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消えた幼な子(前編)

 ウェアリン王国城下町は、魔族の襲撃による傷跡はすっかり癒え、町は平和でにぎやかな日々が続いていた。ウェアリン王家には代々、森を大切にせよという家訓が伝わっており、城下町には樹木や草花が多い。それらのおかげか、町の人々の性格は穏やかで優しい。

 城内でもまた、明るい笑い声が響いていた。それはこの国の王女エレン姫が青空を天井に侍女達とお茶会を楽しんでいる姿だった。エレン姫といえば、幼い頃はとんでもないおてんばで、王やお付きの人々を悩ませていたが、1年前、勇者となって魔王を倒してからは、一生分暴れ尽くしたとでもいうかのように、しとやかな女性へと変わっていた。

 最近ではタイラン国の王子との縁談が持ち上がったが、彼女はそれをきっぱりと断った。ウェアリン国の人々はその理由を、もう一人の勇者アルゴのためであろうと噂した。


「ああ、姫様、可愛いなあ」


 ウェアリン国の一般市民、ムーザッパは遠眼鏡越しにエレンを遠くに見下ろしながら嬉しそうにつぶやいた。彼がいるのは城壁を取り囲む背の高い木の枝の上である。要するに彼はお茶会を覗き見しているのだ。彼は幼い頃偶然出会ったエレンに一目ぼれして以来十数年、ずっと彼女を思い続けている。


「美しいブロンドの髪、碧色の瞳、健康的に日焼けした肌……、あんなにきれいで華奢な体の中には魔王を倒してしまうぐらいのパワーが秘められているんだからなあ、あこがれちゃうなあ」


 彼にとってエレンの何もかもがいとおしかった。昔のように棒きれを持って暴れまわる彼女も、今のように上品にお茶を飲む姿も。 ムーザッパはうっとりした顔でエレンを眺めつづける。すると――。


「こらっ!! ムーザッパ! またここに来てたの! 降りろっ!!」


 至福の時を邪魔する声が木の真下で聞こえた。ムーザッパはそちらの方向を見たが、見ずともその声が誰のものであるかは判っていた。幼なじみのルタミナだ。彼は舌打ちすると、仕方なく木を降りていった。

 下では怒った顔の男の子……否、女の子が手を腰に当てて待っていた。そばかすだらけの顔にショートヘア。おしゃれをすればなかなか可愛い女の子になるはずだが、活動的な、男性的な服装が彼女の美しさを隠していた。


「あのねえ、ムーザッパ。いいかげんに覗きはやめなよ。戦時中だったらスパイ扱いだよ?」

「今は平和なんだからいいんだよ。なんぴとたりとも俺の姫様への想いを止める権利はないっ!」


 ルタミナは肩をすくめる。


「まーた恥ずかしげもなくそんなこと言うし。いつものことだけし、まあ、いいけどね。ムーザッパ、仕事よ」

「あ、仕事?」


 ムーザッパの父親ガルガニスは傭兵斡旋所の所長を勤めている。力ある魔族が倒されたとは言え、世界は完全な平和になったわけではない。魔族の残党、土着の魔物や凶暴な野生生物、はたまた人間の盗賊集団など、小さな恐怖は尽きない。

 ムーザッパやルタミナもそこに登録された傭兵である。二人は幼なじみだということもあり、ガルガニスはよく彼らをコンビにして仕事をさせている。


「で、どんな仕事なんだ?」


 傭兵斡旋所への道を歩いて戻りながらムーザッパはルタミナに尋ねる。


「うん。シザの村で五歳の女の子が行方不明になったんだって。依頼者はその女の子の父親。女の子を探し出して連れ戻してほしいってさ」

「事故とか、誘拐とかか?」

「それを調べるのが私達の仕事。詳しいことはおじさんから聴いて」


 そして二人はガルガニスから詳しい説明を受けると装備を整え、シザの村へ向けて出発した。

 すると、城下町の出口の南門に新しい公示板が貼られているのを見つけた。この公示板は町の人通りの多いところに貼られているもので、年中行事の日付などの連絡がなされている。


