誕生
そして彼らは再びタイランの都へやってきた。
ムーザッパは魔道士のローブを着こみ、うつむき加減に魔道研究所の入り口へとやってきた。
「待て。通行証を提示せよ」
見張りの兵士に要求され、彼はローブの内ポケットからそれを取り出した。
「よし、通ってよろしい」
それはかつてサクラの使用していたものだった。ムーザッパは他の研究所勤めの魔道士に比べて筋骨たくましかったが、おざなりな仕事をしている兵士はそれに注意を払わなかった。
ムーザッパは研究所に来るまでに飛行船の中で夢で見た通路を思い出し、勇者の囚われている部屋への最短ルートをシミュレートしていた。
ローブの下は傭兵スタイルだが、目立たぬように武器はショートソードにとどめてある。腰に巻きつけた小袋の中にはいつもの所持品の他にキースお手製の魔法のアイテム、そして勿論ルタミナからもらった青い石もいくつか入っている。作戦の要となる大事な石だ。
ここだ……。夢の通りだ。
ムーザッパはドアに手をかける。鍵がかかっていたが、幸いキースのつくった魔法の鍵で開く程度の防御システムだった。部屋の中に入り、ムーザッパはローブを脱ぎ捨てる。
「姫様……」
エレンの拘束を解き、そっと呼びかけるが彼女はまだ眠っている。ムーザッパは彼女の身体を揺すろうとして、その時ちょっとだけ魔が刺し、彼女の唇に指を押し当て横にこすった。びくっと震えたエレンにムーザッパは慌てて指を離す。
「ん……あなたは……?」
「エレン様。私はウェアリン国城下町に住むムーザッパという者です。姫様を助けに参りました」
「あ、ああ、あなた、思い出したわ。あのときの……」
「エレン様。これをお飲み下さい。魔法の回復薬です」
エレンにキースの回復魔法がかけられた薬を渡すと、ムーザッパは勇者アルゴの拘束を解きにいった。
「お二人の体調が戻ったらここを脱出しましょう」
二人はうなずく。
その時どかどかと騒がしい音がして部屋にやってくる者があった。
黒の甲冑戦士だ。予想された出現だ。
「この部屋には限られた者しか出入りできぬず……!?」
甲冑戦士は勇者達の拘束が解かれているのを見て目を見張った。
「貴様!! 何者だ! スパイか!?」
甲冑戦士は戦闘態勢をとる。それに敏感にアルゴも反応する。しかしムーザッパはここぞとばかりに決めようと、二人の間に立ちはだかった。
「アルゴ様。手出しは無用です。ここは私ひとりで充分です」
「思い出したぞ。貴様、エリアム洞窟に来ていた奴だな。生きて帰ってこれたのか! だが」
「そりゃあっ!!」
ムーザッパは甲冑戦士に青い小石を投げつけた。それは砕け散り、青白い光線を発して彼を包んだ。
「何だ、これは? うっ、うぐっ! なんだ、貴様何をした!」
効果は覿面に表れた。甲冑戦士は激しい悪寒に襲われ苦しんでいる。
「おのれえい! 小癪な!」
甲冑戦士はムーザッパに殴りかかった。ムーザッパは構えた腕でそれを何とか受けとめた。本来なら腕がふっとんでいたところだ。
「な、何だと!まさか!」
ムーザッパは甲冑戦士に斬りかかる。
「あんたも気づいているんだろう? あんたの中のエリクサーの効果はもう消えているんだ」
「何っ! むっ、今の青い光のせいか!」
ムーザッパの剣をかわしながら彼は叫ぶ。こうなっては武器を持っていない自分が不利だ。
「そのとおり。そして今度はこの石をタイラン王に使う! 精霊戦士は誕生させない!」
「なっ。貴様何故陛下が精霊戦士になることを知っている!?」
「何ですって!」
「王自ら精霊戦士になったというのか!」
その時、まるでその声に返事をするかのように部屋の下の方から大きな咆哮が聞こえた。
驚く彼らの隙をみて甲冑戦士はどんとムーザッパに体当たりしてよろけさせると部屋の奥のドアを開け、下に続く階段を駆け下りていった。
「あっ」
だが次の瞬間、勇者アルゴと勇者エレンは敏感に危機を察知し、部屋の床を見ながら飛びのいた。
すさまじい音とともに床の石が跳ね上がり怪物が現れた。
精霊戦士は階段を登らず、直接天井を突き破ってこの部屋にやってきたのだ。
「タイラン王……本当に精霊戦士になってしまったのね」
エレンがつぶやく。彼女の顔は彼のパワーにおびえて青ざめていた。タイラン王は自分の体のほこりを落とすと3人を見て邪悪な笑みを浮かべる。
よし、今だ!
ムーザッパは青い石を投げつけようとした。だが。
タイラン王はその様子に目をやると、すっ、と手首を軽く横に振った。一瞬の出来事だった。三日月型の光の塊がムーザッパの手に向かって飛んできた。
ムーザッパの手首から上がすっぱりと切り落とされ、握り締めていた小石は一緒に床に落ちて転がった。
「うわーっ!!」
ムーザッパは思わず叫んだ。失敗したことに対する悔恨より何より自分の手が無くなるという状況に驚かずにいられない。
「何という力だ。これでは逃げる隙すらなさそうだ」
アルゴは絶好調時の自分でもこの怪物の何分の一の力もないことを悟った。それでも懸命に精神を集中し、精霊の力を解放しようとした。エレンも同様のことをした。
これは……この状況は!
ムーザッパは目を見開いた。
頼む! 俺の夢。あれは予知夢だったんだろ? タイラン王……俺の夢で見たとおりの行動をしてくれ……。
もしはずれたら…。
ムーザッパは万が一の場合に備え、床に落ちた青の石を見やった。
「ふふふ……勇者の力、余に見せてもらおうか」
タイラン王は手のひらを真上に向け、天井に向かって光線を放った。
「やった!」
ムーザッパは思わず叫んだ。なぜなら、次の瞬間、天井に空いた穴からは普通の太陽光線ではなく青い光が流れ込んできたのだから。
「ぐわわああああーーーーー!!」
照らされたタイラン王の大絶叫がこだました。
タイラン王からエリクサーの効力が消えてゆく……。それはすなわち精霊の力に耐えられない普通の人間の肉体に戻るということだった。
肉眼でもはっきり見えた。暴走する精霊の力がタイラン王の肉体を破壊していく様を……。
ミューラスとルタミナは飛行船に乗って上空で待機していた。それはムーザッパと打ち合わせていたことだった。
もし自分が失敗して、精霊戦士が魔道研究所から出てきたなら青の石の光線を浴びせてやれと。
そのためにミューラスは青の石をセットした光線砲を急仕立てで開発したのだった。
ミューラスは機転を利かせ、タイラン王が自らあけた穴から光線を放射したのである。
タイラン王の絶叫は飛行船までも震わせた。
ミューラスとルタミナは顔を見合わせると互いに笑みを浮かべた。
「やったようだな」
「やったわ!」
ルタミナとミューラスはがっちりと握手する。
やがて研究所から3人の姿が現われるのを見つけた飛行船はゆっくりと下降していった。




