アミザール人の秘密
ムーザッパは跳ね起きると自分の体をまさぐった。傷は……どこにもない。
夢にしては異常に生々しい実感を伴っていた。汗はびっしょり、体ががくがくと震えている。まさか自分が死ぬ夢をみることになろうとは思わなかった。
本当に夢だったのか。そうだろう。自分は生きているのだから。だが……。
ムーザッパは周りを見回す。ここは技師ミューラスの隠れ家だ。飛行船で連れてこられた後、ここを拠点として泊めてもらっていたのだ。キースの文書解読に何も協力できないムーザッパははやる気持ちを押さえ、その力が必要とされる時に備えてルタミナと剣の稽古などをしていた。
ムーザッパは夢のせいで込み上げる吐き気を押さえ、藁葺きのベッドを整えなおして部屋を出る。隠れ家をうろうろしていると、奥の部屋でミューラスが飛行船のメンテナンスを行っているところに行き当たる。
「よお、ムーザッパくん、おはよう。早いな」
「あ、おはようございます。ミューラスさん」
「どうした? 顔色が悪いようだが……」
「いえ。大丈夫です」
「そうか?」
ムーザッパは夢の内容を思い出した。そうだ、俺の夢の中ではこれがミューラスさんとの最後の会話になったんだ。それからこっそり一人でタイラン王国に向かって、そして魔道実験室であんなことに……。
「どうかしたか?」
「あ、いえ、キースはどこかなって」
まだ胸がモヤモヤしていた。
「ああ、あいつなら、そこの洞穴で寝ているんじゃないか?」
ムーザッパは適当に発した自分の言葉に従ってキースに会いにいくことにする。キースはその洞窟内で寝そべっていた。そのそばにはアミザール探索のレポートを記した紙が並べられている。巨大なドラゴンが人間用のサイズに作られた書類を眺めるというのも奇妙な光景ではあったが、キースは器用にその紙を扱っていた。
「やあ、ムーザッパ。おはよ」
「おはよう。キース。何か判ったか?」
「ごめん、まだ駄目だよ。どうやら空間転移の呪文のことについて書かれているらしいんだけど、なぜかそれを発動させることができないんだ」
「空間転移? それってあの黒の甲冑の男が使っていたあれみたいなもんか?」
「あれぐらいの呪文ならサクラ様や僕でも使えるんだけどね。あらかじめ特定の場所に自分専用の魔法陣を書いておいて呪文を唱えるとその場所に戻るってタイプの奴。あれは中級魔法なんだ。それとは違うと思う。これはもっと、何と言うか精神を飛ばすというか……」
「キース、俺は魔法のことは全然わからないんだけどさ、呪文って書いてある通りに覚えて唱えただけじゃ駄目なのか?」
「ああ、それはね、術者の魔力が関係するんだ。強力な魔法を唱えるためには自身の絶対魔力を高めておかないといくら頑張っても発動しないんだ。いい? ちょっと唱えてみるよ?」
そういってキースは身振りを付けて呪文を唱えた。だが、キースのまわりの空間が揺らいだように見えただけでそれ以上何も起こる気配はない。
ムーザッパはその呪文の響きに何かひっかかるものを感じたが、それが何か思い出せないので黙っていた。
「あー、今の呪文がうまくいかなかったのはキースの魔力が低いってことか?」
「……これでも僕はドラゴンの端くれだよ。単に魔力だけならサクラ様……ほとんどの人間を上回っているんだ。それでもうまくいかないってことはこの呪文を唱えることができるのは上位魔族かあるいは……あっ、そうか」
「アミザールの人間、つまりエリクサーを飲んだ人間だ!」
「……でも、それじゃどうしようもないよ。上位魔族はみんなアルゴ様やエレン様に討たれたし、第一、いたとしても僕たちに協力なんてしてくれない。そしてエリクサーの方はと言えば敵の手中にあるし……ああ、謎が解けると思ったのに!」
「キース。……俺、さ、エリクサーのある場所、知ってるよ」
「えっ!?」
タイランへ向かう飛行船の中でムーザッパはずっと無言だった。何故エリクサーの有り場所を知っているのか尋ねたられたが、答える訳にはいかなかった。ルタミナも、彼が質問を拒絶する雰囲気に躊躇ったのか話しかけてはこなかった。
ムーザッパは自分でもおかしいと思っている。あれは夢でしかない。けれど、本当のことだ。彼には確信があった。
簡単に強くなれる方法なんてものが身近にあったら、誰だって試してみたくなる。
エリクサーを飲んだ俺と、精霊戦士になったタイラン王。そろえられた材料が異なるだけで、俺達は何ら変わるところがなかった。強くなったらその力で弱いものを叩いて悦にひたる。俺もその気持ちは判る。判ってしまった。いくらエレン様を救うためという名目があるとは言え、俺が夢の中でタイラン兵にやってきたことはまさしくそれだった。
