空色の手紙
私、佐藤 彩音には大きな後悔があった。
あの五年前の出来事から自分の心には黒くて重い後悔というものが存在していた。
あの時ずっと父を見ていれば父は寂しく一人で人生を終えなかっただろうし、私もきっとこんな思いをしなかっだろう。そして、何よりも母がこんなにボロボロにならなかっただろう。
五年前の夏、私の父と母は離婚した。
当時は本当にケンカが多くて、私に八つ当たりも何度もあった。
この時は一番辛くて何回も家出して親友の美奈の家へ行った。
美奈の家族は私を受け入れて話も聞いてくれた。
しかし、私は決して父と母のことが嫌いではなくむしろ愛していた。
本当は二人とも心優しい人。でも、すれ違いで大きなケンカを招く。
この様子を見ていた小学生の私は人間というものは恐いと感じた。
夏休み入った頃、本格的にバラバラに暮らし始めた父と母。私は母に引き取られることになっていた。
正直に言うと本当は父についていきたかった。不器用な父はなにもできなくて心配だった。それに父はいつも私の事を考えてくれた。
休日の日だって仕事で疲れているのに私をいろんな所へ連れてってくれたし、好きなことをのびのびとやらせてくれた。
そんな父は隣の町のアパートで暮らすことになった。
「たまに遊びにいくよ。」
「約束だよ。お父さん。」
と私たちは指切りをして、父は笑顔で出て行った。
これが私と父の最後の会話。
夏休みの半ば、その出来事は起こった。
真っ赤に空を夕日が染める時間、一本の電話が家にかかってきた。
電話をとったのは母。
「もしもし?」
と相手の話を聞いていた母は驚き、愕然としていた。
ガチャと電話を置くと母は私の所へ来て
「用事が出来たから出掛けてくるわ。帰りは明日になると思うから。よろしくね。」
と言った母の声は震えていて顔色がかなり悪かった。
そんな母に私は
「どうしたの?」
と聞くけど母は荷物をもってフラフラと家を出た。
何かあったんだと確信した。そして、すかさず父の携帯に電話した。
不吉な機械の音。
父は電話に出なかった。
しかし、三十分後に電話がきた。
私はすぐに電話に出て
「もしもし!?お父さん!?」
と叫んでしまった。
残念なことに電話の相手は美奈の母。
「今日、お母さんが帰ってこないって聞いたから、うちに泊まりにおいで。」
そう言われて私は美奈の家に泊まった。
美奈の母も母から何も聞いてなかったようで母のことを心配していた。
元気のなかった私を美奈は励まして二人で楽しく遊んだ。
そして次の日、朝早く母が私を迎えにきた。やはり顔色がかなり悪い。
美奈の母と美奈にお礼を言って私たちは家に帰った。
家に帰るなり母は
「これに着替えて、すぐに出掛けるよ。」
と服を差し出してきた。
「これって...」
それは葬儀の時にきる黒い服だった。
「ねぇ、どうしたの?一体何があったの?」
服を持って問う私に母は
「車の中で話すから早く着替えて。」
車の中では、しばらく沈黙が続いた。
私は大きな不安から何も口に出すことが出来なかった。これからきっと誰かのお葬式なのだろう。一体誰の?
そう思った時、母がついに口を開いた。
「彩音、落ち着いて聞いてほしいの。」
「何?」
「お父さんが亡くなったの。」
頭が真っ白になった。
母は一体何を言い出すのだろう。
「嘘でしょ...?」
と聞き返すと母は昨日のことを全て話してくれた。
あの時の電話は病院からで部屋で倒れているところを父の友人が見つけ救急車を呼んだものの既に父は亡くなっていたそうだ。
母は運転しながら泣いていた。そして、私も涙を流していた。
嘘だ。お父さんが死んだなんて嘘だ。
何かの間違えでいてほしいと私は思った。
葬儀所に着いて、父の顔を見に行った。
確かに父だった。それはとても悲しくて寂しそうな顔だった。
外で空気を吸ってると母の兄つまり叔父さんが駆け寄ってきてくれた。
「彩ちゃん久しぶりだね。辛かったよね。」
と頭を優しく撫でてくれた。
その瞬間、さっき収まったはずの涙が流れていた。叔父さんはそんな私を抱き締めてくれた。
どうして?どうしてこんなことになったの?
もしも自分が父の側にいたら助けることは出来たのだろうか?
