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消えた幼な子(後編)

 ルタミナとムーザッパはボートを借りて洞窟に向かっていた。


『崖下の洞窟? ええ、知ってますよ。この村の人間なら誰でも知ってます。あそこには村の海神様を奉った祠があるんです。もちろん私らもそこを調べましたよ! しかし、何もありませんでしたよ』

『え? 人形ですか? ああ、お恥ずかしい。誰かから聞いたのですね? あれは娘が帰ってきたときに海に捨てましたよ』


 屋敷で聞いたゴスパーの言葉を思い出す。

 あの洞窟の中には特に何もなかった、ということだった。つまり、人形もなかったのだ。もちろん、ルタミナのハンカチが波にさらわれなかったから人形もさらわれないはずだと決め付けるのは短絡的である。

 だが、娘もいなくなった、そして娘にそっくりの人形も無くなったということに、ルタミナは何らかのつながりがあるような気がした。


 ボートを岩に止めると、二人は必要な装備品が入ったを革袋を身体にくくりつけ、一旦海の中に潜って、洞窟の入り口をくぐった。入り口からのわずかな光を頼りに革袋から折りたたみ式ランタンをとりだして火をつけ、奥へ向かう。


「あ、あれが海神の祠かな?」


 しばらく歩くと開けた場所についた。その場所の真ん中辺りにその祠はあった。

 それは神殿をミニチュアにしたような形をしていた。中にはご神体の像が入っているはずだ。ルタミナは辺りを見まわすと、祠に近づいた。

 ゴスパーは何も無かったと言っていたのに、祠の周りには何やら魔法の道具らしきものがいくつか散らばっていた。ルタミナは思うところがあって、祠の天井部分に手をかけた。


「おい、何をするんだ、ルタミナ。バチがあたるぞ」

「ねえ、ムーザッパ。ゴスパーさんはここを探しても何も無かったって言ったでしょ。でも、本当に全部探したのかな? 村の人だから、こういう神聖なものにまでは触れなかったんじゃないかな。もし、私のカンが正しければ……」

「お、おい。ルタミナ……、わあっ!!」


 途端にムーザッパは叫んだ。声が洞窟内に響き渡る。無理もなかった。祠の屋根を取り外すと、そこにはぼろきれのようなものを口に詰め込まれた女の子が無理な体勢でつめこまれていたからだ。


「ムーザッパ、手を貸して! まだ、生きてる!」


 少女はくぐもった声をあげた。


「あ、ああ。酷い……! いったい誰がこんなことを……!」

「とにかく、この子を助けるのが先決よ」


 その時。


 ――誰!?


 洞窟の陰から奇妙な声が上がった。耳を通じてではなく直接頭に響いてきたような奇妙な感覚だった。

 声のした方向を見た二人は同時にあっ、と声をあげた。そこにいたのは祠に詰め込まれていた少女と同じ姿をした少女が、否、よくみるとそれは少女の姿をした――。


「人形!?」

「人形がしゃべっている!?」


 人形の姿をみとめた少女は、恐怖で衰弱した身体をギュッと縮める。


 ――私の邪魔はさせない!


 その声が頭に響いたかと思うと、人形は宙に浮き、リリアのほうに向かって突進してきた。


「くっ!」


 とっさにルタミナはリリアをかばい、ムーザッパはその二人をかばう。

 普通に家に飾られていたならば可愛らしい面立ちのであっただろうそれは、今や人をすくみあがらせる悪鬼のような表情の呪いの人形に見えた。

 人形が身構えたムーザッパの腕をかすめる。革鎧の下に身につけていた布の服が裂けた。


「ムーザッパ!大丈夫!?」


 その時既に人形は次の攻撃に備えていた。ムーザッパはショートソードを抜いて人形に対峙するとルタミナに向かって怒鳴った。


「ルタミナ! 人形は俺がくい止める。おまえはその子をゴスパーさんのところへ!」


 ――駄目! パパの娘は私だけよ!


 また頭に直接響く声。そして人形はリリアに向かって再び飛びかかる。


「ムーザッパ!」


 ルタミナの叫びに呼応するように、ムーザッパはダッシュして人形をなぎ払った。

 この時ばかりはムーザッパはお姫様にメロメロになっている情けない男ではない。力強く頼もしい戦士となる。ムーザッパはルタミナに目で合図する。うなずいてルタミナはリリアをだっこし、洞窟の入り口へ向かった。


 ――どうして、どうして邪魔をするの!


 人形は攻撃対象をムーザッパに切り替え飛びかかる。そのスピードも脅威であったが、それよりもむしろ彼を悩ませたのは、人形の思念から生まれ、頭に響いてくる『声』。いまやそれは映像をも伴っていた。


 ――あの子さえ帰ってこなければ、私がずっとパパの娘でいられた。


 屋敷の中で、本物の娘のように人形を可愛がるゴスパーの姿の幻影。


 ――あの子のせいで私は愛を失った。


 ゴスパーの視線は本物の娘のほうへ向かい、人形は忘れ去られる。そして海へ捨てられる。


 ――だから私はあの子になる。


 そして、ムーザッパにはよくわからない魔法円や媒介となる道具の幻影が映る。


「人形が……、人形が人として過ごしているうちに人の心を持ってしまったのか……」


 そして何らかの形で魔法が関わり、このような事件が起こってしまった。

 冷静に分析することで感情を消す。戦況は次第にムーザッパに有利となっていた。

 高速で飛び回る人形を捉えるのはなかなか困難な事ではあったが、その動きは単調だった。怪奇な現象もそういうものだと把握すれば、後はただ戦いの相手として見据えるのみ。彼はやがて人形の動きを完全に読みきった。


「そこだ!」


 ムーザッパの剣は人形の胴体に見事にヒットし、人形は真っ二つにされた。人形はそのまま落下した。


 ――パパ、パパ……!


 人形が泣いていた。……ように見えたがそれはただ海水に濡れていただけだった。



 ムーザッパが洞窟の壁にもたれて休んでいると、しばらくしてルタミナが戻ってきた。


「ムーザッパ! 無事だった!?」

「おう、あの娘は?」

「大丈夫! ちゃんとゴスパーさんの屋敷に送り届けたよ! ……って、ちょっと、それ!」


 ルタミナは彼の傍に横たわるものを見て思わず叫んだ。二つに斬られた人形が、元に近い形にして並べられて置かれていた。


「この子も連れて行って欲しいんだ。この子も、同じようにゴスパーさんの娘なんだから」

「……」



「ゴスパーさん、本当にあの人形を愛していたんだろうな。だからあの人形も本当にゴスパーさんのこと、父親として慕っていたんだろう。人の心を持って動き出してしまうほどに……。ゴスパーさんもあの人形の墓を作るって約束したし、人形も報われるよ」


 屋敷へ戻って事情を話し、契約された礼金をもらって帰る道の途中でムーザッパはルタミナに話しかける。

 ムーザッパはしんみりしているようだが、ルタミナはむしろ嫌悪を感じていて黙っていた。


 すべてはあの人の娘への妄執が産んだ事件じゃない。あの人形が動き出してあんな行動をとったのは父親の歪んだ愛で生み出された魂だったからでしょ。


 気持ち悪い。それが彼女の正直な気持ちだったが、ムーザッパの気分を悪くするまでも無いと思い、口には出さず、いいかげんな相づちを打つだけだった。


8話を書いていたら、ちょっと長くなってしまって二つに分けるので全13話に変更します。

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