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動き出す陰謀

 エレンは最上の笑顔をムーザッパに向けて言った。


「好きよ、ムーザッパ。この世の誰よりも。大好き」


 小さな花が咲き乱れる丘の上。そこにいるのはエレンとムーザッパの二人きり。


「姫様……」

「ううん。二人きりの時はエレンって呼んで」

「エレン……」


 ムーザッパはエレンの頬にそっと手を触れる。エレンは静かに目を閉じる…。そんな彼女を抱き寄せ、ムーザッパはその唇に自分の唇を近づけた。


 ムーザッパは目を開けると、枕から唇を離した。

 ベッドの上。体がゆらゆらと揺れている。


 ああ、そうか。俺、船に乗ってたんだっけ。


 ムーザッパは記憶を取り戻した。

 やっぱり夢か、と、ムーザッパは落胆しつつ夢の中でエレンであった物体を抱きしめる。

 彼は彼女に心を奪われて以来、よく彼女の夢を見る。夢の中では彼女はいつも彼に微笑みかけてくれる。好意を示す言葉をかけてくれる。そして目覚めたときには彼女への思いが痛いくらいに強まっていく。

 一瞬彼は泣きそうになるが、気を取りなおして起き上がり、顔を叩くと旅の同行者を探して客室を出た。

 いつか夢が正夢になることを祈っている。


「何だ、ここにいたのか、ルタミナ」


 彼女は甲板で海を見ていた。風が彼女の短い茶色の髪をさわさわと揺らしていた。


「あ、ムーザッパ、私を探してた?」


 ルタミナは振り返り、彼に微笑んだ。


「いや、別に用はなかったけどな。……ルタミナ、やっぱりドキドキするか?」

「まあね。お兄ちゃんと顔をあわせるのは、本当に久しぶりだからね」

「俺も楽しみだよ。ルタオンに会えるのは」


 ルタミナとムーザッパは、定期連絡船に乗ってアウグル島へと向かっていた。

 先日の少女失踪事件からまもなくの事。ウェアリン王国城下町はひとりの男の来訪でちょっとした騒ぎになった。その男の名はヤウロ。癒しの力と聖なる力をあやつり、聖者と呼ばれていた。彼は世界中を旅して病気や呪いにかかった人達を癒していた。

 しかしその能力ゆえ魔大戦の折には魔王に目をつけられて呪いを受け、二人の勇者が魔王を倒すまで体を石にかえられてしまっていたのだ。

 彼が城下町に現われると彼の癒しの力を授かりたいと思う者、ただ見たいと思う者で通りがあふれかえった。

ルタミナとムーザッパも興味本位で彼の姿を見に行ったのだが、そこで思いがけない事態に出会った。

 ルタミナの姿を目の端にとらえたヤウロが、彼女に向かって、ルタオン、と呼びかけたのだ。驚いたルタミナはヤウロから詳しい話を聞くことにした。

 ルタミナとルタオンは5つ年の離れた兄妹であるが、並んで歩いていると、誰でもすぐに二人がそうだと判るぐらい容姿が似通っていた。ヤウロが間違えても無理は無い。

 ヤウロは、以前アウグル島のメサチの町に立ち寄ったとき、祭りの舞台で竪琴を弾いていた男に出会った。彼の演奏に感銘を受けたヤウロは彼に接触し友人となった。その男はルタオンと言う名で、ルタミナとよく似ていたそうだ。

 ルタミナが自分はルタオンの妹であり、行方不明になっている兄を心配していたのだと聞くと、彼はうなずき、メサチの町までの交通手段を教え、ルタミナに貝殻でつくったお守りをプレゼントしてくれた。

 そしてルタミナはムーザッパと共に、ガルガニスに休暇を申し出てアウグル島へ行く許可をもらった。


「普段から男の格好をしているのが役に立ったな。ルタミナ」


 ムーザッパはからかい口調で言う。彼は普通こういうことは言わないのだが、相手が幼なじみのルタミナならば話は別だ。


「何、イヤミ?」

「ハハハッ。まあ、でも、今日の服はまるで女の子みたいじゃないか」


 ルタミナはムーザッパに憎たらしい顔をしてみせると、そっぽを向いた。

 今回の旅ではルタミナは珍しくスカートを穿いていた。さらに頭には飾りヘアピン、手首にはヤウロからもらったアクセサリーにもなっているお守りをつけており、これで誰が見ても彼女を女の子だと思うだろう。