次々と疑問や後悔が自分の心に溢れていった。
その後、九州に住んでいる父の父母が到着した。父の母は完全にパニック状態で母に何か訴えているようだが私の頭には入ってこなかった。
父の葬儀や火葬が終わり、父の遺骨を母と持って帰ろうとした時
「自分の息子を捨てた人に息子の遺骨は渡さない。」
と父の父母はそう言って無理矢理持っていってしまった。
母を見ると泣いていた。
母もきっと自分以上に後悔していたのかもしれない。
数ヵ月後、母はボロボロだった。
仕事に追われる毎日。
家事に追われる毎日。
勿論、私も手伝っていた。しかし、受験が近くなると家事は手伝えなくなっていた。
ボロボロの母を見るのは辛かった。
この時、私の心には大きく黒くて重いものが存在していた。
それは「後悔」。
あの時に戻りたい。父と別れる少し前まで。
何度もそう想った。
そして現在。私は公立の高校に合格して高校生活を送っている。バスケ部に入部し、新しい部員たちと共に日々の練習を頑張っている。あと勉強も頑張ってるし、リーダー活動だって進んでやっている。
しかし、私の「後悔」はあれから消えない。
思い出すたびに泣いていた。
そんな生活を送っていたある日、不思議な夢を見た。神様と名乗っている人が私に
「過去の自分に手紙を書いてはみないか?」
そう聞いてきた。
「手紙...?」
「そう、手紙。君はこの五年間後悔し続けた。そんな君を見てはいられなくなったんだよ。」
と言ってポケットから便せんをだして私に差し出してきた。
便せんをみて私は感動した。
「綺麗...。」
この便せんと封筒は空色をしていて美しかった。その様子を見た自称神様は
「これに過去の自分に伝えたいことを書くんだ。そして、届いてほしい日付を書いてポストに入れる。そうすれば、日付通りに手紙は届く。信じるか信じないかはあなた次第。」
と言って私を指差した。私は頷いて
「信じます。」
そう言った。この言葉を聞いて自称神様は笑顔になり
「それとひとつだけ条件がある。」
と人差し指を立てた。
「条件ですか?」
首をかしげる私に自称神様は頷いた。
「そう条件。それは人類の運命が変わるようなことはしない。分かった?」
「はい。分かりました。」
と言って私は素直に頷いた。
目覚まし時計が鳴ったのとほぼ同時に起きた。
あれは夢?そうだよね、こんなことってないよね。
そう思って机を見ると空色の便せんはあった。
「嘘でしょーーーーー!?!?」
と叫ぶ私。
本当に存在したんだ!これで後悔が消えるかもしれない。
心の中で呟いて早速手紙を書いた。
小学五年生の彩音様 平成××年7月29日
こんにちは。信じられないと思いますが私は高校一年生の彩音です。
今回、手紙を出したのはあなたにお願いがあったからです。今、あなたの両親は離婚しようとしていると思います。あなたは母についていくことになると思いますが父も見守ってほしいのです。
自分がしっかりしていなかったせいでこの五年間後悔してきました。
私は父を見守ることが出来なかった。このままだとあなたも大きな後悔を背負ってしまう。私の勝手だと思いますがお願いします。
高校一年生の彩音
私は何度も何度も見直して封筒に切手を貼ってポストに入れた。
心の中で過去の自分に届く。
そう信じて。
~五年前~
綺麗な手紙が私宛に届いた。
封筒から手紙を出すと空色の便せんが入っている。
手紙を読み終わると信じられなかった。
「なんで離婚の話知っているの?しかも私がお母さんについていくことも。」
不思議な手紙だ。私はそう思った。普通はこんなことあるわけないが信じたいと思う自分がいる。
私は決意した。
「父を見守ろう」と。
夏休み入って私たちはバラバラに暮らし始めた。またに遊びにくると言った父と約束をして見送った。
見送る際に父の携帯と住所を確認しておいた。
私は夏休みの課題を早めに終わらせた。
そして、早速父のアパートに遊びに行った。
隣の町と言っても自転車で約一時間。ひたすら暑い中を自転車で走った。
父のアパートに着き、インターホンを押す。
...。
あれ?ならない?
