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十三番目の禁科図書  作者: ありすくい~む
序章:漆黒の残影
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第三項:夢と現の夜


 ゆっくりと意識が浮上する。頭が重い。


「ぅう…」


 酷い夢を見た。

 血生臭い、残酷な夢。


 今日は学校を休もう。とてもじゃないが、登校できる気分じゃない。

 寝返りをうちながら布団をたぐりよせる。

 カビ臭い…。顔に押し付けた布団からは、古くさい臭いが広がった。

 それに…ベッドが硬い。被っている布団も、布団と言うよりは毛布――


 急速に意識が覚醒へと向かう。


 ぎゅっと目を固く瞑り、考える。

 ここはどこ? 私のベッドじゃない、それは分かる。分かるけど、目を開けられないでいた。

 見たくない。認めたくない。その一心で。


 カチャカチャという音が近くで鳴り、反射的に目を開けてしまう。


 ――目が、合った。


「おはよう…と言っても、もう夜だけどね?ご機嫌いかが?」


 少女だった。古びた木製の机に茶器を並べながら、穏やかに微笑んでいる。


「…はい…?」

 掠れた声で、返事になっていない返事を返す。


「カモミールティーよ。少しは落ち着くわ?」

 微笑みを絶やさず、ティーカップを指し示す。


 私はベッドの上に起き直り、状況を把握する事に努める。


 目の前にいる女性は…知らない人。

 私の視線は彼女の頭に移動する。正確には耳だが。

「うん?これ?」

 女性は私の視線に気付いたのか、ふさふさの三角形の形をした耳をピクピクと動かす。

「私、猫又なのよ?」

 …目眩がする。

 いや、そもそもこれは夢なんだ。夢の続きに違いない。


 思い切りほっぺを引っ張る。

 普通に痛い。が、夢から覚める気配はなかった。


「紅茶、冷めないうちに飲んでね?その後に、いくらか話しておきたいことがあるの」

 ダメ押しの微笑み。勧められるがまま、紅茶を受けとる。


 包み込むような香り。爽やかな温もりが胃に流れて初めて、喉がカラカラに渇いていた事に気付いた。


「私の名前はチヒロ。さっきも言った通り、猫又…まぁ、猫人間みたいなものね」


 私が一息ついたところで、女性…チヒロさんは話始めた。


「ここは私達のクラン、"アートルム・フェーレース"よ。長いから"フェーレース"で良いわ?」


「フェーレース…?クラン?」

 全てが初めて聞く単語で、説明が説明になっていない。


「そう、フェーレースは"猫"って意味ね、ぴったりでしょ?」

 丸机に頬杖をついて、両耳をピクピク動かしながら続ける。

「クランっていうのは…そうねぇ…チーム――クラブみたいなものかしら。あなたは、殺されそうになってた所をヘイに助けられたのよ?後でお礼を言っておいてね?」

 そう言ってウィンク一つ。


 私の脳裏には、血塗られた剣を持つ漆黒の悪魔が未だにこびりついている。

 あの絶体絶命の状態から助けてくれた王子様がいるらしい。そのヘイさんには是非お礼を言いたいし、合ってみたかった。


 クラブだかクランだか知らないけど、このチヒロさんにもお礼を言うべきだろう。

「あの、ありがとうございましたっ!!」

 ベッドの上で正座して頭を下げる。

「まぁ、気にしないで。ヘイが誰かを拾って来るなんて初めてだし、私としても誰か新しい働き手が欲しいと思っていたとこだしね」

 チヒロさんは右手を振りながら受け流す。


「で、あの…私を助けて下さった、ヘイさんは今どこにおられますか?」

 ここまで来てしまったら、夢から覚めてしまうまでに、一目王子様の顔を見ないと気がすまない。

「あぁ、ヘイねぇ…。う~ん、あの子、今どこかしら」

 チヒロさんの答えは何とも歯切れの悪いもの。

「そう…ですか…」

 肩を落とす。


「俺だ、娘は起きたか?」

 部屋の扉がノックされ、渋い男性の声が響く。

「ほぁ!?――はいっ!!」

 ベッドの上で、慌てて居住まいを正す。


 まさかヘイさんだろうか!?高鳴る胸を押さえる。


 ドアが開くと同時に、もう一度、勢い良く頭を下げた。

「先程は助けて頂いてありがとうございましたっ!!」


「…あぁ、いや…」

 口ごもったような返事に、ゆっくりと頭を上げて――固まった。




 …犬?




