表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十三番目の禁科図書  作者: ありすくい~む
序章:漆黒の残影
1/4

第一項:禁科図書



「ホームルームを始める。連絡事項はなし、以上だ。日直、号令!」


 担任の松嶋先生のホームルームはいつもこんな感じ。 最も、誰も文句を言う人なんて居ない。

 むしろ生徒の間では好評だ。帰りのホームルームなんて、みんな早く帰りたくてウズウズしているんだから。


 チャイムと同時に、生徒が廊下に吐き出される。


「絢佳~!」

「うん?」

 教科書を鞄に詰め終わった所で声を掛けられた。

「今日も図書委員?」

「うん。そうだよ?」


 放課後は図書室で返却本の整理をするのが私の日課。


「ごめんっ!!この雑誌、ついでで良いから図書室に戻しといてくれる?」

「うん、分かった」

「あや~。こっちもお願い!」

 別のクラスメートからも雑誌を受けとる。

「ホント、いつもごめんね~」

 顔の前で両手を合わせて拝む二人。

「いいよいいよ、ついでだし。それじゃあね」

 バイバイ、と手を振ってから教室を出る。

 「持出禁」と書かれたシールを指でなぞりながら廊下を歩く。

 いつものクラスメートが、いつもの通りに私に雑誌を預ける。これも日常。




「失礼します」

 図書室は冷房が効いていて心地よい。

「あ、絢佳ちゃん、ちょうど良かった。先生これから職員会議だから、後お任せしちゃって良いかしら?」

「分かりました」

 鞄を下ろしてカウンターに急ぐ。

「あら、また雑誌を無断で持ち出したの?あの子達にも困ったものね…」

 私の手にある雑誌を見た先生がため息をつく。

「まぁいいわ…それじゃよろしく」


 駆け足で出ていく先生を見送る。


 カウンターに入ると、見慣れない堅表紙の大判が置いてあった。

「何…?」

 くすんだ赤色の分厚い本。手にとって――。


「――あ、絢佳ちゃんっ!!その本!!」

「はいぃぃ!?」

 急に戻って来た先生の声に慌てて手を引っ込める。

「禁課図書だから、悪いけど書庫に戻しといてくれる?奥から二番目の棚だったはずよ。書庫の鍵はそこの一番下の引き出しね。それじゃあ今度こそよろしく!!」


 先生の足音が遠ざかったのを確認して、もう一度本を手にとってみる。


 ずっしりとした重み。表紙にも背表紙にもタイトルは書いてない。


「…」

 表紙に手をかけて思案する。

 先生からは"見てはいけない"とは言われていない。けどやっぱり禁課図書だし…気が引ける部分もある。

「むむむ…」

 お前はいったい何者なんだ?

