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花火

これにて最終回です。ありがとうございました。

 エレンが父王にタイランでの事を報告したため、すぐさまウェアリン王はタイランの大使を監禁し調査団が糾弾のためにタイラン国へと飛んだ。タイラン国の抵抗はほとんどなかった。タイラン国のホノイ王太子は臆病で争いを好まない青年であり、また同時に魔道研究所における所業についても知っていた。できるだけ穏便に、タイランの全面謝罪という形で事件は収められた。


 研究所の一室ではサクラの遺体が発見された。キースはその死体を連れてどこかへと行方をくらませてしまった。悲しみがやわらぐまで待とう、ということで皆は合意した。


 そして数日後。エレン姫誕生祝いおよび王国復興記念パーティーがやりなおされる日となった。

 ムーザッパとルタミナは着慣れない服装でウェアリン城へ向かった。

 あの日切り落とされたムーザッパの手は元に戻っている。勇者エレンの魔法により、不自由なく動かせるようにくっつけられた。思い出にするために、わざとつなぎ目の傷跡を残してもらった。

 王女が無事に帰還したこと、起こり得た戦争を回避できたことにより、人々は更に喜んでパーティーを楽しんだ。


「よお、お二人さん! これから舞踏会かい?」

「あっ、ミューラスさん」


 二人は城内で行われるパーティーの夜の部の舞踏会に向かうところだった。一定の身分ではないと出席できないものであったが、ムーザッパもルタミナも今回の功績で称号を与えられることが内定しており、彼らにも招待状が届いていた。


「あれ?ミューラスさんは行かないんですか?」


 ミューラスの格好を見てムーザッパは尋ねた。


「ああ、ああいうのは俺の柄じゃないんでね。辞退させてもらったよ」

「行かないんですか……」


 ルタミナはがっかりとした表情を見せる。


「まあまあ、ルタミナちゃん。そのかわり俺はちょっとした趣向を用意したから」

「え?趣向って?」

「それは舞踏会場でのお楽しみ」


 ミューラスはウィンクした。



 しかしムーザッパとルタミナは舞踏会で肩身の狭い思いをする。最初の頃こそ、エレンやアルゴがそばにいてくれたので、救国の立役者としてもの珍しげに他の貴族たちも話しかけてきたが、やがて親交の深いもの同士だけの話になり、貴族の優雅な踊りも知らずムーザッパたちは二人でご馳走をつまむだけになった。


「どうしよう、もう帰ろうか」

「ううん、一度エレン様に挨拶して……!」

「あっ……!」


 ルタミナはエレンの姿に気づく。彼女はアルゴに連れられてテラスへと向かっていた。急いたようにムーザッパをつつき、二人でそちらへと早足で向かう。

 ドーン、という大きな音が聞こえ、二人だけでなく会場の人々が同時に驚いて身体をすくめ辺りを見回すが、窓の外にその理由があった。それは色鮮やかな花火の音だったのだ。戦時中には出来なかった、火薬を使った娯楽だった。


「エレン、俺、今こそ言うよ。結婚しよう」


 ウェアリン城のテラスで男女が二人……いや、テラスの先端に男女が一組、そしてテラスの入り口付近にこっそりと隠れて様子を伺っている男女が一組あった。

 このテラスからだと、打ち上げられる花火がよく見えてとてもいい眺めだ。だが、いまそれに注目しているのはエレンだけだ。

エレンにプロポーズしたアルゴは緊張して彼女のリアクションにばかり注意を払い、その二人の様子を伺っているルタミナとムーザッパも同様に花火どころではなかった。

 エレンは花火を眺めたまま、アルゴに答える。


「アルゴ、私、その言葉をずっと待っていた。今あなたにそう言われて凄く嬉しい」

「エレン!」


 だが、アルゴの言葉を遮って彼女は続けた。


「でも、でもね! 待って、アルゴ。私は、私はその言葉をもっと早く言って欲しかった。決着が付く前に言って欲しかった」

「エレン、でもそれは……」

「判ってる。サクラとの約束だものね。判ってる。でも私は女の子なの。王女なの。エレンなの。わがままでどうしようもない私なの。たとえどんなことがあっても側にいてほしい、私を見つめて欲しい、私を護って欲しい、そう思っているのが私なの」