 ガルガニスの勧めもあって、仕事以外で遠出をするのだからと多少のおしゃれをしてきたのだ。

 ムーザッパの役目はルタミナの護衛である。しかしもちろんムーザッパもまたルタオンとは浅からぬ縁があり、彼自身も再会を心待ちにしていた。

 今から15年前、ルタミナの家の前に籠に入れられた赤ん坊が置かれていた。それを当時5歳のルタオンが見つけた。それが出会いだった。

 ルタミナの両親と友人であったガルガニスは、二人も手のかかる子供がいる家庭では養育も大変だろうと、その赤ん坊を引き取り、ムーザッパと名づけた。

 幼い頃はムーザッパは捨て子という理由で近所の子供達にいじめられることもあった。しかしルタオンは彼をかばい、ルタミナとともによく遊んでくれた。

 人当たりがよく快活なルタオンは町の人気者で、やがて彼のとりなしで、ムーザッパと他の子供達との和解も成立する。そのことについてはムーザッパは今でも感謝の気持ちを忘れない。もちろん、ルタミナに対しても同様の気持ちを抱いている。彼はルタミナの後ろ姿を見ながら、心の中で小さく感謝の意をつぶやいた。

 やがて船はアウグル島についた。


 メサチの町はアミザール帝国人の末裔の町と言われている。

 はるかな昔、高度な魔法文明を築いたといわれるアミザール帝国は、一夜にして滅亡した。

 滅亡したという表現は不適切かもしれない。文献にはアミザールの民は一夜にして死人となった、とだけ記されている。学者達の間ではそれは伝染病だったのではないかという説がある。だが、不老不死となり、神に匹敵する力を得られるという霊薬エリクサーを発明したアミザール文明にしては不可解な事であった。

 メサチの町は帝国領の中では最も新しい区域であり、当時は帝国の文化がまだ浸透していなかった。そのために滅亡を免れたのだともいう。町のはずれにはアミザールの遺跡がわずかだが残されていた。

 ルタミナとムーザッパは、ルタオンを探しに町の中心部を通りぬけ、居酒屋通りへ向かった。音楽家は酒場での演奏というのが食い扶持をかせぐ最もポピュラーな方法だからである。


