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サイレン再び

 エリアム洞窟は『ネズミのしっぽ』とあだ名される岬の先端にあり、現在もなお魔物の生き残りが群れをなして住んでいる危険な場所である。もともとこの地域はフェリアのホームグラウンドであり、最も効率よく進むことができる海路を彼女は知っていた。

 魔物の声がときどき聞こえてくる洞窟の前でルタミナはムーザッパに声を掛けた。


「ねえ、ムーザッパ。おじさんはあんたのこと信頼しているから何も言わずここまで来させてくれたのよ。絶対、死んじゃだめよ」

「判っている」


 出発が決まるとガルガニスはムーザッパに斡旋所の武器庫の中で最高級品の剣と鎖帷子を渡してくれた。それらを使いこなせると判断した父の判断だった。

 そしてもう一つ、ドラゴンの鱗に紐を通した首飾りを渡してくれた。それは赤ん坊のムーザッパがかつてルタミナの家の前に置かれていた時、一緒に籠の中に入れられていたものであった。昔からドラゴンの鱗は男の子のお守りとして重宝されている。

 お守りを手にするムーザッパにキースはものめずらしそうな視線を向けた。


「ムーザッパさん、あなた不思議な物を身につけてらっしゃいますね」

「え? これか? 竜の鱗が? だって、キース、君はドラゴンだろ?」


 既にサクラからその辺の事情は聞いていた。


「ええ、そうですけど、その鱗はアマルトドラゴンのものですから」

「何ドラゴンだって?」

「アマルトドラゴン、です。僕がまだサクラ様に会う前から絶滅の危機に瀕していたドラゴンです。確か現在では年老いた女のドラゴンしか生存していないと思いましたが。ちょっと失礼……」


 そう言ってキースはムーザッパの首飾りを見つめなおした。


「やはり不思議です。これは100歳に満たない若いアマルトドラゴンの鱗です。なぜ、ムーザッパさんがお持ちなのです?」


 ムーザッパには答えようがなかった。それに今はそんなことに頭を使っている場合ではなかった。自分を捨てた親のせめてもの愛情表現なのだろう。ムーザッパは自分がどんなに幸せな環境にあるかを胸に刻み込んだ。


 洞窟に一歩入ると、魔物たちの殺気がビリビリと伝わってくる。だがムーザッパに恐怖心は無かった。


「行こう」


 そして程なくルタミナは同行者達のパワーに驚かされることになる。

 ムーザッパは自分で語った通り、剣を振るう動きに飛躍的な進歩が見られた。無駄がなく、感情にまかせて乱れることも無い。また、キースは武器をつかわず己の肉体で襲い来る魔物たちを次々と打ち倒して行った。そして戦闘に区切りがつくと、魔法の力で皆の体力を回復。ルタミナは楽が出来たのだが、ちょっとだけ疎外感も味わった。

 洞窟は天然の鍾乳洞と、それらをつなぎ合わせるように作られた人工の部分とで構成されている。人工の部分は床が平坦で多少歩きやすい。そして時々勇者アルゴの通った痕跡を見ることもできたので彼らはそれを追っていった。幸い、通り道に仕掛けられていた数々の罠は、動作したり、解除された後だったので障害は少なかった。

 どれほど歩いただろうか。下り坂と上り坂を何度も繰り返し、自分らが今どこらへんにいるのかも見当がつかなくなった頃、キースが小さく声を上げた。


「どうしたの、キース?」

「血です」


 床におびただしい量の血液がぶちまけられていた。しかも、まだ流されてから間もないものだ。


「近い。もうすぐだ……」

「ムーザッパ、こっち! 何か聞こえる!」


 ルタミナの導きでムーザッパとキースは洞窟の通路の一つを走る。


 聞こえる。若い男の声だ。洞窟内の壁に反響して奇妙な音となって聞こえてくる。


「さあ、もう、逃げられんぞ。おとなしく観念してエレンを返せ!」


 アルゴの声だろうか。聞くことに集中していると今度は女性の歌声が聞こえてきた。場に不釣合いな歌声に、ムーザッパらは顔を見合わせる。

 通路はしばらくするとだんだん狭くなっていったが、突然開け、広い空間に出た。

 そこは鍾乳洞になっていた。たいまつの明かりがぼんやりと洞窟内を照らしている。地面のあちこちには水溜りが出来ており、足場が悪い。そしてそこに、彼らが追っていた人物達がそろっていた。