「……」

「ねえ、アルゴ、私今度の事件でびっくりした……、ううん、感動すらしたことがあるの。私を助けてくれた彼……あのムーザッパっていう男の子」


 不意に自分の名前が口にされたのでムーザッパはカッと顔に血を上らせた。


「彼は私があのタイラン国の騎士隊長にやられた時、敵わないとわかっているのに助けにきてくれたの。エリアム洞窟でも、魔道実験室でも、彼は危険を顧みないで私を助けにきてくれたの」

「彼に惹かれているの?」

「それは……まだわからない。ただ、彼の私への気持ちが伝わってくるの。単に王家の人間に対する忠誠心っていうものではなくて。つまり……あの気持ち。本当、胸が痛くなるくらいに、ね。ねえ、アルゴ。あなたはそれぐらいの気持ちを私に向けてくれたかしら?」


 エレンはくるりとアルゴに振り向く。アルゴは咄嗟に言葉を返せない。その時エレンは視界の端に入った別のものを見て目を見開き、口元を押さえて顔を赤らめた。


「あ……ムーザッパ!」

「えっ!?」


 アルゴもその声につられて後ろを向く。観察眼に優れた二人の勇者にとって隠れたつもりのムーザッパの姿はあからさまだった。仕方なく、鼻の頭を掻きながらムーザッパは二人の前に姿を現して数歩寄って行く。ルタミナは、一緒に行くのは間抜けだと思ったのでその場で立ち上がって三人の様子を見つめた。


「ムーザッパ、聞いていたのか、今の俺達の会話」

「ええ、まあ……」

「じゃあ、聞かせて欲しい。実際に君の口から聞かせて欲しい。君はエレンのことをどう思っているのか……」


 ムーザッパは沈黙し、慎重に言葉を選ぼうと頭を回転させた。


「俺は、俺は……」


 その時、ドーン、と花火が音を立て、色付きの光が当事者達を照らした。それに背中を押されたようにムーザッパは思い切ることにした。だが。


「ムーザッパ、危ない! 後ろ!」


 エレンが叫んだ。

 ムーザッパはその声に、反射的に振り向いた。何もない。だが、次の瞬間ムーザッパの頭上を二人の勇者がものすごいスピードでジャンプしたので彼は慌てて伏せた。

 アルゴはその空間のある地点を手で掴んだ。ちらりと空間の歪みが見えた。そこにエレンは手を差し入れると、力を込めて引っ張り戻した。

 何も無いはずの空間から一人の人間が引きずり出される。その姿を見たムーザッパはあっ、と小さく声を上げた。それは道化師姿で仮面を被っており、いつぞやの夢に出てきた人物だった。


「お、俺の夢の中の人間が、本当にいた!?」

「あなた、何者!? 亜空間を作りだして隠れているなんて、ただものじゃないわね!」


 道化師はエレンに腕をねじり上げられる。


「花火が上がったとき、ムーザッパの周りだけ光の屈折率が違っていたから気づいたのよ」

「くっ、さすがは女王様。ちょっとした私の油断も逃さないとは」

「女王様? 何、それ!?」


 エレンは不愉快な顔をしてさらにきつくねじる。もちろん、痛いだけにとどめておく手加減はしている。


「さあ、おっしゃいな。あなた、ムーザッパの背後に忍びこんで何をしようとしたの?」

「……私は、タイラン王国王太子ホノイ様の部下です」

「ホノイ王子!?」

「あの方から命ぜられたのです。あの方はご幼少の頃からエレン様をお慕いしていました。しかしこの間、結婚を断られてたいそうお悲しみになられたのです。そして私は命ぜられました。エレン様に近づく男どもをすべて排除せよと……うぐっ」