「何かしら?」

「何だろ……あっ!!」


 ムーザッパは突然目を輝かせ、公示板へと走り出した。ルタミナもその後を追う。ムーザッパが公示板を凝視する横から彼女もそれを覗き込んだ。


「え……何々、ウェアリン国復興記念およびエレン姫様の誕生パーティーがさ来月9日開催、ね……」

「ああ……。俺も何か姫様にプレゼントしなきゃな……」

 

 ルタミナはそんな相棒にため息をつく。


「まあ、好きにプレゼントしていいけどさぁ。姫様は、プレゼントなんてそれこそ、何百何千と贈られるんだから。ムーザッパのなんてほとんど見てもらえないと思うよ」

「何がいいかな。花がいいかな?それともアクセサリー?」

「聞いちゃいないし……、ムーザッパ! とにかく、それは仕事が終わってからね」


 町を出てしばらく歩くとムーザッパがつぶやいた。


「どうしようかな…」

「何が?」

「さ来月9日。その頃に仕事入ったらどうしよう。休みもらおうかな。プレゼントもいろいろ考えたいし、どうやったら姫様にアピールできるか、ルタミナ、どう思う?」

「おまえはぁ!」


 ルタミナは旅の道具を入れる小袋を中身が入った状態でムーザッパの顔に叩きつけた。


「わぷぅ」

「目が覚めた?」

「……」

「あんた、傭兵の仕事についたとき、言ったでしょ? 武術を身につけて、困っている人達をたくさん助けていくんだ、って。そうして、姫様と少しでもつりあいのとれる男になるんだって。ね? プレゼントで気を引くってのも、一つの方法としてアリだけど、それよりも自分自信を磨いていくのが大切なんじゃないかな? ……これが一応女の私からの意見」

「……うん、すまん。目が覚めた」

「じゃ、仕事に集中しましょ。行こう」


 夕暮れ時に二人はシザの村へとついた。シザの村は海に面しており、漁業が中心産業である。村には潮の香りが漂っていた。二人はガルガニスの書いてくれた簡単な地図を手に、依頼主のゴスパーの家へと向かった。とは言え、網元であるゴスパーの屋敷は他の漁師たちの家と明らかに装いを異にしていたのでたやすく見つけることが出来た。


「おお、あなた方が約束していた傭兵ですね。お待ちしていました。さあ、こちらへ」


 質素ながらも上品な装いをした中年の紳士ゴスパーは二人を奥の部屋へ案内する。


「いったい、リリアは今どこでどうしているのか……」


 テーブルにつくと、ゴスパーは自分がいかに娘を愛し、今どんなにつらいかを熱く語った。ルタミナとムーザッパはそれよりも、いなくなった時の状況を詳しく聞きたかったが、依頼者の機嫌を損ねてもしょうがないので我慢する。


「その日の朝、目覚めたら隣のベッドで寝ていたはずの娘がいなかったのです」

「娘さんのベッドが乱れていた様子は?」

「ありません。ごく普通に娘が寝ていたという跡があっただけです」

「前の晩に何か不審な様子は? 屋敷や、娘さんに」

「それは……なかった筈です。私も使用人に聴いて回りましたが、誰かが侵入した様子もありませんでしたな。ああ、使用人たちは古くからいる、信用できる者たちばかりです」


 ムーザッパとルタミナは顔を見合わせる。娘が無理矢理連れ去られたという形跡はない。だとすれば娘が自ら出ていった考えられるが……?