 だが、彼らを見たルタミナ達はその様子にぎょっとした。洞窟の中央付近の水溜りに美しい半裸の女性がいる。彼女が歌声の主だ。彼女はルタミナたちのよく知っている魔物、サイレンだった。

 彼女は一人の人物を見つめながら唄っている。その人物とは、他でもない、勇者アルゴだ。彼は焦点の合わない目でふらふらとサイレンに近づいていく。彼がサイレンの魔力に魅せられてしまったのは明らかだ。

 洞窟の隅には鉄製の檻があり、さるぐつわを噛まされた王女エレンが閉じ込められていた。アルゴの様子を見て何か叫ぼうとしているが声が出せない。

 エレンの檻そばには甲冑戦士がいた。自失して隙だらけのアルゴの背後に回り、頭を殴りつけた。ばったりとアルゴはその場に倒れる。甲冑戦士はその身体を抱えあげる。気絶しているのか抵抗が無い。

 

「アルゴ様!」


 キースが叫んで踏み出した。響き渡ったその声に気づいた甲冑戦士とサイレンがこちらを見る。


「ん? まだ邪魔者がいたのか? 面倒だ。フィーネ殿、ついでにあやつらもそなたに任せる。私はこの二人を連れて実験室に戻る。協力を感謝するぞ」


 甲冑戦士はエレンの入った檻をひょいと持ち上げる。フィーネと呼ばれたサイレンは嫣然と微笑む。


「ホホホ……。勇者と言えども所詮ただのオトコ。わらわの魅力に屈しないオトコはおらぬわ。それより約束は守ってもらうぞよ」

「わかっている。エリクサーの分析が完了したならそなたにも飲ませてやろう」


 そう言うと甲冑戦士は呪文を唱え、抱えた二人の勇者と共にその場から姿を消した。


「あっ! くそっ!」

「アルゴ様、エレン様!」

「そんな……勇者様までが……!」


 ルタミナが震え声でつぶやく。勇者とは無敵でいかなる魔力にも屈しないという、サーガに謳われような存在だと思っていた。その幻想が砕かれ、身体から血が引く。と、不意に耳に歌声が流れ込んできた。フィーネが妖艶な笑みで再び歌いだしていた。


「フフフ……」


 ルタミナは咄嗟にムーザッパの方を見る。これが話に聞いたサイレンの魔力ならば真っ先に彼が危ない。

 

「ムーザッパ?」


 だが、彼の様子に変化は見られなかった。キースの方も見てみるが、こちらもムーザッパ同様、戦闘態勢で身構えた状態のまま特におかしなところはない。おかしなところがないのがおかしかった。


 サイレンから表情が消え、唄うのをやめる。


「な、なに、なにゆえじゃ! 何故そなたらは、わらわの歌を聞いても何ともないのじゃ! どんな男でも、例え勇者であろうと、回避不可能なのに」

「え、だって、私は一応女だし……」

「僕はこれでもドラゴンだから……」

「俺の心はエレン様だけのものだからな!」

「……」

「ルタミナ、キース、エレン様がここにいなくなった今、いつまでもこんなところでグズグズしていてもしょうがない。戻って次の行動を考えよう」


 三人はうなずきあい、来た道を戻りかける。その時。


「キシャーッッ!」


 サイレンは水辺から飛び跳ねた。そして叫び声と共に、一番気に入らない答えをしたムーザッパに飛び掛ってきた。


「痛っつぅ……」


 ムーザッパの肌が鎧の継ぎ目のところから切り裂かれ、軽く出血した。


「よくもわらわに恥をかかせたな! 八つ裂きにしてやる!」


 聖母のようですらあった微笑を浮かべていた彼女はみるみるうちに醜悪な形相を露わにし、その身を魔物へと転じていく。両腕両脚に鳥の羽根のようなものが生え、その先端に鋭い鉤爪が伸びた。