「それじゃ、まずは、この通りの酒場をひとつひとつ当たってみましょうか」

「うん……結構、あるな」

「いきなり弱音を吐かないで」

「それに、必ずしも酒場にいるとは限らないしさ……ん?」


 ルタミナは手をあげてムーザッパを制した。


「何だ?」

「ねえ、ムーザッパ、何か聞こえない?」

「何かって?」


 ムーザッパは耳を澄ます。人々のざわめき、足音、台車を引く音……。


「ほら、この曲」


 ルタミナに言われて、ムーザッパも何か音楽が流れているのが判った。優しい竪琴の音色だ。


「このメロディー、覚えてる…覚えてる!ムーザッパ、こっち!」


 ルタミナは駆け出し、その後をムーザッパが追う。ルタミナは既に涙ぐんでいた。


「ここだ」


 ルタミナは<竜踊亭>と看板に書かれた酒場の扉を開けた。


「お兄ちゃん!」


 彼女は呼びかけてから、兄の姿を目で探した。竜踊亭の客たちが怪訝そうにルタミナを見る。構わずルタミナはもう一度、お兄ちゃん、と呼びかけた。

 自分を見つめる視線があった。その一つにルタミナは目を合わせた。その視線の主は小さく声を漏らした。


「ルタミナ……」


 果たしてそれは彼女の兄、ルタオンであった。


「あ……」


 ルタミナはぽろりと涙をこぼした。奏でていた竪琴をおろし、立ちあがるルタオン。ルタミナは兄に向かって駆け寄り、そしてそのまま勢いを止めることもなく体当たりした。


「ぐふぇっ」

「うわーん、お兄ちゃんのバカー!! 無事だったんならどうしてうちに帰ってきてくれなかったのよー!」

「ぐぅ、ルタミナ、どうしてここに? あ、ムーザッパも」

「答えて、お兄ちゃん、魔大戦でお父さんもお母さんも死んじゃったんだよ。私は家にひとりぼっちなんだよ。帰って来てよ! こんなに心配させてえ!!」


 ルタミナは兄をキッ、と睨む。


「え、えーとねえ」


 ルタオンは口篭もり、双方黙り込んでしまった。竜踊亭の客たちは呆気に取られ、自分達のおしゃべりを止めてそれに見入ってしまう。酒場は奇妙な沈黙がおとずれたが、ルタオンの背後に現われた女性がそれを破ろうとしていた。その女性は軽くルタオンの袖を引っ張った。


「?」


 怪訝そうに振り返ったルタオンの目が、彼女を見て穏やかなものに変わる。彼女とルタオンは親しい間柄のようだ。黒く長い髪に黒い瞳の美しい女性だった。


「あ、クララ……、どうしたんだ?」

「あなた。大変なの。ポールの熱がまた上がったの」

「なにっ?」


 ルタオンは顔をしかめると、妹の方に向き直った。


「……ルタミナ、悪い。ちょっと待っててくれ、すぐ戻るから」


 そう言うとルタオンはクララという女性と共に酒場の階段を上って行った。


「『あなた』?」


 ルタミナは眉間に皺を寄せた。


「お兄ちゃん、どういうこと? 誰? あの女の人……」


 しばらくすると、ルタオンが2階から戻って来る。ムーザッパとルタミナはテーブルの一つについて食事を注文していた。酒場の中は普段どおりの喧騒を取り戻している。


「んー、ドコから話せばいいかなあ」

「お兄ちゃん!」


 ルタミナは軽く拳でテーブルをこつんと叩く。


「ルタミナ……、何をそんなにカリカリしてんだよ……」


 ムーザッパはつぶやくが無視される。


「あの人の旦那さんは魔大戦で命を失って、母子ふたり、生活に困っていたんだ。それで俺がちょっとした縁で知り合ってさ、一緒に生活してるんだ」

「ちょっとした縁って……。お兄ちゃん……」


 ルタミナの表情が曇る。困っている人を見かけると助けようとするのはルタオンの性格であることは彼女は重々承知している。けれども、一緒に暮らしているというのは、ルタオンがそのクララという女性にただの同情ではない、特別な感情をもっているという事だ。


「いや、でもあの人達はホントに困ってたんだ。それに……」

「だからって、ずっと家に帰ってこないなんてヒドいじゃない」


 ルタミナは唇を噛んだ。兄が家族のところに戻るよりもその女性と共にいることを選んだことに不快感を隠せない。


「いや、それは……」

「それは?」

「あ、いや……ところでルタミナ、俺が留守の間に誰か見慣れない奴が俺を訪ねてこなかったか?」

「え? ううん? 別に? 何それ?」

「そうか……よし、判った。そうだな、一度は帰らなきゃな。決めた。帰ろう。ただ、ちょっとだけ待ってくれ。ちょっとポールくん……あの人の子供だけど……その子、今、手が離せない状態なんだ」

「そう言えば何だか具合が悪いみたいなこと言ってたね。病気なの? その子が回復するのを待ってってこと?」

「いや、実は、あの子、炎死病なんだ」

「炎死病!?」


 ルタミナとムーザッパ、二人は同時に驚きの声を上げた。

 炎死病というのはとある魔物に噛まれたときに感染する病気である。一度かかると体じゅうに赤い斑点が現われて高熱に侵され、最後には死んでしまう。魔大戦時、上位魔族がばらまいた恐るべき生物兵器だった。


「ルタオン、あの病気にはどんな薬や魔法も効かないんじゃなかったのか?」

「ああ、だけど俺はたとえ炎死病であっても絶対効くはずの薬を知っている。それがどこにあるのかも知っている」

「だったら、それをすぐに使えばいいじゃない」

「ああ。だけどいろいろ事情があってな。……家に帰ったら全部話すよ。早速行こう。薬を取りに」

「どこに行くの?」

「アミザール遺跡だ」


 アミザール遺跡は町の外れの囲いの外にあった。そこは以前は宝物目当てで多くの冒険者が来ていたが、今ではそれも取りつくされ、観光地としての価値以外は特にない。メサチの町の人々もあまり関心がないような場所になっている。

