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日本神話シリーズ

上司に容赦は必要ない

作者: 八島えく

「諏訪」

 高天原からわざわざ地上に降り立って来て僕を呼ぶのは、大嫌いな鹿島。

 建御雷神という雷神が、僕は大嫌いだ。

 武神として強いのに、本気を出さずにいつも卑怯な手段で勝利を取りに行く。おまけに無駄に身長高いし。

「諏訪。すーわ」

「聞こえてるよ。何の用だ」

「冷たいねえ。用がなきゃ会いに来ちゃいけないのかい?」

 鹿島の身長は、僕よりずっと高い。僕は鹿島の胸あたりまでしかない。それが悔しい。

 額と首に包帯を巻き、適当に髪を結っている。黒緑の法被を緩く着て、からころと下駄を鳴らす。

 それに比べて僕は、白藍の装束に空色の羽衣を身にまとう。動きやすさを考えて、時代に合わせてブーツを履いてみたけど、シークレットブーツにしておけばよかった。

「神社ならば来るものを拒みはしない。だけどおまえは別だ、鹿島」

「何でよ」

「おまえ、おとといもきただろうがっ! 最近は三日にいっぺん必ずここに来るだろう! 何が悲しくて嫌いなおまえと頻繁に顔を合わせなければならないんだよっ!」

「いいじゃん。お前さんの成長を見守るのが、俺の趣味でねえ」

「余計なお世話だ失せろ馬鹿!」

「ひっでえなあ」

 ひどいと嘆く割には、全然ひどいと実感していないように見える。軽薄で卑怯者なこの男が高天原を守っているなんて、世も末だ。そいつを嫌いになりきれない僕も僕だけど。

「そもそも成長ってなんだ。おまえは僕の父か何かか? あいにく、僕の父は出雲大社にいるけれど」

「どっちかっつーと兄かねえ? お前さんの父は間違っても敵に回したくない」

「悪いが、兄弟も多いから」

「そんなに多いなら、一柱増えてもいいだろ?」

「増えても気にしないが、おまえだけは嫌だ」

「何でよ」

「僕はおまえが嫌いだからだ」

「へえ……」

 急に、鹿島が押し黙った。気味悪くて鹿島の顔をうかがった。

 妙に、目が据わっている。薄笑いを浮かべて僕を見下ろしているこの男が、なんだか怖くなってきた。思わず、後ずさりしてしまう。嫌い、はさすがに言い過ぎたのだろうか。いや、僕が持ちうる限りの言葉で拒絶するのをあっさり受け流すような図太い神経の持ち主であるこの男が、今更僕に「嫌い」だと突きつけられたところで、傷つくとは思えない。

 だったら、どうしてこうなったというのだろう。

「……おい、鹿島?」

「ひどいこと言ってくれるねえ」

 鹿島が、じりじりと僕に近づいてくる。目と鼻の先まで接近された。

 後ろへ逃げようとしても、がっちりと肩を掴まれた。振り払おうにもご丁寧に強く掴まれている。逃げられない。

 袋の鼠だ。蛇に睨まれたカエルだ。まずい、怒らせた?

「え、あ……い、言い過ぎた、か……? 傷付けたなら謝るから……!」

「仮にも高天原にあずかる建御雷様に対して、そーゆー口聞くんだあ……へえ……?」

 掴まれた肩が、非常に痛い。みしみしと音を立てている。待て、待って待って。肩の骨折れそうなんだけど。右肩が冗談にならないくらい痛くて再起不能になりそうなんだけど!

「か、鹿島……っ?」

 怒ると怖い、本気を出させてはいけない、と父や天照殿からは言い聞かされていた。それを忘れたことはなかったし、鹿島を切れさせるような言動はすまいとそれなりに気を使ってきた。

 だけど、いつ怒るのかとか本気を出すかとか、そんなの分かるはずがなかった。

 そもそも、僕が鹿島を嫌っているなんて鹿島だけじゃなくて高天原から地上に至るまで周知の事実じゃないか。そんな当たり前のことでいきなり切れられるなんて理不尽すぎる!!

「謝ってくれるのかぁ? だったらそれなりのケジメってもんをだなあ……」

 嫌いと言われたことが原因だった。いやいやいや、おかしいだろう。僕の鹿島に対する態度を考えれば、嫌っていることくらい分かってるはずじゃないか。鈍感なのか? 馬鹿なのか?

「けじめって……何、させるつもりだ……」

「そうさねえ」

 突然、鹿島の頭に何かが飛んできた。

 すこーん! という軽快な音と一緒に、銀色の何かが鹿島の頭にぶつかったようだった。

 きれいに磨かれた銀の短刀(異国から入ってきたナイフという武器らしい)だった。

 鹿島がぐらりとよろめいた。肩の痛みが緩んだ。

 次に飛んできたのは、僕より少し小柄な、子供? だった。青緑の法被は丈が合ってなくてぶかぶかだった。前髪を髪留めで止めている。その手に握られているのは、その子供の背丈よりも長い櫂だった。