 エレンはさらにきつく男の腕を責めた。これ以上やっては脱臼してしまう。


「私にそんなウソが通用するとでも思うの? これでも私は勇者よ。素の状態で嘘を看破する能力は持ってるわ」

「わ、判りました。真実をお話します」


 ようやくエレンは道化師を解放した。彼は腕を庇いながら話し出した。


「私の名前はシオン、今から50年後の世界からやってきた者です」

「!?」


 彼の発言が突飛だったのでムーザッパもルタミナも目をしばたいた。だが、勇者ふたりは彼を睨み続けたまま話の先を促した。


「時間を超越する魔法は伝説に聞いていたことはあるけれど、本物の術者は見たこと無いわ。でも、あなたが嘘をついていないのは確かね」

「50年後の世界は一言で言って地獄です。地、水、火、風の4大元素の精霊の力をすべて兼ね備えた魔皇により、力による支配がまかりとおっている世界です。私はこの魔皇の存在を消し去るためにやってきました」


 そこでアルゴが口を挟んだ。


「待て。それはタイラン王のことを言っているのか? それなら」

「いいえ、私が言っているのは人工的に作られた精霊戦士ではありません。自然に生まれた精霊戦士なのです」

「自然に?」

「はい。じつに単純なことでした。魔皇の両親は、火と風の精霊の力を持つ者と水と地の精霊の力を持つもの……それは生まれながら四大元素の力を持つ精霊戦士だったのです。充分考えられることでした」

「まさか、それじゃ……その魔皇というのは……!?」

「はい。この時代から間もない将来、あなた方勇者の間に生まれる子供のことです」

「そんな……」

「俺達は?俺達はどうしたんだ?我が子を止めようとはしなかったのか?」

「……全く、世界を救った心正しき勇者からなぜあのような悪魔が生まれたのか、信じられません。私もその当時は生まれていないのではっきりとしたことは判りませんが、魔皇は幼い頃から凶悪で残忍な性格だったそうです。王家の人間ということである程度は目こぼしされていたのですが、ある日魔皇は自分の力に気が付いてしまったのです。

 それは両親から行いを咎められた時、わずらわしい、と思って睨みつけた時でした。お二人の肉体は瞬時に粉みじんに吹き飛んだということです。これで魔皇は誰にも止められないことが証明されました。すなわち地獄の日々の始まりです。

 私の父は魔皇の目を逃れつつ、この地獄を消し去る方法を考え出しました。魔皇の誕生以前まで時をさかのぼって受胎を阻止し、はじめからいなかったことにしよう、と。そしてついに先日父は時間を超える機械を発明し、片道分のエネルギーをかき集めて私を寄越したのです」


 エレンは愕然とするが、道化師から嘘の気配が感じられなかった。


「しかし、まだ、判らないことがある。なぜムーザッパを狙った? 狙うなら俺かエレンだろ?」

「いえ、私達の時代には魔皇どころか、あなたがたにかなう者すらいません。いえ、それ以前に世界に平和をもたらしてくれた勇者様達を手にかけるなどとんでもないことです。ですからもっと平和的な手段を選びました。要するにあなた方勇者同士が結婚しなければよい。だから私は時間を超えるとき、あなた方の仲を邪魔する存在を持ってきたのです」


 四人はほぼ同時に同じことを考える。だがそれを口にするのは恐ろしく、誰も何も言わなかった。


「私が降り立ったのがこの時代から15年前です。その時私は籠に入れた赤ん坊――実際は魔法処置を施したホムンクルスですが――を最も信頼できる人物の家の前に置いておきました。私はその赤ん坊に継続してエレン姫だけを命がけで愛し彼女から愛される存在になれ、という命令を掛け続け、様子を見張っていました、しかし……」