 本に問いかけても答えが返って来るわけでもない。


「ま、いいか」

 それよりも返却ボックスに入れられた本を片付けないといけない。

「う~…」

 思わず唸り声が漏れた。


 かごに突っ込まれた本の山。

 かごの置かれた図書室の入り口から、カウンターまでの距離、10メートル。


「重いんだよなぁ…」

 いつもより若干多い気がする。何回かに分けて持って行こう。

 腕捲りして本に手を伸ばす。


「…悪いんだが…」

「はいぃぃ!?」

 またしても不意に声を掛けられ、手を引っ込める。

「…あぁ、悪い。ビビらせるつもりはなかったんだが。返却された本の中に量子力学の本は無かったか?」


 背の高い男の…先輩だった。


「あ…えと、りょうしりきがく…ですか?」

 頭の中で、ライフルを持った猟師と熊がお相撲を繰り広げる。

「あぁ、物理の先公に聞いたら、『もう返却した』つってたから、多分あるはずなんだが」

「はぁ…」

 曖昧に返事をして、返却本の山に目を戻す。

「このかごん中か?」

「はい、返却された本は全部その中です」

 先輩は少し考えた後、

「しゃあねぇ…よっと」

 かごを抱え上げる。

「あ…あの」

 フラフラとした足取りでカウンターに向かう背中に声を掛ける。

「ん?どうせカウンターまで持ってくんだろ?」

「いえ、重く…ないですか?」

「お前にはもっと重いだろうが…それよりもその赤いのをどかしてくれ、邪魔でかごを下ろせねえっ…」

 カウンターの中央を占拠している、禁課図書をあごでしゃくる。

「あぁ、はいっ!!すみません!!」

 急いで本を脇にどかす。


「よ…っと」

 かごから一冊ずつ取りだし、タイトルを確かめながらカウンターに積み上げていく。

「ん?」

 何となく眺めていると、顔を上げた先輩と目が合った。

「あ、わ、私、この本直してきますね!!」

 引き出しから鍵を引ったくり、逃げるように書庫へ向かう。


 うわぁ、絶対変な奴だと思われただろうなぁ…。

 うわぁ…。

 うわぁ…。




 負のスパイラルを振り払い、書庫の鍵を開ける。


「ぅぷ…」

 臭い。

 古本独特の臭いに、カビの異臭が混ざり、何とも表現しがたい空気になっていた。

「奥から二番目の棚。奥から二番目の棚…」

 薄暗い書庫を出来るだけ息をしないで早足に進む。


「あ、あった。ここだ」

 奥から二番目の棚、並べられた本の間にぽっかり隙間が出来ていた。

「んしょ……あれ?」

 隙間が狭くて本が入らない。

「は…い…れ…っ!!」

 力ずくで押し込む。

 だって早くここから出たいんだもん。臭いし、暗いし。別に怖い訳じゃないけど?


 ドンっ!


 派手な音を立てて、本は収まった、は良いんだけど。

「うぇっ…ゴホッ…ゴホッ」

 勢いでホコリが舞い上がり、降りかかる。

「う~…最悪」

 髪に付着した綿ぼこりを払う。

「ん?」

 ホコリとは違う別の"何か"が舞い降りてきた。

「羽?」

 金色の大きな羽。

 上を見上げてみても本棚と天井があるだけ。

「なんで?」

 こんな所に、こんな物が?

 背中を嫌な汗が伝う。


「…早く帰ろう」

 長居は無用。早く新鮮な酸素を。

 来た通路を引き返す。


「うん?」

 振り返って二、三歩進むと、目の前の光景に立ち止まった。

「…階段?」

 暗くて良く見えないが、通路を挟んだ向かい側、本棚と本棚の間に螺旋階段がある。

 二階にまで続いているようだけど、鉄格子の扉には鎖がぐるぐる巻きにしてあった。


「…」

 回れ右。入り口に向かってダッシュ。




「息切らせてどうした?」

「へ?…そんなこと…ない…ですよ?」

 何とか誤魔化そうと試みる。

「そんな事より先輩は何してるんですか?」


 私が戻った時には、先輩はカウンターに肘をついて、じっとこっちを見つめていた。おかげで、私が書庫から飛び出した瞬間にまたしても目があったわけで。


「…お前を待ってたんだが?」

 走ってきたせいで早鐘を打っていた心臓が止まりそうになる。

「…大丈夫か?」

 手に持っている本を、私の目の前で振る。

「探してた本が見つかったんで、早いとこ貸し出しの手続きしてほしいんだが」


 …はいはいそうですよね。"私"を待っていたんじゃなくて"図書委員"を待ってたんですよね。


「個人カード出してください」

 カウンターの中に回り込みながら先輩に言う。

「おぅ。…お前、何怒ってんだ?」

「別に怒ってませんっ!!」

 差し出されたカードに貸出印を叩きつける。

「怒ってんじゃねぇか…」

 先輩の呟きは無視して、無言でカードを突き返した。

「んじゃ、どうもごくろうさん」

 背を向けて片手を振りながら出ていこうとする先輩を呼び止める。

「あ、あのっ!!」

「ん?」

「あ…いえ…なんでもない…です」






 江頭絢佳、14歳。図書室は好きだけど、怪談と暗くて狭い部屋、そして誰もいない図書室は嫌いです。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