魔王様の妹君の侍女と月夜
薄闇の中に赤色と青色の月がぼうっと浮かび上がってカルシファーを照らしている。
何百年も見ている月を見上げながら溜め息をついた。
今日はサリーに言い過ぎてしまった。けれど自分の命が惜しくないと言った彼女に初めて怒りを覚えたのだ。
片手で竜の生き血が混ざった酒の入ったグラスを持ち上げながら口をつけずにいた。
ふと耳に聞き慣れた足音が近づいた。
カルシファーは身を強ばらせて、こちらに向かっている人物を暗闇の中、見つめる。
「こんばんは、宰相殿」
「・・こんばんは、サリー殿」
そこにはいつも黒い髪を頭の後ろにひっつめていたサリーが髪を下ろし、白いイブニング・ガウンに身を包んだサリーがいた。
サリーはエリザベスの寝所から帰ってもう寝るところなのだろうか。蝋燭を持ちながらカルシファーの横に立つ。
月に照らされたため薄いドレスはくっきりとサリーの身体のラインを浮かび上がらせているのだがサリーが気付いている様子はない。
カルシファーは気まずさから目を逸らして目の前の席に座るよう促し、もう一つグラスを取り出して酒を入れる。
「・・ありがとうございます」
「・・・」
沈黙が広がる。聞こえるのは、どこかで共食いをされている下等悪魔の断末魔だけだ。
だがその空気はサリーが壊した。
「今日は申し訳なかったですわ」
「・・え」
「魔王様にお聞きになったのですが宰相殿は遠い昔にご友人を亡くされていたのですね」
自分の上司だというのに思わず舌打ちが出る。どうして言ってしまったんだ。
「人間に殺されたと聞きました」
「・・ええ。彼には病弱の妹がいましてね、どうしても人間界に生えている薬草が必要だったのです。そこにいったところ、丁度運悪く人間と鉢合わせしまして殺されてしまった訳です。彼が愛していた妹もそれを嘆き、後を追うように亡くなったのです」
グラスの中の毒々しいほどの赤色の液体を一気に飲み干す。
喉が焼けるように熱くなったが今日は自分を痛みつけてやりたい気分なのだ。
「だからサリー殿が命など要らないと言ったのを聞いてかっとなってしまいました。本当にすみません」
そんなに命が要らないと言うなら彼に譲って欲しいと思ってしまったのだ。彼はどんなに生きたくても生きることができなかったのだから。
「私がいけなかったのです。ですが私の言い分も聞いて欲しいのです」
サリーの泣きそうな声にカルシファーは顔を上げる。
「つまらない話ですが聞いて下さいますか」
そういうと月を見上げてカルシファーと目を合わせずに呟くように声を絞り出す。カルシファーに見えるのは赤色と青色が混ざって淡い紫色になった月光に照らされているサリーだった。瞳は伏せられていて表情を窺うことはできない。
「ある1人の女が知らない街に、知っている人が誰一人としていない街にいました。その女は同じものだと信じていたものに裏切られ、同じものだと信じていたものに絶望したのです。その女は何故、自分がいるのか分からなくなりました」
サリーは普段の彼女からは想像できない行動をした。はしたなくもテーブルに頬杖をしながら、首元までぴったりしているガウンの上から首を引っ掻くように爪をたてる。
「そして女は気付いたのです。ああ、自分が周りと違うからだ。ならば自分の髪など要らないと、自分の瞳など要らないと、自分の命など要らない、と」
そういうと一気に酒を煽った。喉が焼け、一気に身体が火照り酒により思考回路が奪われた。
「何故私なのだろうか、何故私でなくてはならなかったのか」
いつの間にか『女』が『私』になっていることに酒により思考回路を奪われたサリーは気づいていない。
まだ寒さが残っている風が薄いガウンから出ている手を冷やす。
しかし不意にサリーよりも大きな手が重なり、手のひらを包んだ。カルシファーが温かい手を重ねていたため、そこから身体中まで温かくなった気がした。
「私やエリザベス様、魔王様にはあなたの命が必要です。だから私のために自分の命を大事にしてください」
「・・分からない。何故あなた方、悪魔が人間よりも人間らしく、人間よりも優しいのか、私には分からないの」
苦しみが瞳から一筋溢れ出てテーブルクロスを濡らした。
自分でびっくり!!
なんか違う話の人の名前とカルシファーを間違えてました
いっぱい書いている弊害ですね