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ドラゴン

 ムーザッパが入り口にたまった岩の欠片を退ける作業を再開しようとすると、ルタミナが横から声をかけてきた。


「ねえ、ムーザッパ、ひょっとして私達もう、ここで終わりになっちゃったりするのかな?」

「お、おい、変なこと言うなよ」


 ルタミナらしからぬ発言にムーザッパは元気付けるため、半笑いに言う。


「人間の最期って、ドラマチックだとは限らないものね」

「ルタミナ、どうした! 弱気になるなよ。俺達はまだ生きている」

「ムーザッパ、私……」


 ルタミナはムーザッパの手をとると、そこにそっと自分の手を重ねた。


「あっ」


 その時キースが大きな声を上げたので、ルタミナの言葉はそこで遮られた。二人はキースが立っている方へ向かい、彼が見つめている方向を一緒に見た。

 洞窟の隅の方の光景がゆらゆらと揺れている。そこに何かがゆっくりと現われた。その姿は魔法使いのサクラらしいと判った。ただ、それに生身の人間の気配はなかった。


「サクラ様!」


 キースはその影に声を掛ける。肩越しに二人を振り返ると解説を入れた。


「サクラ様の魔法です。サクラ様は水晶球をつかってこのように遠く離れた場所に自分の姿を映し出して相手と連絡をとれるようにしているのです。……サクラ様、僕です。キースです。映像が届いています」

「おお、キースか」


 サクラの姿が鮮明になるにつれ、彼女の様子がおかしいことに気づいた。


「サクラ様…! どうされたのです? そのお怪我は!?」

「奴らが来おった。精霊戦士の量産に協力しろと迫ってきおった。もちろん断ったがそうしたらこのとおり拷問してきおった」

「なんてこと……!」

「そっちの様子はどうじゃ?」

「すみません。エレン様もアルゴ様も奴らの手に……」


 サクラの映像がぶれる。怪我と相まって魔法の力を使うのが辛いのかも知れない。


「これで奴らにエリクサーと4大元素の精霊の力という要素がそろってしまったわけじゃな。これでは私が何もしなくとも近いうちに真の精霊戦士が誕生してしまう。宮廷魔術師は何も私だけではないからな」

「どうすればよいのでしょう?」

「キース、もはや私も確実な話は出来ぬ。ただ、一旦私の家に戻ってみてくれんか?奴らは私自身を捕まえることに重点を置いていたから、隠していた研究書類までは荒らされずに済んだはずじゃ。例の場所の、判るな」

「は、はい。でも、そこに何が……」

「おまえとルタオンがアミザール探索に行ったときの報告書を私なりに研究して整理したものがあるのじゃ。その中には魔法の呪文もいくつか記されていた。だが、いくら私が試しても発動しなかったのじゃ。ひょっとしたらその中に精霊戦士に対抗できるものが隠されているかもしれん。キース、それをお前が見つけ出すのじゃ」

「で、でも僕の魔法の知識はサクラ様には遠く及びません、そんなこと無理です!」

「馬鹿者!……ぐっ」


 サクラは叫び、自らの怪我の痛みを深めてしまった。


「諦めるな。仮にもわたしの研究をいつもそばで見ていたおまえじゃ。お前が一番頼りになるんじゃ。……時間が無い。頼む」


 サクラの映像がまた歪んだ。


「サクラ様!?」

「わたしはもう身動きがとれん。お前達が最後の希望なのじゃ。頼む、頼むぞ…」

「サクラ様!!」


 サクラの映像が徐々に薄れ、そして消えてしまった。それは彼女にこれ以上魔法を行使し続けることができなくなったということだ。


「サクラ様ぁぁぁーーー!!!」


 キースの悲痛な叫び声が響き、また洞窟内の天井や壁に衝撃を与えた。


「キース……」


 ムーザッパは彼に何か言ってやろうと肩に手を触れた。


「!?」


 彼の肩の肌触りが異常だったのでムーザッパは反射的に手を離した。


「キース、おまえの体……?」

「え?」


 彼の体に異変が起こっていた。体色が変化し硬度も変化していた。


「あ、僕……」

「ウロコ!?」


 彼の体は鱗で覆われ始めた。徐々に体全体が大きくなり、着ていた衣服が破けていく。


「あ、あ、あ……」


 ムーザッパとルタミナは後ずさりする。

 キースは今や巨大な翼を持つ暗緑色の爬虫類、すなわちドラゴンの姿を取り戻していた。サクラの魔法が解けたのだ。彼は巨大な体を起こし、辺りを見まわすとハッと気づいたように翼をはためかせて宙に浮き、勢いをつけて洞窟の天井に体当たりをした。不審がる人間ふたりをよそに、その行為を何度か繰り返すと、天井に穴があき、そこから懐かしい太陽の光が差込んだ。