「もう、もうやめてよ!!」


 叫んだのはルタミナだった。彼は大股で道化師に近づくと泣きながら彼を見据え、彼の胸に指を突きつけて言った。


「そんなの! そんなのウソよ! 私は小さい頃から、物心つく前からムーザッパを知っている。ムーザッパはつくりものの人形なんかじゃない!」

「……だからですよ。私達の技術では人間そっくりの性格を入力するなんて不可能です。だから、こころ優しい人達の間に囲まれて人間らしい性格を自然に身につけるようにしたのです。そうでなければとてもエレン様に好かれるような人間にはなれませんから」

「うるさいっ!!」


 ルタミナの平手打ちが飛んだ。乾いた音がして仮面が飛び、道化師はよろめいて何事かをうめくようにつぶやいた。


「今何か言った!?」


 その顔は化粧に隠され漠然としていたが、ルタミナの知っている顔によく似ていた。それを誰かと確かめたくはなかった。


「ルタミナ」


 ぼそりと、ムーザッパがつぶやいた。


「お前がわざわざ怒ることじゃないよ。俺が、俺自身が否定すればいいことなんだから。俺は確かにエレン様に初めて会ったとき体に電撃が走るようなショックを受けたさ。これでもかというぐらいエレン様の夢を見てきたさ。ルタミナにどんなにバカにされても俺はエレン様を見続けてきた。悪い友達に誘われて女性の水浴を覗いても何も感じなかった。エレン様のためになら何でも……死ねるとも思った。サイレンの歌にも魅了されることもなかった。

 だけど、それはすべて俺のエレン様への想いの激しさの証なんだ! おい! 道化師! 何が50年後の世界だ。何が時間を超える機械だ。魔法だろうが科学だろうがそんなことができるわけがない。お前のいっていることははじめからインチキなんだ」

「ムーザッパ……キミの体の中には任務を必ずまっとうするようにある機械が挿入されている。時間を逆行させる機械だ。キミがもし何かのアクシデントで命を落とすようなことがあったら自動的に時間を巻き戻すようにできている。もちろん、キミ以外の誰もその機械が作動したことに気づかない。私も気づかない。知っているのは君だけだ」


 ムーザッパの顔から血の気が引く。


「知らない。そんなことは知らない。俺はつくりものなんかじゃない。俺の心はつくりものなんかじゃない。俺は人形なんかじゃない。俺は人間だ。俺は俺だ。俺は俺だ。俺は俺だ。俺は俺だ…」


 花火が打ちあがる。その場にいた人間はその時だけムーザッパの悲壮なつぶやきを聞かなくて済んだ。



 ムーザッパは一人、空を見ていた。真夜中の空から明け方の空までをずっと見続けていた。

 後ろからこちらに近づいてくる足音が聞こえた。彼はそれが誰なのか音だけで判った。


「ムーザッパ……ここにいたのね」


 彼女はムーザッパに声を掛ける。ムーザッパは振り向かない。今の顔を彼女に見せたくはなかった。


「ムーザッパ、あなたは自分の心がつくりものだって思っているようだけれど、それは違うわ。あなたはきっかけを与えられただけ。そこからあなたが育んできた想いは本物なのよ。私はそう信じてる。だってそうじゃなきゃ、他人の……私の心を動かすことなんてできないもの」

「……」

「私、あなたが好きよ」


 だが、彼女には別に好きな男がいる。ムーザッパは卑屈にもそう思った。自分の身を抱きしめ、ぎゅっと目をつぶった。涙がにじんでくる。


「ムーザッパ……。私があなたを癒してあげる。同情なんかじゃない。私は他の誰よりもあなたを愛する自信があるわ」


 彼女はそっと彼の背中に体を寄せ、小さく愛の言葉を囁いた。

 ムーザッパはもう我慢ができなくなった。自分が今一番欲しいもの。それを彼女は与えてくれるというのだ。何で拒むことができようか。

 ムーザッパは振りかえった。彼女は慈愛に満ちた笑みを見せた。


 それはいとしのプリンセス……。


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