11 まさか、貴族様!
ダーサと別れてそのまま店に行った。
「あれ?今日は早いね?」
マーサさんが、テーブルに座って薄い木の板に何か書こうとしていた。
「それ、なに?」
「ああ、誕生日会の招待状さ。行かないなら、送り返さないといけないからね。せっかくだから、裏に姉に宛てた手紙を書こうと思ってね」
招待状が木の板とは。紙ってそんなに普及してないのかな?
それより、今、送り返すって言わなかった?
「へんじ、まつ、まだじかんある」
招待状をテーブルの上から持ち上げ、背中に隠した。
「リエス、返しておくれ」
首を横に振る。
マーサさんは怒るでもなく、静かに息を吐いた。
「ダーサの差し金かい?どれだけ言われても、出席する気はないよ」
「なぜ?いかない?」
「リエスはどこまで話を聞いたんだい?」
「とおいところ とついだ おねえさんに あえるときいた」
マーサさんは、厨房に入ると、コップを二つ持ってきた。
私にテーブルに座るよう言う。
「姉さんはね、***に嫁いだんだ」
「***?」
また、分からない単語が出てきた。
「えーっと、なんて言ったら伝わるかね?貴族は分かるかい?」
貴族?
「貴族には種類があって、上から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵とあって、伯爵家に嫁いだんだ」
マーサさんが、手を出して、親指から順番に指を差して説明してくれた。
「マーサさんのおねーさん、こうしゃくふじん?」
びっくり仰天。どこに出会いが?シンデレラストーリー?玉の輿?すごいなぁ。
あんまり驚いた顔をしていたからだろうか、マーサさんは私の顔を見て笑った。
「ははは。そうだよ、驚くよね。じゃぁ、もう一つおどろく話をしてあげるよ。実は私も貴族の娘だったんだ」
ええーーーっ、ま、マーサさんが貴族のむすめぇーーーっ。
驚きすぎて、金魚みたいに口をぱくぱくっ。
「とはいっても、父親が1代限りの男爵の称号を貰っただけで、父親は男爵だけれど、私も姉さんも平民さ。父親が生きているときは、男爵の娘と言えたけど、亡くなっちまえば、ただの平民。今は、この店のおかみさ」
落ち着くために、コップの水をごくごく飲んだ。慌てて飲みすぎて、ちょっとむせた。
「それでも一応、男爵の娘だったからね、時々舞踏会にも招待されたのさ。そこで、姉は伯爵に見初められて結婚し、私は、ダンケに惚れてて、押しかけ女房になった」
「マーサさん、じょうねつてき」
「だろ?私は惚れた男と一緒になれたんだ。かわいい息子にも恵まれ、生活に困ることもない。これ以上の幸せがあるかい?」
マーサさんの言葉に嘘はないと思う。いつも笑いが絶えない一家だ。本当に幸せなのだろう。
「実は、姉さんにに会いたくて15年前に一度、シャルトの誕生日会に行ったのさ。姉さんと会うのは10年ぶりだったけれど、変わってなかった。まるで嫁いだときのままにに若々しかった。一方、私は10年分歳をとっていた。普通に歳を重ねただけさ。だけど貴族達にはそうじゃなかった……」
マーサさんは、15年も昔のことだというのについ昨日あったことのような口調で話す。それだけ心に強く刻まれた経験なのだろう。
「どちらが姉でどちらが妹かわかりませんねと、揶揄された」
暗に老けたなと言われたんだよね?
「それは構わないんだ」
構わないんだ。私なら、凹む。
「平民なんかに嫁いだから老けたのだ、旦那が苦労させているんだと……ダンケのことを悪く言われるのだけは我慢ならなかった」
綺麗に着飾り、若さを保つのが幸せなのか!と。
旦那と一緒に歳を重ねて、日々笑って過ごすのは幸せじゃないのか!と。
「私は、何も今の自分を恥じてはいないんだよ。目じりのしわも勲章さ。だけど、私の姿を見て、旦那や息子が悪く言われるのは耐えられないんだ。だから、誕生日会には行きたくないのさ」
旦那が悪者にされないように、行かないと言うマーサは、両目を固く閉じた。そして、何かを吹っ切ったかのように、明るい、いつもの表情にもどって
「そもそも、若い頃着ていたドレスはもう着れないしね!」
と、お腹をぽんっと叩いてウインクした。
この世界の貴族も、コルセットとかでウエストを締めるデザインのドレスを着ているのだろうか?