 ルタミナとキースはムーザッパを補佐するためにステップを踏んで戦闘フォーメーションを形作る。

 振り下ろされた鉤爪を剣の刃で受け止め、弾き返す。フィーネは羽根を広げてその衝撃を緩めて着地する。

 と、そこを狙ってルタミナが足元にスリングの石を投げつけ、バランスを崩す。


「小癪な真似をっ。■!」


 サイレンは大袈裟な動作で両腕を広げる。ふわりと羽根が抜けて舞ったかと思うと、不意にそれらが意志を持ったかのように動きを変え、分散して3人に向かっていく!

 いくつかは叩き落したものの、払いきれなかった羽根が三人の鎧の弱い部分に突き刺さる。ダメージは少なくとも鋭い痛みが動きを鈍らせる。


「魔法か!」


 キースが身体に刺さった羽根を手で払い落としながら怒鳴る。


「わらわを歌うだけの妖魔とでも思うたか! ドラゴンの化身のクセに無知な奴じゃ」

「だったら僕も、」


 キースは身構えて呪文を唱えかける。が、途中でその動作をやめた。


「今の羽根、魔法封じか」


 サイレンは見下したように微笑む。


「じゃあ、魔法の使えない俺たちには関係ないな。キースは下がっててくれ。行くぞ! ルタミナ、援護頼む」

「やるっしぇ」


 ムーザッパは大きく息を吸い込むとサイレンに向かってダッシュし、斬りかかる。それをサイレンは鉤爪を使って受け止めるが、彼は慌てずそのまま押し込むように力を込めて傷をつける。


 いける……! こいつは神話の時代からの魔物だが、不死身の化け物じゃない。俺の力でも勝てる!


「ふん、馬鹿力だけで勝てる訳が無い」


 サイレンは何とかムーザッパの剣を振り払い、その羽根を使って中空を飛ぶ。ムーザッパの剣が届かないところで体勢を立て直す。そうしようとしたところで、ルタミナのスリングの石が飛んできた。サイレンは舌打ちする。


「くうっ、よくも、よくも…」


 フィーネは傷をつけられた胸を押さえながら呻いた。


「憎たらしいが、エリクサーを飲まぬうちから無駄に危険を冒すのもバカバカしい。お前たちの相手はここまでだ!」


 そう言ってムーザッパたちが抜けていこうとした通路を先に行ってしまう。


「逃げるのか! ……っと、まあいいや。殺すことが目的じゃない。さ、早く行こう」


 と、自分たちも出口へ向かおうとしたとき、洞窟の壁に反響して、何やら呪文らしい声が聞こえた。


「■■■■■!!」


 次の瞬間、大音響と共に洞窟内を激しい地震が襲った。鍾乳石が途中から折れて落ち、天然の凶器となって彼らに襲いかかる。


「やばい、逃げるぞ!!」


 しかし、ムーザッパの掛け声にも、激しい揺れが彼らの足止めをしていた。


「あっ、通路が!!」


 狭い入り口の奥の通路の天井が崩れ、進路を阻んだ。


「くそっ!」


 慌ててムーザッパは崩れ落ちてきた岩の破片を払おうとする。


「危ない! そんなことしてもすぐまた崩れ落ちてくる!」


 ムーザッパは舌打ちして手を止めた。しばらくすると呪文の効き目が切れ、地震は収まる。しかし完全に退路は絶たれてしまった。地震の衝撃で壁に取り付けられていたたいまつは落下して火は消え、空洞は闇に包まれた。ルタミナは手探りで自分の荷物をあさり、ランタンに明りを灯した。

 3人は他の出口を探したが徒労に終わる。何もすることが無くなった彼らは腰を下ろして食事をとることにした。気力はまだまだ充実している。だが、どうやって脱出しよう?

 諦めたわけではないのに打開策が見当たらない。もどかしい。

 とりあえず、食事が終わったら手分けしてもう一度洞窟内を調べようということになった。


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