「娘さんが最近不審な人物と接触していたとかいうようなことはありませんでしたか?」

「いや、そのようなことは考えにくいですな。リリアは先日うちに帰ってきたばかりだったんです」

「帰ってきた……というと?」

「実は、娘は魔大戦のおり、魔物にさらわれ、ずっと行方が知れなかったのです」


 そう言うと、ゴスパーの顔が歪んだ。


「命は無いものとあきらめていましたが、ふた月ほど前に、旅の冒険者が魔物の洞窟を探索中、捕らわれていた娘を助け出して、連れて帰ってきてくれたのですよ」

「そんなことがあったのですか」

「だというのに……」


 ゴスパーは顔を覆う。


「もう二度とあんな思いはしたくなかったのに。帰ってきたと思ったら、またいなくなってしまうなんて……」


 娘の父親は人目をはばからず泣きだした。これ以上は話を聞けぬとふんで、二人は彼にいとまを告げ屋敷を出た。

 既に日は沈んでいたので二人は今夜泊まる宿屋へ向かう。部屋を取ると、宿屋の一階の食堂兼酒場で夕食を取る。そのついでに、客たちに娘の失踪前後の出来事を聞いて回った。しかし、ほとんどの客には酒が入っており、大した情報は聞けなかった。


「ルタミナ、本格的な捜索は明日からになりそうだな」

「そうね、じゃあ今日はゆっくり休みましょ。お休み」


 次の日の朝、ムーザッパとルタミナが宿屋の食堂で二人だけの朝食をとっていると、宿屋の主人が近づいてきた。中年の頭が禿げかかってがっしりとした男だ。


「あんたたち、ゴスパーがやとった傭兵だったんだな」

「ああ、そうだけど、何か?」

「大変だな、あんたらも。もしあの子が見つからなきゃ、あんたら、一生あいつに恨まれるぜ」

「一生って……」

「それくらい、娘のことになると、異常に感情的になるってことさ」


 宿屋の主人は昨日は無口だったのに、今日はやたら饒舌だ。


「ゴスパーのやつはよ、娘を溺愛してるんだよ。だけどそのせいでちょっと頭がな」


 と、彼は自分の頭を指差して言った。


「魔大戦の頃、あいつ、娘を魔物にさらわれたショックでおかしくなっちまってよう、どこかで娘そっくりの人形を作らせて家に飾ってたんだ」

「えっ!?」

「気味の悪いくらいそっくりな人形で、ゴスパーはそれを本当の娘のように扱ってたんだ。あの頃のあいつには、ちょっと近寄りがたいものがあったな」


 二人とも絶句し、顔を見合わせる。ルタミナはその光景を想像して嫌悪感を覚えるが、それを押さえながら訊いた。


「でも、娘さんは帰ってきたんでしょ。そしたら……」

「ああ、それであいつも正気に戻ったんだ。人形も海に捨てたらしいぜ。でも、また今度の事件であんなことの繰り返しになったら……くっ、ぞっとしねえなあ。頼むぜ、あんたら」

「……」


 身支度を整え直した二人は村人たちから聞き込みをして回ったが、この村の人たちは就寝時間が早く、夜中の出来事を知る者はなかった。しかも、既にゴスパーやその使用人から同じことを訊かれた後で、ムーザッパたちに快く答えてくれない者も多かった。手がかりが得られないまま昼になり、一休みすることにする。

 宿屋の主人から、この村一番の眺めであるという海を見渡せる崖の上へと向かった。潮風が心地よく、午前中のストレスを吹き飛ばしてくれる。

 腰を下ろして食事にしようというとき、ルタミナの悲鳴が上がった。


「きゃっ!」

「あ、あぶない。ルタミナ」


 強い風が通り、ルタミナの持っていたハンカチがさらわれた。反射的に追いかけようとするルタミナをムーザッパが止める。


「崖だ、危ないぞ!」

「あーあ、落ちちゃった。結構気に入ってたのに」


 ルタミナは海に落ちて行くハンカチを恨めしそうに見下ろした。ムーザッパも一緒になんとなく崖下の海を見下ろす。


「なあ、ルタミナ。リリアだっけ、その娘、海に落ちたかさらわれた可能性が高いんじゃないかなあ」

「でも、夜中ベッドから抜け出して、真っ暗な村の中を歩いていって海まで行くかな。5歳の子供が」

「う~ん、でも小さい子だからこそ予想もつかない行動を取るってことがあるし」

「ゴスパーさんは網元だけど、村の人たちから特に恨まれている様子もなかったわよ?」


 娘が行方不明になっている間、精神を病んで気味悪がられていた時期はある。しかし、それも過ぎた話だ。哀れまれこそすれ、その状態に彼を戻したいと思う人物はいないだろう。

 ルタミナはゴスパーのゆうべの様子を思い出す。確かに、娘の話をしていた彼の目は熱っぽく潤んでいた。聞いていたときは悲しみによるせいだと思ったが、宿屋の主人の話を聞いた後だと気になってしまう。あれは狂気の世界を垣間見た目のように思えてきた。


 狂ってしまうほど人は人を愛せるものなのか?