恐ろしい。ムーザッパは身震いする。
勇者アルゴとエレン様はどうだったんだろう? 魔大戦終了後、アルゴは姿を隠し、エレン様はしとやかな女性に変わった。それはタイラン王から逃れるためだけではない。自分の力が不和のもとになることが怖かったからだ。ふたりは懸命に自制してきていたんだ。やっぱり、ふたりはそういう意味でも勇者なんだ。
勇者だけに限らない……みんな同じような思いで姿を隠したんだろう。ルタオン……ルタオンはどうだったんだろう。エリクサーを隠すという重要な役目を引き受けたとき、どんな思いだったんだろう。災いのもとになるアイテムなど、捨ててしまいたかったのだろうか。けれど、あれほどの宝物だ。いつか役に立つときがくると思って遺跡に隠していたんだな。それを愛する人のために使われようとしたけれど、結局あんなことになって。
ムーザッパはそこであることを思い出した。
やがて飛行船からタイラン国の首都が見えてきたので、少し離れた人目の付かない場所に着陸させてそこから徒歩で町へと向かった。
予想していた通り、タイランの都の光景は夢で見たままだった。彼はルタミナをうながすと先導して魔道士フーゲルの塔へ向かう。キースに作ってもらった使い捨ての魔法の鍵で塔の中に入ると夢の中と同じように地下室へと向かった。
「ねえ、ムーザッパ、いいかげんにしてよ。そろそろ、何でここに来たのか教えてよ」
ムーザッパはそれを無視し、室内の、やはり夢の通りの場所にあったエリクサーの入ったガラス瓶を手に取った。
「ルタミナ……お前もこれがエリクサーだと思うよな」
「え」
ルタミナはそれを受け取り、まばたきして、それを確認する。
「うん、そうね……。そっくりだと思うわ」
「飲め」
「えっ!」
「飲んでくれ。一口でいいんだ」
「ちょっと……何で私が」
ルタミナは文句を言おうとしたがムーザッパの奇妙な威圧感にのまれてしまう。幼馴染がこんな強引なことをするなんて信じられなかった。手の上に垂らし確認しながら舐めるように飲み込んだ。
「……で? どうなる……きゃあっ!!」
彼女に強烈な作用が襲いかかる。ムーザッパが夢の中で体験した通りの事態になった。
「あ、あ、あ、す、すごい。力が、力があふれてくる! これが、これがエリクサーの効果なの! 凄い。これ、ホントに凄いわよ。ほら、ムーザッパも。これでエレン様を助けに行くことが出来るわよ」
ルタミナは目を輝かせるが、ムーザッパは険しい顔のままだ。
「駄目だ」
「えっ!? でも、これ」
「これでも駄目なんだ。真の精霊戦士の力は今のルタミナ、いや、エレン様達勇者とあわせて束になっても敵わないんだ」
「どうしてそんなことが分かるのよ? というか、それじゃどうして飲ませたりしたのよ?」
「キースの魔法を試してみよう」
納得のいかないルタミナを連れて塔を出、ムーザッパは飛行船の場所まで戻っていった。
「僕の解読したところによると、これはどこか特別な場所へ行く呪文らしい。文脈からするとアミザール人はこの場所に行くことこそ最終目的だ、とか書いてある。この場所では心の力ですべての願いはかない、永遠の安らぎを得るとか……」
キースの説明にルタミナは眉をしかめる。
「めちゃくちゃ怪しいじゃないの。ムーザッパ、それで、呪文を唱えたら何が起こるの?」
「わからない」
「ええっ? ちょっと、ムーザッパ、今更それはないでしょ!」
「わからないものはしょうがないだろ。ただ……気になることがあったんだ」
「何よ」
「ルタミナ……いいか、お前にはつらい事かもしれないが、ルタオンが死ぬ直前のことを思い出してくれ」
「……?」
「あのときルタオンは何か訳のわからない言葉を叫んで手足をばたばたさせただろ? 俺はあれを死の間際のうわごとだと思った。だけど、そうじゃなかった。キースの呪文を聞いて思い出したんだ。ルタオンが口にしたのはまさしくその呪文だったんだよ」
「呪文!? ……そんな、まさか」
「ルタオンはおそらくアミザールの秘密をすでにいくつか解読していたんだと思う。だから死ぬ前に何かを試そうと思って魔法を使ったんだ。けれど魔法は発動しなかった。でも今のルタミナならできる。エリクサーを飲んで体力と魔力を飛躍的に増大させたルタミナならできる。ルタオンが何をしようとしていたのか、妹のお前の目で確かめるんだ」
「……」