 子供は、その櫂で鹿島をかっ飛ばす。野球でホームランを打つかのごとく、鹿島はあっさりと吹っ飛んだ、二間(だいたい四メートル)くらい。

「こん……っのド阿呆があぁぁ!!」

 子供はぎいっと歯をむき出しにして、吹っ飛んだ鹿島に駆け寄り、櫂でまたもぶっ叩いた。僕は置いてけぼりである。

「建御名方殿」

「え」

 いつの間にか、僕の横に、もう一柱の神が立っていた。

 白藤色のさらさらした髪をなびかせ、異国の正装(中つ国でも、正装としてよく見る)を着こなした、男神。なぜか頭に女物のメイドキャップというらしいものをかぶってるけど。

「あ、なたは」

経津主(ふつぬし)と申します、以後お見知りおきを。それより、建御雷がとんだ無礼を働きまして、申し訳ありません」

 経津主殿は、深く頭を下げた。無礼を働いた鹿島は、小さな子供に口と手で暴力を振るわれている。……止めた方がいいんだろうか。

「いえ、その、僕が鹿島を怒らせてしまったみたいで……」

「とんでもない。あれは遊び半分であなたをからかったんですよ。別にアレは怒っていません」

「はい?」

「止めに入るのが遅れてしまったことも、重ねてお詫び申し上げます。あなたのお父上をお止めするのに手間取りまして」

「……あの、父が何かしたんですか?」

「あなたが建御雷にいじめられていると察知して、祟りを起こそうとしたもので、必死に止めてきました。今はもう落ち着いておられますが」

「息子がいじめられただけで何しようとしてるの父さんは!!」

 親バカ……いやいや子煩悩なのは知っていたけど、ときどき暴走しかけるから僕にしてみれば怖い。

「ったく、なぁにが『ちょっと怖がらせてみたかったんだ』だ! お前調子こいてんじゃねえぞ、てめーの力がどんだけ強くて危険か自覚あんのかぁ!!」

 向こうでは、鹿島が正座して子供に叱られていた。何だか新鮮である。僕に好き勝手してくる鹿島が、僕よりも小さな子供にいさめられているなんて。

「紹介しましょう。あれは鳥船(とりふね)。私の同僚です。私達は、建御雷が暴走しないよう監視する役目を持っています。暴走して調子こいた馬鹿をとっちめるのが、われわれの役目。もし、またアレにちょっかい出されましたら、私か鳥船をお呼び下さい」

「は、ぁ……。わざわざどうも……」

「鳥船。もういいだろう。どうせそんなに叱っても聞き流しているだろう」

 経津主殿は鳥船殿に声をかけた。

「だけどさ、経津主、ちゃんと言って聞かせないと、また同じこと繰り返すぞ?」

「言葉で従わないなら、体で従わせればいい。鳥船、交代だ。今度は私が叱る番」

 そう言った経津主殿の指と指に挟まれているのは、銀のナイフだった。

「いやいやもういいですから!! 怒らせてないのなら僕は平気ですから!!」

「建御名方殿はお優しすぎます。あれはその優しさにずっとつけこみます。今のうちに分からせておかなければ、あなたやあなたのお身内をいじめ続けるでしょう」

「鹿島、僕以外にもちょっかい出したんですか!?」

「いえ、今のところはあなただけです。ですが、調子こくのも時間の問題ですよ。始末しましょう。黄泉へ引っ越しさせるべきです」

「ダメです!! 仮にも鹿島は雷神で、地震ナマズを封じてるんでしょう!? 鹿島が隠れたら大きな損失もいいとこですっ!」

「……建御名方殿がそう仰るのでしたら」

 経津主殿は、ようやくナイフを引っ込めた。鹿島を叱っていた鳥船殿も、深々と僕に頭を下げた。

「ウチの愚弟がすまん!!」

「……ぐてい?」

「私、建御雷、鳥船の中では鳥船が一番古株です。建御雷は一番下ですよ」

「へ、へえ、そうだったんですか……。鹿島を見てると、色んな神々に頼りにされてるので、てっきり長兄かと」

「よく言われます。さて、あの阿呆を連れ帰りますので、われわれはこれで失礼します」

 正座して足がしびれたんだろうか。足をさすっている鹿島が、鳥船に襟首を掴まれていた。

 なんだか、新鮮だった。鹿島にも頭が上がらない相手っていたんだと。

「いててて、ちょい、鳥船もうちょい待って! 足がしびれてダメだわコレ」

「待つかボケ」

 経津主殿は一礼して、鹿島の袖をひっつかむ。本当に高天原へ連れ帰ってくれるらしかった。

 僕の出る幕ではないようだ。だけど、無意識に、「鹿島!」と彼らの背中に言い放っていた。

 経津主殿も、鳥船殿も足を止めてくれた。引きずられている鹿島は、こっちを向いてくれた。

「ごめん。別に、おまえのこと嫌いじゃないよ」

 自然に出た言葉だった。きょとんとした鹿島の顔と、鹿島を掴んでいる経津主殿や鳥船殿に見られていると再認識すると、無性に恥ずかしくなった。

 何だか顔が熱い。

「き、嫌いになりきれないってだけだ! それじゃ! 僕はお社に戻るから!!」

 僕は彼らに背を向けて、ずかずかとお社に戻っていった。「あいよ」と鹿島の抜けた声が聞こえたが、もう知らん。

 お社に戻っても、僕の顔は熱いままだった。やっぱり鹿島なんて大っ嫌いだ!

日本神話の神様方でお話シリーズでした。建御雷と、鳥船・経津主の関係を書きたくなり、こうなりました。どうしてこうなった。

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