 あれが真実の愛なのだろうか?


 彼女にも愛する人がいる。魔大戦のどさくさで現在行方不明になっている彼女の兄だ。しかしルタミナにはそこまで身を焦がすような想いはない。

 ルタミナは自分とゴスパーを比較せずにいられなかった。そして目の前のムーザッパのことも考える。彼は普段は真面目で頼もしい青年だが、エレン姫のことになると途端に何もかもを忘れて駄目人間になってしまう。


 どうしてなんだろう? 愛のせいだというの? そんなものが愛なの? ……分からない。


 ルタミナはムーザッパを軽くつつき、捜索の続きを開始することにした。

 崖を引き返し、浜のほうへ歩いていく。風は穏やかで寄せては引く波の音が心地よい。海岸線ぞいに数隻の漁船が並んでいた今日は漁の日ではないらしい。浜では、兄弟らしい二人の男の子がいて、砂浜の上に散らばった物について、年上のほうが年下のほうに何か教えている。


 お兄ちゃん……。


 彼女は心の中で呼びかける。

 彼女の兄、ルタオンは魔大戦の始まる少し前、吟遊詩人になるんだと家を飛び出し、それっきり音信不通である。魔大戦の折には城下町に魔物が襲来してルタミナの両親も殺され、彼女は天涯孤独になってしまった。ガルガニスは彼女に自分らと一緒に暮らさないかと申し出たが、彼女は首を横に振った。兄を待っていたいから、その申し出を受けてしまっては兄をあきらめてしまったみたいで嫌だから、と断った。


 お兄ちゃん、今どこにいるの? この海の向こう? お願い、一度でもうちに戻ってきて。


「ルタミナ?」

「あ、ん?」


 ムーザッパに呼びかけられ、ルタミナは我に返る。


「何か海のゴミが結構散らばっているね」


 ルタミナは物思いを振り払うために辺りを見回す。


「ああ、これ、潮の満ち引きのせいだろ」

「あ、そっか」


 ウェアリン城下町には海から運河を引いて港を作っているので満干は知識として知っている。しかし、浜はないのですぐには連想できなかった。


「あれ?」


 先ほどまで自分たちが座っていた海岸の崖が、それまでと違う様相をなしていた。崖の下方にはそれまで見えなかった大きな穴が口を開けている。


「ムーザッパ、あれ、洞窟!」

「そうか、今、引き潮だから!」


 二人はそちらへ向かいかけた。しかし砂浜は崖に近づくにつれ磯浜となり、ごつごつとした岩場は歩いていくのには困難だ。


「どうだろう、探索する価値はあるかな」

「やるだけやってみましょ」

「あっ」


 小さく声をあげ、ムーザッパはその場に屈んだ。


「何?」

「ほれ、おまえのハンカチだ」

「あ、ホントだ」


 塩水でぐしゃぐしゃになっていたものの、それはまさしくルタミナ愛用のハンカチだった。ムーザッパは崖を見上げ、またハンカチを見た。


「そんなに流されないうちに拾えてよかった」

「なあ、ルタミナ、推測なんだけど、うん、もし、娘さんが海にさらわれかけたとしても、潮の流れで沖に行ってしまうより浜に戻ってくると考えたほうがいいかな」

「でも村の人はリリアの姿を見ていないということは……うん、あの洞窟、調べてみる価値はありそうね」


 二人はゴスパーへの経過報告を兼ねて屋敷へと向かった。


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