「ルタミナさん、ムーザッパさん、行きましょう」


 キースは降りてくると背中に二人を乗せ、静かに穴から地上へと運んだ。そこは四方を岩山で囲まれた荒野だった。


「た、助かった…」


 ルタミナとムーザッパは地面に腰をつけて同時につぶやいた。しかし、落ち着く間もなくムーザッパは続けざまに叫んだ。


「わっ! 何だ、何だあれは!?」


 空を見上げたムーザッパはそこに奇妙なものが浮かんでいるのを見つけた。ルタミナとキースはその声につられて自分らも空を見上げ同様に声を上げた。そこには例えるなら大きな膨らんだ魚を模したものが浮かんでいた。生き物ではない。人間が作り出したものだ。

 彼らにはそれを何と呼んだらいいのかわからなかったが、それは小型の飛行船であった。それはゆっくりと高度を落とすと、彼らの見守る前で静かに降り立った。そして飛行船の腹の辺りがめくれるように穴が開き、そこから人の姿が現れる。それを見てキースが驚きの声を上げる。


「ミューラス……」


 そう呼ばれた人物はキースに向かってにっこりと微笑むと駆け寄ってきた。


「久し振りだな。キース! どうしたんだ? 人間として暮らすとか言ってたのに元の姿に戻って……。ん? ルタオンじゃないか!お前まで! 久し振り!」


 ミューラスはそう言って馴れ馴れしくルタミナの肩をつかんだ。ルタミナは小さく悲鳴を上げた。その声でミューラスは人違いに気づいた。


「あれ? お、女の子!? いや、これはこれは、失礼…」



 大空をドラゴンと飛行船が並んで飛んでいる。飛行船の中の部屋でムーザッパとルタミナは元タイラン王国の技師ミューラスにこれまでの経過を説明した。ミューラスは腕組みをしながらそれを聞いていた。


「俺は自分の家で勇者の船のチェックをしていたんだ。そしたらウェアリンにいつも留まっているはずの船が動いているじゃないか。これは何かあるなと思って俺のこの最新の発明で船のある場所に来てみたんだ。そしたら崖崩れが起きているもんだから付近の様子を見に行ったら……キースの姿を見つけたという訳よ」

「この乗り物は何ですか? 浮遊の魔法みたいですが」


 ムーザッパは興味本位で聞いた。


「いや、魔法の力は一切使っちゃいないよ。科学の力だ。これは空気より軽いガスを利用して飛んでいるんだ。俺は飛行船と名づけたがね。ふふ、俺もこれで陸、海、空と制覇したわけだ。次は……」


 ムーザッパはなんとなくこの人物が気に入った。年齢はムーザッパより少し上、もじゃもじゃ髪に不精髭というのが怖い印象を与えている。しかし話をしてみると気さくでユニークな思考の持ち主であることが判った。

 同意を求めようかとムーザッパはルタミナの方をみたがどういうわけか、彼女は少しぼうっとしている。


「それにしても、ルタミナちゃんて、兄貴とは違っておとなしくて可愛い娘だね」

「そ、そんな、可愛いだなんて、そんなことないです」


 ルタミナは真っ赤な顔をして否定する。


 かわいい? ルタミナが?


 ムーザッパは疑問に思ったが口には出さなかった。それにしてもルタミナの様子はおかしい。ミューラスはそんなルタミナをみてますます可愛いと思ったのかにっこりと笑って彼女を見つめた。


「あ、そろそろジェムの町だぜ。今から高度を下げるからどこかにつかまってろ」


 ミューラスは操縦席に向かった。

 町の側に降りるとムーザッパとルタミナはキースから書類のある場所を聞き、サクラの家に向かった。そこは無残に荒らされた跡が残っていた。


「早くしないとね」

「おう。一刻も早くエレン様をお助けしないとな。……ん?」


 ルタミナはいつもの調子を取り戻している。


「おい、ルタミナ。お前、さっきはどうしたんだ?」

「え?」

「だから、なんであのミューラスさんと一緒にいるとき変だったんだよ」

「え? え? ええ? 変だった?」


 ルタミナはとぼけようとするが、それが出来ずに顔を赤らめてしまう。


「ルタミナ……。まさか、お前、ああいうのが好みなのか?」

「え……、うん……。まあ、ちょっと好みのタイプかな、なーんて、あはは」

「なんとぉ」

「何よ、妬いてるの? ……って、あんたに限ってそんなわけないか。愚問だったわ」

「……」

「まあ、ね。これからはムーザッパのこと、馬鹿にできないね。一目惚れって本当にあるんだ。……い、今はそんな話をしている場合じゃないでしょ?書類、書類」


 キースの言う通りの場所にその書類はあった。なにやら訳がわからない文字でいっぱいに埋められている。魔法にはとんと疎い二人には理解し難いものだった。ミューラスは魔法ではなく科学を用いる人間なのでやはり造詣が深くない。キースだけが頼りとなるのだった。だが、キースが中級魔法を操る力を持っているとはいえ、古代の魔法の秘密をいきなり解けるほど話はうまくいかなかった。

 ムーザッパは次第にじりじりとしてきた。ここでただじっとしているくらいなら、すぐタイラン国に向かって実験の成功する前にエレンを助け出すほうがいいのではないかと思わずにはいられなかった。


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