 それが第一印象。

 チヒロさんは、人間の体に猫耳と尻尾が付いていた。第一印象は人間だった。


 しかし、今目の前にいるのは…犬。正確には、直立二足歩行する犬だ。


「…悪いな、人違いだ。ヘイの旦那は、今日はもう顔を出さんだろう」

 後頭部をかきむしりながら、すまなさそうに答える。

 私としてはホッとした気持ちが半分、残念な気持ちが半分といったところ。


「紹介が遅れたわね。彼はエリヤ、見ての通り犬男――」

「狼男だっ!!」

 チヒロさんを遮るように吠えるエリヤさん。

「――"自称"狼男、よ」

「どっからどう見ても狼だろ!!見ろ、この毛並み、牙、肉体美!!」

 後半部分は私に向かって様々なポーズを作ってアピールしてくる。


「は、はぁ…」

 私としてはそう答える他ない。


「ほら、見なさい。この子引いちゃってるじゃない…。それよりあなた、自分の名前決めた?」

「名前…?…決める?」

 私には、江頭絢佳いう名前があるのだけれど…そう言おうとした時、エリヤさんが驚いた声をあげた。


「なんだ、こいつ名前決めてないって…まだヒヨッコか!?…旦那も珍しい事するんだな…」

「ヘイの話では、この子、ギナ狩り相手に真名を教えちゃったらしいのよ…。ちなみにレベルはゼロだって…」

 ため息混じりにチヒロさんが話す。

「おいおいおい…真名を教えた!?しかもレベルゼロって…」


「あの、さっきから話されてる"ギナ狩り"とか"レベル"って何ですか?」

 どうしても気になったので、二人の会話に口を挟む。


「あぁ…そこからね。えぇと――」

「――要点だけ伝えるとだな」

 困り顔のチヒロさんを制して、エリヤさんが話始める。

「お前は戦えない。戦えないから殺されそうになった。そこを旦那に助けられた。――以上だ」


 答えになってない。

 チヒロさんに目で訴える。


「"レベル"っていうのはそのままよ?強さの尺度。高ければ強いし、低ければ弱いわ…たまに例外もいるけど。――ここまでは良い?」

 チヒロさんの説明に頷く。

「"ギナ狩り"っていうのは"ビギナー狩り"の事。レベルの高い人が、低い人を殺す…まぁ弱い者いじめね」


「問題は――」

 腕組みをしたエリヤさんが唸る。

「お前が、連中に真名を教えたってことだ」

「まな…ですか?」

 こちらを見下ろすエリヤさんを、おそるおそる見上げる。

「そうだ。お前、"こっちの世界"についても何も知らんのか?」

「…」

 私は無言の肯定。


「…チヒロ。俺、先寝るわ」

 エリヤさんは疲れたように退室する。


 …感じ悪ぅ。


「彼は彼で中々優しいし、頼もしい所もあるのよ?」


 私の睨み付けるような視線に気付いたのか、チヒロさんがフォローを入れる。

「――まぁ、バカだけどね?」

 そう言っておどけたように笑うチヒロさんにつられて、私も笑ってしまった。




「…そうね、まず私達が今いる世界について…。あなた、理解してる?」

 首を傾げたチヒロさんから問いかけられる。


「…夢の中の世界…じゃないんですか?」

 不思議と、今いる世界は夢なのだ。という、強い認識があった。


「えぇ、半分は正解ね」

 私の回答にニッコリ微笑む。

「半分、ですか?」

 何が足りないのだろう。


「正確には、"夢の中で現実にきている世界"ね」

 一息間を置いて、ゆっくりと話が始まる。

「もうすぐ時間になるわ。そしたら、あなたはいつもの部屋、いつもの布団で目を覚ます。そして夜、あなたが眠りにつくと、この世界が始まる」


 意味が分からない。


「まぁ、どっちの世界が"夢"なのかは分からないんだけどね?」


 夢…。夢?


「明日までに、自分の"名前"を決めておく事ね。…さぁ、おやすみなさい。そして、おはよう」


 チヒロさんはそう笑って、壁の時計を見上げた。





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