ムーザッパはルタミナにエリクサーを飲ませた理由をそうごまかしたが、エリクサーを飲んだ夢の自分が恐ろしかったからでもあった。
「ミューラスさん、俺と一緒に呪文の効果を見届けて下さい」
「ああ。わかった」
「それじゃ、いくぞ、ルタミナ」
「うん」
ルタミナはキースに教えられた通りに呪文詠唱のポーズをとりながら、その言葉を発する。
ミューラスは彼女の様子がおかしいことに気がついた。呪文を唱え終わったルタミナはぴくりとも動かない。
「おい、どうしたんだ?あっ!!」
ミューラスはルタミナの体に触れぎょっとした。冷たくなっている。
「ちょ、まさか、死んでいるのか? おい、おい!?」
ムーザッパも駆け寄った。しかしルタミナには何の反応もなかった。
……。
…………。
………………。
……………………眩しい。
ルタミナは思った。眩しくて目を開けることができない。
でも、なんて心地いいんだろう……。
自分を眩しい光が包んでいる。その光は優しくルタミナの全身を温めていた。いつまでもここにいたい。そして至福の時を味わい続けたい……。
「ルタミナ、ルタミナ!」
自分を呼ぶ声がする。誰だろう? 誰かに腕を掴まれた。ああ、たぶんムーザッパだ。そう言えば何で私ここにいるんだっけ。ムーザッパ、引っ張らないで。こうしているのが気持ちいいんだから。
「おい、しっかりしろ、ルタミナ」
ルタミナは目をつぶったまま、自分に呼びかける声を聞いた。
「ルタミナ。ほら、起きろ」
「うう……ん」
聞きなれた大好きな人の声。ムーザッパじゃない。その声の主は……!
「ルタミナ!」
「お兄ちゃん!?」
ルタミナはぱちりと目を開け、そしていきなり起きあがったため、思い切り彼の顔に頭突きをくらわせてしまった。
「お兄ちゃん……!」
夢ではなかった。そこには彼女の兄が痛そうな顔をしつつも自分を見つめていた。彼の背後に数人の見なれない民族衣装をきた人々が立っていた。
辺りを見回す。青い空と緑の自然に囲まれた美しい場所だった。その中に、ここには不自然なものとして黄金色の太い光の柱があった。ルタミナはそれがさっきまで自分のいた場所だとわかった。
「頭、ハッキリしてきたか?」
「ホントに、ホントにお兄ちゃんなの!?」
ルタオンは優しげに頷いた。
「お前も、ここに来てしまったのか」
「ここはどこなの!?」
「ここはエデン。アミザールの人達の住む世界だ」
……。
「俺はタイラン国でみんなと別れた後、伝説の霊薬を飲んでみたいという誘惑に負けて、約束を破って少しだけエリクサーを飲んでしまったんだ」
草原の上に腰掛けてルタオンは説明する。ルタミナの手には先ほどいたアミザール人女性から手渡された果実があった。
「あの呪文がこのエデンへ通じる魔法だということはおおよそ予想がついていた。だから敵を油断させる意味でもあの時に死んだフリをして魔法を試してみようと思ったんだ」
「そうだったんだ……でも何故そんなことをしたの?」
「俺、ポールに刺されたとき思ったんだよ。偽りの愛情を一年間も演技して、最後に裏切る。こんなことまでして人間は力を欲しがるのかってね。もの凄く悲しくなったんだ。あの時は本当に死にたいという気持ちも少しはあったかもな。まあ、それでようやく本気でエリクサーを破棄する気になったんだよ。そしてエリクサーを発明したアミザール文明になら逆にエリクサーの効果を打ち消すものがあるんじゃないかって推測したんだ」
ルタミナは口の中の果実をごくりと飲みこんだ。
「それで?その方法は見つかったの?」
「ああ、訳なくね。でも」
「でも?」
「ちょっと、ついてきてくれるか?」
ルタオンは立ちあがった。すると近くにいたアミザール人男性が声を掛けてきた。
「ルタオン、ゲートに行くのか?それじゃ、案内するよ」
「ありがとう」
「ねえ、お兄ちゃん、アミザールの人達って皆親切なのね」
ルタミナが兄に囁く。
「まあな、俺達が珍しいんだ。永遠の命を持つ彼らにとって、いいひまつぶしだから」
ルタオン達を案内してくれた男は歩きながら楽しげにアミザールの歴史について解説し始めた。知らない人に説明するという行為が大変好きらしい。
「はるか大昔、人々の祖先は自らを生み出した神と共に皆このエデンに住んでいたのです。平和な日々が長く続きました。
