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十三番目の禁科図書  作者: ありすくい~む
序章:漆黒の残影
2/4

第二項:ヒメタルモノ


「ぅぷ…」

 臭い。

 古本独特の臭いに、カビの異臭が混ざり、何とも表現しがたい空気になっていた。

「奥から二番目の棚。奥から二番目の棚…」

 薄暗い書庫を、出来るだけ息をしないで早足に進む。


「あ、あった。ここだ」

 奥から二番目の棚、並べられた本の間にぽっかり隙間が出来ていた。

「んしょ……あれ?」

 隙間が狭くて本が入らない。

「は…い…れ…っ!!」

 力ずくで押し込む。

 だって早くここから出たいんだもん。臭いし、暗いし。別に怖い訳じゃないけど?


 ドンっ!


 派手な音を立てて、本は収まった、は良いんだけど。

「うぇっ…ゴホッ…ゴホッ」

 勢いでホコリが舞い上がり、降りかかる。

「う〜…最悪」

 髪に付着した綿ぼこりを払う。

「ん?」

 ホコリとは違う別の"何か"が舞い降りてきた。

「羽?」

 金色の大きな羽。

 上を見上げてみても本棚と天井があるだけ。

「なんで?」

 こんな所に、こんな物が?

 背中を嫌な汗が伝う。


「…早く帰ろう」

 長居は無用。早く新鮮な酸素を。

 来た通路を引き返す。


「うん?」

 振り返って二、三歩進むと、目の前の光景に立ち止まった。

「…階段?」

 暗くて良く見えないが、通路を挟んだ向かい側、本棚と本棚の間に螺旋階段がある。

 二階にまで続いているようだけど、鉄格子には鎖がぐるぐる巻きにしてあった。

 階段の先からは、静かに光と風が漏れている。


 心がざわめく。


 鉄格子に巻き付けてある鎖を解こうとするが、南京錠が掛けてある。

 スカートのポケットから書庫の鍵を取り出す。キーホルダーには書庫入り口の鍵とは別に、小さな鍵が付いていた。


 カチリ。


 ためらう事なく鍵を外す。

「…んしょっと」

 巻き付けてあった鎖を力任せに引き剥がし、床に打ち捨てた。


 キィ…。


 鉄扉を開き、螺旋階段に足をかけた。


 心がざわめく。


 螺旋階段を駆け上がる。


 その先は小さな部屋だった。四畳半あるかないかの広さ。あるものは本棚が一つだけ。壁には観音開きの大窓があって、開け放たれた窓からは穏やかな風が吹き込んでくる。


 ゆっくりと視線を落とす。

 赤い絨毯、その床に。


 ――本。赤い堅表紙の分厚い・・・本――


 心がざわめく。


 その本は開かれた状態で床に置いてあった。つい先ほどまで誰かが読んでいたかのように。

 床に膝をつき、手を伸ばす。


(ヒメタルモノヨ)


 本に触れた瞬間、不意に誰かの声が聞こえた。

 固く目を瞑って、本を手に取る。


(ヒメタルモノヨ)


「…あなたは、誰?」

 虚空に向かって問い尋ねる。


(ヒメタルモノヨ)


 私は、私は――?


 心がざわめく。


 ――ベッドに入った。――違う。

 ――お風呂に入った。――違う。

 ――家に帰った。――その前。

 ――図書室。――そう、図書室。


 今日一日あったことが、走馬灯のようにフラッシュバックする。


 赤い本。


 金の羽。


「…お前、何怒ってんだ?」


「禁課図書だから、悪いけど書庫に戻しといてくれる?奥から二番目の棚だったはずよ」




「ここは…どこ?」

 

(ヒメタルモノヨ)


 またこの声。

 立ち上がって周りを見渡す。


(ヒメタルモノヨ)


「誰!?何!?」

 混乱する頭で必死に考える。

 図書室は一階。図書室の真上にある教室は…家庭科室。もちろん家庭科室にこんな一画はないし、螺旋階段もない。

 開け放たれた窓から身を乗り出し、外の様子を確認する。


 オレンジ色の空。それが朝焼けか夕焼けかは分からない。

 ゆっくりと視線をおろして・・・絶句した。


「――っ!!」

 ありえない。都心部に住んでるわけではないけれど、学校の周りは住宅街だったはずだ。それが今は、見渡す限りどこまでも森。


 螺旋階段を駆け降りる。

「嘘…嘘…嘘嘘嘘!!」

 目の前に広がる景色は、薄暗い木々。書庫はおろか本棚一つない。

「どうして・・・」

 呆然と立ち尽くす。後ろを振り返ってさらに愕然とする。


 螺旋階段が消えていた。

 代わりにそこにあるのは、一本の巨木。


 現状把握に努める。

 学校から帰ってから就寝するまでの事は全て覚えている。自分の名前も住所も言える。

 だけどここがどこか分からない。

 

