魔王様の妹君の侍女と籠
世界は真っ暗という恐怖しか無かった私に差し込んだ光、この暗闇から出してくれたのはあなたの温かい手の温もり。
あなただけが私の希望、あなたの望みは私の望み、あなたが私の全て。
----だから私はあなたを救わなくてはならない、あの悪魔から。
「サリー、どうかした?」
エリザベスが可愛らしく長い睫をぱちぱちさせながらサリーを見つめた。
「・・いえ、何でもございませんよ」
ただ、胸騒ぎがするだけだ。ただの予感だが今日は何かが起こる気がする。
サリーはエリザベスを安心させるように笑い、外を見上げる。今日も淀んだ素晴らしい空気だと言うのに心がまるで太陽の眩しい光を浴びて溶けてしまったように晴れない。
魔王様の謁見の間にでっぷらと太った商人の悪魔がいる。この悪魔、体格は普通の人間のように見えるが腕が3本ある、両肩から2本の腕は正常に出ているがもう1本は残念なことに背中から出ていて、ぴったりとした服に窮屈そうだ。
顔も人間には不完全で片方の眼は飛び出ているし、頬なんて蕩けて内側の肉が見えている。
なんとも不愉快極まりないが、魔王様は度々こういった商人を呼びだしてエリザベスが気に入りそうなものを買う。
だがエリザベスにこういった醜い悪魔たちを見せることはしないので必然的に商人と売買をするのは魔王様と侍女のサリー、宰相のカルシファーのみだった。
ちなみに魔王様の趣味は酷く悪く、まるで緑の虫をすり潰したような物をお買い求めになろうとするため、ほとんどサリーが選んでいた。
と言っても可愛らしい物など一つもなく、サリーは何とか正常な形をした物だけを選んでいた。
途中、悪魔から舐めるような視線を浴びたサリーだったが、嫌な顔ひとつせずにいた。悪魔は魔界に人間がいることに始めは驚きを隠せないでいたが、サリーの顔と身体を見つめて口元を歪ませるが魔王様がいるため見ることしか出来ない。
「魔王様、そんな顎が潰れた気持ちの悪い人形などエリザベス様にふさわしくありません」
「お前の作った人形なんかとエリザベスを一緒にさせられん」
見た目は如何にも毒を持っていそうな色をしたカエルと呼べる人形だが、顎が変な方向に潰れ、内臓が飛び出ている品物を魔王様は持っている。
そんなグロテスクな物はエリザベス様には似合いません、とサリーが取り上げた。
いがみ合う2人を余所にカルシファーは自分も欲しい物を物色して、淀んだ緑色の液体が入った瓶を手に取る。
「あら、カルシファー様、それは何ですの?」
魔王様に勝利したサリーがカルシファーの持っている瓶に顔を近づけて顰めた。手にはサリーによって更に潰された人形が飛び出ている。
だがカルシファーはさっと自分の懐にそれを隠した。
そんな様子にサリーの目が点になる。
「いえ、何でもありませんよ」
「え・・」
「何でもありません」
「はあ」
どう見ても怪しい液体を何かに使おうと企んでいる顔だ。だがいつになく真っ黒な笑みを浮かべたカルシファーにサリーはただ頷くことしか出来なった。まだ視線は緑色の液体に向いていたが有無を言わせない態度にサリーは口を噤む。
「魔王様、こちらはどうです?」
手をこすりあわせながら商人の悪魔が布を被せた鳥籠を見せつけた。だが、鳥籠と言うよりは牢屋と言ったほうがいいかもしれない。何しろ、この籠、人間が一人位は余裕で入りそうなほど大きいのだ。
「ほう、中身はなんだ」
興味を示した魔王様は籠に近づく。
「こいつは魔界でも有名なペットですよ」
もったいぶって、汚らしい顔ににやついた笑みを浮かべて悪魔は布を広げた。