しかしある日、どこからともなくこのエデンに一匹のドラゴンが現われ『禁忌の実』を食べてみよと言ったのです。人々はそれは神から猛毒の実であると教えられていたので一旦は断りました。しかしドラゴンは自らその実を食べ、これを食べると知恵がつくのだと誘惑しました。人々はそれをみてついに『禁忌の実』を口にしたのです。ドラゴンの言ったことは本当でした。しかしこのことはすぐに神にばれ、人々はエデンから追放されることとなったのです。
神の怒りをおそれた人々はおとなしくそれに従いましたが知恵をつけた人々は神の心境も見透かしていました。神は人々を、自分の言うことを聞く可愛いペット、ぐらいにしか思っていなかったのです。自分が『禁忌の実』は毒であると嘘をついたことは棚に上げ、自分の思いどおりにならないペットならもういらない、と地上に捨てたのです。
地上はエデンと違って厳しい環境の世界でした。何人かの人間は後悔し、神に謝罪してエデンへ戻ろうとしました。しかしその他の人間は知恵を働かせて地上で生き延びる努力をしました。中でもアミザールの始祖達はいつかこの知恵を用いて自らエデンへの道を切り開こう、と誓ったのです。
他の民族がだんだんエデンのことを忘れて行く中でアミザール人だけは研究を続けました。そしてついにエデンの『生命の実』と酷似した成分を持つエリクサーを発明したのです。そして『神の言葉』を利用した魔法の呪文も開発し、すべての準備を整えて我々はここエデンに帰ってきたのです。地上では我々のぬけがらの肉体が残され、突然の滅亡と呼ばれていたようですがね」
「肉体が……残された? それじゃ、この、体は?」
ルタミナが質問した。
「精神体が作り出したもので、絶対的なものではありません。すべてあなたのイメージで作り上げたものです」
「それじゃ、念ずれば姿は変化するのですか?」
「やってできないことはありませんが……、そんなことをしたら自我崩壊を起こしてしまいますよ。自分固有の体をつくりあげるのがこの世界での第一のアイデンティティなのですから」
「??」
自我崩壊とかアイデンティティとかよくわからない言葉が出てきたので彼女は黙った。要するに好奇心で変なことはしないほうがいいということだろう。
「ああ、着きましたよ」
男は言った。
「ありがとう」
ルタオンは手を上げて感謝の意を告げた。
「そこを見てくれ」
ルタオンが指し示すそこにはルタミナが現れた金色の光の柱とは対照的な青白い光の柱であった。
「この光がエリクサーの効果を打ち消す力を持っているんだ」
「これが……」
ルタミナはその光の柱を眺め回す。青色は美しくもあったがどことなく不安を煽るような感じもした。
「ここはこのエデンから地上世界へ戻るための出口だ。この光の中に身を浸せば来たときとは逆に、元の体に戻ることが出来る。しかしその時、俺達の体からエリクサーの効力は消え去ってしまい、もう一度エリクサーを飲んだとしても二度と力を得ることは出来なくなるんだ」
アミザール人男性が説明する。
「私達は永遠の命を得ることができましたが、中には限りある命の中で人生を楽しみたいと言う者もあらわれました。ここはそういった者たちが利用した場所です」
「この光を利用すれば、エリクサーはその力を失う」
ルタオンはその光の柱に向かって呪文をつぶやいた。すると光の柱から青い小石がぽこぽこと飛び出した。ルタオンはそれらを拾い上げた。
「お前が来てくれたのは有難かった。これは光を結晶化したものだ。これを地上世界に持って行って使うといいだろう」
「いいだろう……って、お兄ちゃんは?」
「俺は……俺は帰るべき肉体がないだろう。海の底でお魚のエサさ」
「あっ」
ルタミナは口を押さえ、悲しそうな目をした。
「お兄ちゃん、私……」
「泣くな。俺は死んでない。それよりも今は奴らの野望を阻止するのが先決だ」
「う、うん……」
「さあ、行け」
光の柱に触れる前にルタミナはもう一度振りかえった。
青白い光の中に入った瞬間ルタミナはぞくりと悪寒に襲われた。気持ち悪い。ぎゅっと目をつむり、自分の体を抱きしめる。来るときとは大違いだ。全身をめぐる苦痛に彼女はひたすら耐えるしかなかった。
部屋に突如うめき声が響いた。
「はあっ、はあっ、はあっ……ううっ、うええっっ……」
「おおっ!生き返ったか、ルタミナちゃん!!」
ミューラスが苦しがるルタミナ駆けよって彼女を抱きかかえた。
ムーザッパが水の入ったコップを持ってきてルタミナに飲ませる。なぜか彼の顔には青あざがついていた。
ルタミナは自分の体が普通の人間のものに戻ってしまったことに半分がっかりし、半分嬉しく思った。握り締めた拳の中にはいっぱいにルタオンの贈り物が青く光っていた。




