ウルさんは過保護だったかと吾妻さんは言っていたけれど、吾妻さんも過保護だよね?
「私の行動には理由があります。ですが、途中経過ではそれが伝わらないこともあります。無駄な心配をかけたくありません。それに、私のツテ経由で毎日報告することになっています」
「そうですか、リエスさんの無事が毎日伝わるのであれば、私からボスに報告することもないでしょう。了解しました」
ウルさんの顔にいつもの笑みが戻ったので、ホッとして息をついた。
ウルさんに受け入れてもらえなかったらどうしようって緊張してたんだよね。それに、命令なんて万年派遣社員(現在無職)には荷が重い。
「じゃぁ、あとはお願いごとです。」