 どうしよう・・・どうしようどうしようどうしよう。

 全く意味がわからない。何もかも訳がわからない。


「夢…」

 そうだ、そうに違いない。これは夢なんだ、ここは夢の中の世界なんだ。

 ――無理やり、そう納得する。

 

 ため息と共に、その場に座り込んだ。今更ながら赤い本を持っていた事に気付く。

「別に良いよね・・・?」

 たぶん今持っている本は例の禁科図書だろうが、今なら読んでも咎められはしない。

「…」

 パラパラとページをめくってみるが、最初から最後まで真っ白、白紙だった。

「ちぇ、つまんないの」

 金の羽を本に挟み、立ち上がって大きく伸びをする。

 木々の隙間から覗く空の色は、どんどんと濃く暗くなっていく。

「――って、夜!?」

 夢の中とはいえ、こんな森の中で一人野宿とかありえない。


 こんな時は白馬に乗った王子様が助けに来てくれるものだけど。

 なんて妙な妄想を繰り広げていると、

「おい!誰かいるぞ!!」

 複数の足音と声。続いて何人もの兵隊さん(?)が現れる。


 さすがは夢の中。都合の良いように出来ている。きっと今に王子様が現れて、お城に案内して――

「貴様、何者だ!!」

 あっという間に周りを囲まれ、剣を突き付けられる。

「…普通の人間です」

 両手を上げて答える。

「レベルは?タイプは?」

 矢継ぎ早に聞かれるが、答えようがない。

「えと…?」

 レベルって、何ですか?そう聞き返そうとした時。

「そこまで」

 パンパン、と手を叩く音と共に囲みが割れ、私を囲んでいた剣がゆっくりと降ろされた。


 あ、王子様登場。

 こちらに近付いてくる王子様(?)は切れ長の目をしたイケメン。カリスマというか貴族を思わせるような高級感がある。


 ただし、何となくタイプじゃない。


「君、こっちに来たばかりかね?」

「はぁ…たぶん…」

 ・・・こっち?ってどっち?とも聞けず、曖昧に返事する。

「そうか、名前は?」

「江頭絢佳です」

「ふむ、エガシラ…だね」

 狐のように目を細めて微笑む王子様・・・はっきり言って不気味。

「この近くは夜になると非常に危険だ。安全な場所に案内してあげよう」

「ありがとうございます」

 一応お礼は言うが、やっぱりこの人タイプじゃない。


「よし、連れていけ」

 王子様の号令と同時に兵隊さんが一斉に歩き出す。

「ほら、さっさと歩け」

 兵隊さんの一人に、背中を剣の柄で小突かれた。


 むぅ…お姫様に対する仕打ちじゃない。もうこの夢はいいや。

 ほっぺを叩いたら夢から醒めるだろうか、そんな考え事をしていた時、その声は背後から聞こえた。




「やれやれ…また貧乏クジか」




 声のした方を振り向く。

 薄暗い木々が広がるだけ。

「…空耳?」

 首を傾げて向き直る。

「…あれ?」

 誰も居ない。さっきまで私を取り囲んでいた兵隊さん達が、忽然と姿を消し――。


 ――何かを蹴飛ばした。


「――っ!!」

 人の頭だと理解するのに数秒がかかった。地面の木の葉の上には、兵隊さん達の体が折り重なるように倒れていた。皆一様に首を切り落とされた状態で。

 辺りが薄暗かったのは幸運だろうか。はっきり見えていたら間違いなく失神していただろう。いや、今は恐怖という感情すら沸いてこない。ただ茫然と立ち尽くすだけ。


「く、来るなぁっ!!来るな化け物がぁっ!!お、鬼…悪魔…」

 甲高い叫び声に我に返る。目を凝らすと、少し先で王子様風の男が、貧相な片手剣を振り回しながら後ずさっていた。

 その正面に居るのは抜き身の長刀を持つ影。こちらからは背中しか見えないが、その異形に凍り付く。


「翼…」

 そう、一組の大きな翼。

 ただし、天使のそれの様に神々しくも暖かくもなく、漆黒に染められた狂気の翼。


「来るなよ…来るなと言ってるだろうがぁっ!!」

 喚き散らす男に、漆黒の翼がゆっくりと歩み寄る。


「鬼、悪魔…か。まぁ確かに、私は善良な男ではないよ。――君と同じでね?」

 月光に煌めく長刀をゆっくりと振り上げた。


 固く目を瞑る。


 不意に叫び声が途切れ、森は再び静寂に支配された。


 今更のように鼻につく、むせ返るような血の臭い。


 夢なら…夢なら早く醒めて。お願い!!

 強烈な吐き気に、その場にうずくまる。


「――立て」

 目の前に黒いブーツが立ち塞がった。

「っつ!!」

 ゆっくりと顔を上げようとした時、視界に映ったは、黒い液体を滴らせる長刀。


 ――もう、限界だった。

 私の意識は、ゆっくりと前のめりに崩れて――





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