もう一度押す。
...。
おいおい。ならないじゃん。そこは直そうよ。お父さん。
仕方ないから扉を叩く。
しばらくすると返事と共に父が出てくる。
父は私を見るなり驚いた。
「なんで?まだ1週間もたってないぞ?」
そういって部屋に招き入れてくれた。
「ずいぶん焼けたな。」
と父は笑った。
父が笑っているのを見て私も笑った。
いろんな昔話をした。東京に出掛けたときの話、海へ行った時の話。
話している間に夕方になった。
私はまたくるね!と言ってアパートをでた。
その後、1週間に一回は父のアパートに遊びに行った。
8月の半ばになった。
ある日母は
「もうあの人と会うのはやめなさい。」
と言い出した。
勿論、納得の行かない私は
「なんで?」
と聞き返す。
すると母は信じられないことをいった。
「あんな人といるとあの人みたいになっちゃうよ。」
この言葉で私は爆発した。
「なんで!?なんでそんなことが言えるの!?お父さんは立派な人だよ!?」
「あの人はなにもできないだらしない人よ!そんなことも分からないの!?」
言い争いが続いた。
こんなのは嫌になった私は家を飛び出した。
夕方の中をひたすら自転車をこいだ。
汗で体はベトベト。おまけに顔は涙でビチョビチョ。向かった先は勿論父のアパート。
「ど、どうしたんだ!?」
と父はびっくりしている。
当たり前だ。今の自分の顔が想像できる。きっと怪獣みたいな顔をしているのだろう。
父に母と起きたケンカを話した。
すると父は
「まぁ、母さんの言ってることは正しいよ。」
「なんで!?」
思わず怒鳴ってしまった。
「なんでそんなこと言うの!?父さんは立派な人だよ!!私が一番よく知ってる!父さんは立派な人だよ!!」
また泣き出す私に父は
「ありがとう。」
そう言った。
びっくりとした私は父を見る。父は笑顔で
「父さんのことを見ててくれてありがとう。」
「うん。」
私もぐちゃぐちゃな顔で笑った。
そして、私は立ち上がって
「お茶入れるよ。」
と言った、その時。
「うっ!!!」
父が倒れた。自分の胸をおさえて
「お父さん!!??」
私はそう叫んで駆け寄った。
パニックになってきている私の頭は何とかしなきゃ!!そう叫んでいた。
そして
「救急車!」
と父の携帯で三桁の数字を押した。
数十分後、救急車は駆けつけた。
私と母は医者の言葉に愕然としていた。
「余命一ヶ月!?」
そんな...そんな...こんなことって。
とりあえず、一命をとりとめた父は入院することになった。
父には黙っておこうと母と約束した。
病室に入ると父は起きていた。
「おぉ。すまなかったな。心配かけた。」
笑顔でピースする父に安心する私だったが
「ふざけないで!!」
母が叫んだ。
「どうして黙っていたの!?これくらいわかってたでしょ!?」
そういって母は父を睨んだ。
「わかっていたからこそ黙っていた。君たちに心配をかけたくなかった。」
とうつむいて父はいった。
「バカじゃないの!?」
「お母さん...」
私は泣きそうになった。
「こういうところを直せっていったのよ!なんでもかんでも一人で解決しようとするからこうなるの!自業自得よ!」
なんと私より早く母が泣き出した。
「すまない。」
父は謝った。
夏休みが明けて学校が始まっても私と母は父のお見舞いを欠かさず毎日行っている。
始めは嫌々だった母も今では一日中病院にいる。
私は部活が終わり父の病室の前に行くと父と母の笑い声が聞こえる。思わず扉を開くと
「おかえり、彩音。」
父と母が笑顔でこっちを向く。
前までケンカばかりだった二人が一緒にわらってる。心から嬉しかった。嬉しすぎて涙が頬をつたった。
「彩音、どうしたんだい?」
父は心配して聞く。でも私は
「なんでもない。なんでもないよ。」
とぐちゃぐちゃな顔で満面な笑顔になった。
家に帰る途中、母は私に言った。
「彩音、ごめんね。」
びっくりとした私は
「なにが?」
と聞き返す。母は夜空を見上げて
「前に言ったこと。」
私は思い出した。
『もうあの人と会うの早めなさい。』
今はもう気にしていなかった。
「ううん。いいの、もう。」
私は笑った。母も笑った。
「あの時ね、あなたが羨ましかったの。素直にあの人と一緒にいれるあなたが。」
いつの間にか母は涙を流していた。
「あの人を助けてくれてありがとう。」
10月の半ば、父の様態が激変した。
学校で授業をやっていた私は担任に呼ばれて飛び出して病院へ向かった。
病室には母、医者、看護婦そして父。
みんな黙って母は泣いていた。
父は苦しそうに息をしていた。
「お父さん!!!」
そう叫んで父に駆け寄った。
「お父さん!!!」
何度も呼んだ。
逝っちゃダメ!私たちをおいていかないで!
その時
「彩音...」
と父は呼んだ。
「お父さん!」
「鈴音...」
と母を呼んだ。母は顔を上げた。
「死んだらダメ!生きて!お願い!」
父は苦しそうに笑った。
「それは...無理なお願いだな...」
そして父は
「二人とも...」
こっちを向いて明るい笑顔になった。
「ありがとう。」
父はこの言葉を言って亡くなった。
父が亡くなって数週間後、家の近くの墓場に父の墓場を建てた。
「お父さん。私、お父さんを幸せにできたかな?」
とお墓に問いかけた。
そして、またくるねと言って私はお墓を後にした。
その後、私は不思議な夢を見る。
自称神様が私に
「未来の自分に返事を書きますか?」
そう聞いた。
「はい!」
私は元気で満面な笑顔で返事をした。
~現在(五年後)~
手紙を書いた次の日には返事が届いていた。
綺麗な空色の封筒。その中身を取り出して私は手紙を読んだ。
高校生の彩音様 平成××年8月31日
私は最後まで父を見守ったつもりです。
あなたの言っていた後悔は消えましたか?
小学五年生の彩音
手紙を読んだ私は気が付いた。心にあった黒くて重いものが消えてることに。
空を見上げた。
どこまでも青い空を見ながら最後に父が言った言葉を思い出して呟いた。
「ありがとう。」