魔王様の妹君の侍女と朝
エリザベスよりも3時間前に起きるサリーは今日もまた自然と同じ時刻に目を覚ます。だが頭がずきずきとして呻き声を上げた。
「い、痛い」
2日酔いなど初めてのことで、どうしていいか分からないのだが、とりあえず顔を洗ってすっきりさせようと身体を起こした。
「っつ・・!!」
身体を起こしたことでやっと気付いたのだが、ここはサリーの寝室ではない。サリーの部屋は小さなベッドと机と棚しかない簡素なものだが、この部屋はサリーの何倍もある部屋だ。
しかも寝ているベッドには左にカルシファーが自身の紺色の髪に包まれながら眠り、右には魔王様が眉を顰めながら寝ていた。
自分の手の先を見ると、両手ともカルシファーと魔王様と繋がっている。
慌てて手を離し、手を胸元に引き寄せる。まだ2人の温もりは残っていて混乱とその温度から頬が熱くなる。
「な、な・・」
多分あそこで酔いつぶれた自分を2人が運んでくれたのだとは思うのだが、初めてのことで動揺を隠せない。今まで異性の人と一夜を同じ床で過ごしたことなど無かったのだ。
こんなにパニックになった自分を寝ている2人に見られるのは憚られるため、本当は上げたい叫びを押さえて静かにベッドから降りようとする。
一歩一歩、ゆっくりと、慎重に。こんなに息を殺して這ったのは久しぶりだ。
何でこんなことをしなくてはならないのか、サリーの頭の片隅にあったが身体がそう動いているのだから仕方がないのだ。
なぜ自分は2人の手を握っていたのだろう、なんだか自分の不甲斐無さに泣きたくなる。2人が自分からサリーの手を握ってくるのは考えられないため、自分からやってしまって離さなかったのだろうと思う。
穴があったら埋まりたい、むしろ土に還って一生をそこで終えたい。
「・・おや、起きたのですか」
一人で、どうやって土に戻ろうかと考えていると急にカルシファーの朝から低音な声が腰に響く。
「っつ、おはようございます。カルシファー様」
冷静になろうと悲惨な顔を向けずに、失礼ながらも背中を向けて挨拶をする。
微かな笑い声がしたので、サリーのパニックを笑っているのだろう。だが疲れきっているサリーは怒るに怒れない。
「サリー殿はお酒に弱かったのですね」
「私、何か失礼をしたでしょうか」
カルシファーに注いでもらったお酒を一気に飲んだことは覚えている。だが、そこから記憶が無いのだ。ガウンは乱れた様子が無いため、何か不貞を働いたとは考えられないのだが記憶が無いため何も分からない。
「・・いえ、特には」
その間は何なのですか、聞きたいが恐ろしくて知りたくない。
「その、記憶が飛んでしまっていて、大変申し訳ないのですが、何かしてしまっていたら本当に申し訳ないです」
「いえ、むしろ積極的で嬉しかったですよ」
「積極的!?な、なな、私は何てことを」
自分が宰相殿を襲った図が頭の中に浮かんできて、思わず顔を覆った。女性が男性を襲うなどあっていいのだろうか、なんてはしたない。
「昨夜みたく情熱的に目覚めの口づけを下さいますか?」
「情熱的!?」
ああ、自分は何をしているのだろう。きっと昨夜の自分を見てカルシファーは呆れてしまったのだろう。
「してくれます?」
「しません」
「してくれたら昨夜のことは誰にも言いませんよ」
「・・・」
もう、涙目になっているだろう。
カルシファーに腰を掴まれ、自分の方に向きなおされる。朝だと言うのに色気が漂っていて、しかもガウンから覗く胸板が目に毒だ。
「・・本当に、ですか?」
「ええ」
どうせ、自分は知らない間に何度も宰相殿とキスをしたのだろう。今更、キスの一つや二つ、自分の恥を言いふらされるよりマシではないか。
サリーは混乱の中、真っ赤になりながら自ら唇を近づける。
目を細ませながらサリーの瞳を見ているカルシファーの瞳と合うのが恥ずかしくて瞳を閉じた。
カルシファーの息が顔にかかり、さらに顔が真っ赤になったサリーだった。
「・・おい、我もいるのだが」
「ふなぁ、ま、魔王様!」
あと一歩というところで魔王様の制止がかかる。
サリーは慌ててカルシファーから離れて肘をたてて顔をのせている魔王様の方を向く。
「魔王様、空気を読むよう常日頃言っているではありませんか」
「魔王の前で朝から情緒を行う宰相もいかがなものだと思うが」
「あ、あの」
睨み合う2人にサリーはもう何がなんだか分からない。願わくば、2人が消えてしまっていつも通りの朝が来ていて欲しい。
「カルシファー、サリーは何もせずに寝てしまっただろう」
「え?」
「おや、そうでしたか?」
魔王様の言葉にカルシファーの顔を見るが飄々としている宰相殿は表情を読ませないが、サリーは睨みつける。
「嘘でしたの?」
「いえ、嘘は言ってませんよ。昨夜は情熱的に語り合ったではありませんか。ついでに私達2人の手を離さずに一緒に一夜を過ごしたでしょう」
「でも、何も無かったのでしょう」
「まあ、魔王様もいましたしね。人に見られながらは嫌だと思って止めたのですがサリー殿が大丈夫でしたら、やりましょうか」
「な、何を言っておられるのです!」
サリーはそれを考えてしまった自分を叱咤しながらカルシファーを叱責する。
「全く我の手を掴んで離さないとは。エリザベスだったら嬉しかったのだが」
「すみませんでした」
珍しく素直なサリーに魔王様は驚くのだが、悔しそうに唇を噛むサリーに苦笑いを浮かべる。やはり、こういったことに初心なサリーに構いたくなるカルシファーの気持ちも分からんではないが、そろそろ可哀そうになってきた。
「早く部屋に行ってエリザベスの仕度を整えろ」
「かしこまりました」
「サリー殿」
そのまま部屋を出ようとするサリーをカルシファーは引きとめて、手招きをする。
サリーは警戒をして近寄ろうとしないのを見てカルシファーはサリーの細い腕を掴んで引き寄せた。
「けれど口づけはしたのですよ」
「なっ!!」
口を開けたまま、固まったサリーの頬にカルシファーは唇を落とす。頬といってもサリーの唇といってもいいような程、際どい場所だったが。
「カルシファー様あぁぁぁぁぁぁ!!」
普段は魔王様の声で目を覚ます悪魔侍女やコックなどは、今日初めてサリーの怒鳴り声で目を覚ましたのだった。
魔王様の声より高かったため、爽快とは言えない目覚めだったが偶には新鮮でいいと、噂されているのをサリーが知るのは後になる。