「さ、この話はおしまいおしまい。仕込をはじめるよ!」
マーサさんはコップを下げて、かわりにたまねぎを持ってくる。
人に馬鹿にされなければ、マーサさんは誕生日会に行く気になってくれるのだろうか?
姉と比較しても遜色ない姿であれば……
42歳だというのに、私も50代だと間違えた。せめて、40代に見えるようになれば気持ちは変わるだろうか?
「みなさん あつまって ください」
その日のおやつタイムに、私はみんなに宣言した。
「マーサさん、ダイエットします。みんなも、いっしょにやります」
「ダイエットとはなんだい?」
カバンから、誕生日会の招待状を取り出す。
「ああ、返してくれるんだね」
マーサさんの伸ばした手が届かないように、ひょいっと、頭の上に上げる。
「まだ、たんじょうびかいまで1ヶ月ある。へんじするまでに、20日いじょうある。それまでに、マーサさん、ダイエットして、肌の手入れして、きれいになる」
「え?」
マーサさんだけじゃなく、ダンケさんやダーサも驚いた顔をしている。
「きれいになったら、いくとやくそくして。もし、だめなら、あきらめて、これ返す」
招待状を人質に、マーサさんに約束を迫る。
「ダイエットって、何のことか分からないけれど、わかったよ」
「ほんとう?」
「たった20日で何が変わるか分からないけれど、何にも努力せずに行かないというのも私のわがままかもしれないね。幸せを見せつけるための努力ってやつも、必要かもしれない」
「うん、みんなで20日間 どりょくする!」
ダンケさんとダーサさんもうなづいた。
「じゃぁ、今日から おやつ、みんなでがまんする」
テーブルに載せられた皿を持ち上げ、カウンターに載せる。
「ええーっ!おやつ抜き~?!」
ダーサが不満げな声を上げる。
「みんなで、どりょく」
ギッとにらみつけると、肩をすくめた。
「おやつを抜いて、あとは何をするんだい?」
マーサさんが、ずいぶんと積極的になってくれているのがありがたい。
「つぎ、ラジオ体操ダイエット 」
「何?」
アラフォーなめんなぁ!
10代の頃から蓄積した、ダイエットの知識量は半端ない。だてに、3日坊主を何度も繰り返したわけじゃない!
って、3日坊主だめじゃん……。
とりあえず、短期間で効果が出そうなダイエットを幾つか組み合わせる。しかも、このおやつタイムを利用してできること。
ラジオ体操ダイエット3分、ロングブレスダイエット1分、骨盤スクワット3分、ゲッタマン体操5分。
はぁ、はぁ、ちょっと、きついです。みんなはだいじょうぶかなと見れば、3人とも平気そうな顔をしています。一番体力ないの、私ですか。そうですよね。じゃぁ、カービーダンスも追加しましょうか。
それから、腹筋背筋腕立て伏せの方法を教えて
「なんだ、面白いな、次は何するんだ?」とダーサ
待ってください、私の方が、限界です。
なので、ランチタイム以外に出来る運動を幾つか教えて、暇な時間にしてもらうことにした。
「これで、痩せるのかい?なんかちょっと楽しいね。特に、ラジオ体操とかいうやつ?面白いね」とマーサ
もちろん、食事によるダイエットも実行してもらうことにした。
炭水化物ぬきダイエットと、食べ順ダイエットを同時進行。
ダイエットだけじゃない。
アラフォーなめんなぁ!
美肌知識だって、28歳くらいから豊富に仕込んでいる!残念ながら、美顔器などはこちらに持ち込めないけどね。
明日からコラーゲンが多く含まれるメニューを中心に食べてもらう。ビタミンCも忘れずに。
そうだ、ヘチマが手に入れば、ヘチマ水も作れる。なければ、キュウリパックだな。
各種ダイエット体操で疲れてしまったのか、その日帰るとハイジベッドに直行。洗濯したのに、まだラトの匂いがする気がする。干し草にも匂いが移っていたのかな。
マーサさん、行く気になってくれるといいなぁ。でも、行く気になっても、ドレスがないとダメか。
「あー、ドレス ドレス ひつよう ドレス ドレス……ド、レ……」
考えようとするんだけど、意識が遠くなっていく。
眠かった私は、馬小屋の気配に気がつかなかった。