 ルタオンはそんな話をしながらとある石柱の前までやってきた。


「ルタミナ、ムーザッパ、周りに人がいないか確かめてくれ」


 確認をするとルタオンは石柱に手を添え、ガサゴソと動かした。

 ガタッと音がして、石柱を構成する石がスライドし、空洞が現われた。そこには細長い箱が入っていた。


「この中に薬が入っているの?」

「いや、そうじゃない。この箱の中に…」


 そう言ってルタオンは上着の内ポケットから小さな乙女像を取り出した。それを箱の中に入れると、ルタオンは箱を元の位置に戻した。すると今度は石柱のそばの床石がずれて、小さな空間をさらした。ルタミナはそこを覗き込んだ。


「随分厳重ね…って、何もないよ?」

「そこが二重底になっているんだ。ほら」


 ルタオンは一つ目の底を取り外した。


「ルタミナ、ムーザッパ。お前たちだけには教えておこう。これが伝説に名高い、アミザール文明の奇跡の薬エリクサーだ」

「えっ、これが……」


 小さな瓶に入った黄金色の液体が日の光を浴びてきらきらと輝いていた。


「どうして俺がこんなものを持っているのか、説明は後でゆっくりしてやる。とにかくこのエリクサーはホンモノだ。ポールに飲ませれば一発で治るはずだ」


 普段の傭兵稼業では滅多にお目にかかることのない、いわゆる伝説のアイテムを目の当たりにし、ルタミナとムーザッパはそれに思わず見入ってしまった。その輝きはエリクサーの品質を保証しているかのようだった。


「そう、そんなところにあったのね」


 あらぬ処から声が発せられる。


「えっ!?」


 振り向くとそこにクララが立っていた。


「クララ……。何でここに? ついてきてたのか?」

「随分待ったわ。1年くらいかしら?」

「『待った』? 何だって? クララ、1年って、それはどういうことだ?」

「あなたの信頼を得るために、何もしないであなたと1年間過ごしたことは決して無駄にはならなかったみたいね」


 クララは目にも止まらぬ素早さでルタオンの手からエリクサーの入った小瓶を奪い取った。それは訓練された人間でないと


「あっ」

「ふふっ、これがあのエリクサーね。綺麗……。さて、これを手に入れたからには、後はこれを届けるだけね」

「クララ、君はまさか…」


 彼女は笑顔でこくんとうなずいた。


「楽しかったわよ。あなたとの日々は」


 クララは何かの言葉を早口で唱えた。一瞬彼女の周りの景色がぐにゃりと歪み、そして彼女の姿は消え去った。空間転移の魔法だ。

 三人は風のように突然起こって終わった出来事に、呆然とするあまり、石柱をするするとすべりおちてくる小さな影に気がつかなかった。

 ルタオンが背中に鋭い痛みを感じて振り返ると小さな黒髪の子供……ポールが短剣で自分を突き刺しているのが判った。


「ポール……! おまえもっ!?」

「僕の役目はエリクサーを回収したら速やかにルタオンを殺すことなんだ」


 ポールの体にあったはずの赤い斑点はもうない。


「僕もつらかったよ。エリクサーを手に入れるためとはいえ、炎死病にかかった演技を続けるのは」

「……っ!」


 ルタオンは信じられない出来事で我を失い、ポールがさらに自分の心臓を目掛けて短剣を再び突き刺すのをかわせなかった。


「お兄ちゃん!」


 ルタミナの叫びで、やっと呪縛が解けたようにルタミナとムーザッパは、ポールに飛び掛かる。しかし、ポールも早口で空間転移の呪文を唱え、寸前で姿を消してしまう。ふたりは攻撃が空振りに終わってバランスを崩し転んでしまった。

 ルタオンはその場に膝をつき、それでも耐えられなくて腰を落とした。ルタミナはあわててルタオンを抱きかかえる。


「くっ、まさかこんなことになるなんてな……。ルタミナ……済まない。俺、帰れそうにないわ」

「お兄ちゃん! 何言ってるの!」

「あの二人が奴らの手先だったなんて…。迂闊だった…」

「あんまり喋らないで、お兄ちゃん。傷が…!! ムーザッパ、薬草、早く! 血止めの薬草を出して!」

「いい……。無駄だ……。もう、遅い……」

「お兄ちゃん! 黙って、手当てを受けて!」

「いや、ルタミナ、ムーザッパも。聞いてくれ。伝えておかなければいけないことがある。エリクサーは奴らの手に奪われてしまった。大変なことになる……」

「奴ら!? 大変なこと!? きゃっ」


 ルタオンがごぼっ、と血を吐いた。血は彼から彼の体を支えていたルタミナの体に伝わって流れ、彼女の手と腕を汚す。


「ああ、エリクサーはただの万能薬じゃない。飲んだ人間にすさまじいパワーを与える効果があるんだ。奴らがエリクサーの分析に成功して大量に生産してしまったら、世界はまた戦争に……」

「奴ら? 奴らって?」

「ルタミナ、ムーザッパ、頼みがある。サクラという変わった名前の魔法使いがドラゴンと一緒にどこかに住んでいる。彼女達を見つけ出して、エリクサーを奪われてしまったことを伝えてくれ」

「どこかって!?」

「頼む、頼む……」


 するとルタオンは何事かよくわからない言葉をつぶやき、手足をばたつかせた。

 そして、動かなくなった。

 ルタミナの腕の中でルタオンの力が抜け、重みがかかる。

 

「お兄ちゃん? お兄ちゃん!? ねえ、お兄ちゃん!!」


 ルタミナは何度も何度も兄の名を呼び続けた。


 ……。


「何だ、ここにいたのか、ルタミナ」


 彼女は甲板で夜の海を見ていた。風が彼女の髪をさわさわと揺らしていた。夜空には星が美しく輝いていたが二人とも見ていなかった。


「あ、ムーザッパ、私を探してたの?」


 ルタミナは振り返り、彼に弱弱しく微笑んだ。


「ルタミナ、俺、こういうとき、何て言ったらいいのか……。せっかく再会できたのに、その途端に……」

「ねえ、ムーザッパ、私のせいかな?」

「え?」

「私さ……、ムーザッパは気づいてたかな? 嫉妬してたのよ。あの人に。それぐらいお兄ちゃんは本気であの人達のこと想っていたみたい。なのにあんな裏切りを受けて……お兄ちゃんの気持ち考えると私も胸が……張り裂けそうになる。あそこに私が押しかけて行ってお兄ちゃんを急かしたりしなきゃ、お兄ちゃんはエリクサーを使おうとは思わなかった。そしたらあんなことにはならなかったんだと思う。それに」

「ルタミナ、自分を責める考えはよせ。事情はよくわからないが、あいつらはルタミナに関係無く、ルタオンからエリクサーを奪おうとあの手この手を使ったはずだ。ルタミナに責任はない」

「……そう言われても、私がどうでも、お兄ちゃんは、お兄ちゃんは帰ってこない」


 ルタミナは振り返りある方向を見つめた。その方向はルタオンの入った棺のある船室があるはずだ。


「ルタミナ」


 ムーザッパはルタミナの肩をつかんだ。


「俺達にはやるべきことがある。ルタオンが残してくれた言葉に従ってサクラという名の魔法使いを探さなきゃ行けない。それがルタオンの意志だ」

「……うん、ありがと、ムーザッパ。珍しいね、あんたのほうから何かしようって言い出すなんて」

「そうか?」

「でも、いいの?もうすぐエレン様の誕生パーティーなんでしょ? ムーザッパ、お休み取りたいんじゃないの?」

「馬鹿にすんなよ。いくらなんでも俺だって、やるべきときにやらなきゃいけないことがあるってことは判ってる」


 ルタミナは微笑む。そう、私にはやるべきことがある。泣いてばかりいられない。


「風が……強くなってきたな」

「戻ろうか、ムーザッパ」

「ああ」


 この時二人はこの風が嵐の前触れであるということは知る由もなかった。

 不自然なまでに急速に嵐雲が現れ、天空の星々を覆い隠していった。それはまるで、天がルタミナの心を写し出して代わりに泣き叫ぼうとしているかのようだった。


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