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全滅

 ムーザッパはひとり、タイラン王国の首都タイランの城塞都市の門をくぐる。ジェムの町から首都タイランまでの距離は歩いて十日程度だった。


 ルタミナ、キース、ミューラスさん、ごめん。でも俺、じっとしてられなかったんだ。提案したところで絶対却下されるだろうし。

 置いてきた仲間に心の中で詫びる。彼は皆に黙ってやってきたのだ。

 しかし自分の行動に後悔はしていない。愛する者を救うため、可能性が低くても自ら彼女を救う手段を選んだ彼はぎゅっと目を閉じ武者震いした。

 タイラン国は武勇を誇る国と呼ばれており、住民はウェアリン国のそれに比べ、男性も女性も体格ががっしりして顔つきも凛としている。町を歩く人々の様子はにぎやかだが平和で、他国に戦争を仕掛けようなどというギラついた野望は見受けられない。

 魔道実験室のある王立魔道研究所に向かう道のりは道標が出ていたので迷うことはなかった。王城から少し離れた人通りの少ない場所にそれは立っていた。王家の土地だが商用、居住用にするには交通の便が悪く遊んでいた土地であろう。

 その入り口の門の前には見張りの兵士が二人立っていた。ムーザッパは気づかれないよう道を離れ、藪の中に身を隠して様子を伺った。

 兵士達は退屈そうに時々あくびをしながらおしゃべりをしていた。


「おい、そろそろ、交代の時間じゃないのか?」

「……だよな、そうだよ。畜生、アイルとロンの野郎、早く来いよな」

「全く、俺達の迷惑も考えろってんだ。こんな退屈な見張りなんて、もううんざりだぜ」

「おい、もう、どうせだから俺達ふけてしまわねえか?」

「え? そりゃまずいんじゃないのか? 隊長にどやされるぜ」

「悪いのは時間を守らないあいつらだ。全部の責任は向こうにある。もう、行こうぜ」

「そう……だな。ちょっとぐらい目を離してたってどうせ誰も来ねえしな」


 ムーザッパは今こそチャンスだと思った。見張り兵が去るのを見届け、藪から飛び出そうとする。だが、横合いから話し声が近づいてくるのを聞きつけ、慌てて元の場所に戻った。

 建物の右側から二人の男が現われた。一人は黒いマントに鎖帷子をまとった壮観な中年の戦士だ。体格や声があの甲冑戦士を想起させるが確信は持てない。もう一人はローブをまとったベテランの魔道士らしい髭面の男だ。

 ムーザッパは身を隠した場所で気配を殺し様子をうかがう。

 甲冑戦士は研究所の入り口に誰も見張りがいないことに気がついた。


「何だ! 誰もいないではないか。怠慢な。あいつらめ、さぼったな。後で罰を与えねばならん。中では重要な研究がすすめられているというのに」

「まあまあ、騎士隊長どの、末端の兵士にはこれがどんなに重要なことかというのは知らせていないのですから」

「だが、規律がゆるんでいるのは見逃せない事実だ。魔大戦時にはもっと我がタイラン軍は士気が高かったぞ。平和ボケではないのか。こんなことでは精霊戦士の力を与えてやる気にもなれん」


 魔道士は苦笑する。


「そうだ、フーゲル殿、エリクサーの方は大丈夫か」

「万全です。私の家の地下に大切に保管してありますから」

「今はまだ、エリクサーのことは内密に願うぞ。陛下の準備ができるまでは、どこぞのバカがエリクサーを飲んで野心を起こさぬとも限らん」

「ふふ。すべての兵士があなたのように忠誠心が高ければよいのですがね」


 ムーザッパはこの幸運に感謝した。見張りの兵がいたら、こんなに重要な情報を彼らが話すことはなかっただろう。思い出してみれば、命に関わる仕事をこなしてきたときには、いつもこんな幸運に恵まれていた気がする。

 その時、遅れてやってきた見張り兵が到着し、騎士隊長の姿を見て慌てて敬礼した。魔道士は激しく彼らを叱咤する騎士隊長に向かって微笑みながら別れを告げた。


「それでは私はこの辺で」

「おお、ご苦労だった。また明日な」


 ムーザッパはこれからの行動を変更することにする。エリクサーは、魔道実験室にではなく、このフーゲルという名の魔道士が保管しているのだという。

 ここに忍び込むチャンスは逃してしまったが、その前にエリクサーのありかを探るのも有益だ。

 ムーザッパはフーゲルを尾行し、彼の自宅である塔に着いた。彼が塔の中に入ろうとした瞬間、ムーザッパは飛び掛り玄関から押し入った。


「な、何だお前は!」


 ムーザッパは有無を言わせず彼のボディに重い拳を叩きこみ彼を気絶させた。らしからぬ大胆かつ乱暴な行動にムーザッパ自身驚いた。すかさず彼は床を探って地下への入り口を探す。絨毯の下にそれはあった。

 鉄の梯子を降りるとそこは予想どおり、器具や薬品が並べられた実験室だった。ムーザッパはただ一つの目的のもの、エリクサーを探し始める。


「これ……だな」


 他の薬品と同じように並べられているが、間違いない。そのガラス容器と液体の輝きはまさしく以前にルタオンに見せてもらったエリクサーのものだった。甲冑戦士が飲んだからか、少し減っているようだ。


 ……ここでエリクサーの分析をしているのか。だが、俺が見つけたからには……。


 ムーザッパにはひとつの企みがあった。エリクサーをタイラン軍の人間に飲ませるわけにはいかないという名目の他に、もう一つ。これであの憎き甲冑戦士と互角に戦う力が手に入る、という。

 興奮で手が震える。しかし彼は蓋を開け、思い切って中身を一口飲みこんだ。数秒間は何も起こらなかい。だが。


 ぶわっ。


 ムーザッパの体の中からそんな音が聞こえたような気がした。体中が火照り、すべての筋肉が脈動する。はじめムーザッパはその現象に耐えられず倒れこんだが、やがて慣れてくるにつれそれが快感となった。

 そしてそれらが収まった時にはムーザッパは自分が生まれ変わったことを悟った。地下室の石壁に向かってパンチをする。壁が奥にめりこんだ。


 これなら、勝てる。あいつに。もはや計略などいらない。


 ムーザッパは塔を出ると再び魔道研究所に向かう。実験室を守っていた一般兵や魔道士の攻撃などムーザッパはまったく意にも介す必要も無い。ひと殴りすれば敵はあっさり倒れてしまう。ムーザッパは片っ端から怪しい部屋を調べまわった。

 やがて彼はついに目的の部屋へ到着する。ドアにはカギがかかっていたがそれは力づくで破壊する。その部屋には二つのベッドが置かれていた。といっても休眠をとるためのものではなく、あくまで魔道の人体実験をするための台だ。


 いた……!


 そこにはムーザッパの愛するウェアリン王国王女エレンと、彼女のパートナー、勇者アルゴが目を閉じて横たわっていた。二人ともベッドに括り付けられた金属のわっかに手足を拘束されている。

 ムーザッパはエレンに近づくと金属のわっかを力ずくでねじ切ろうとしたがそれはうまくいかなかった。魔法的な力が働いているのかもしれない。しかし、ベッドの横に付けられたボタンを押すとそれはあっさりはずれる。ムーザッパはエレンを抱き起こし軽く揺すった。

 エレンはうめき、ゆるゆると目を覚ます。一瞬彼女は警戒の為に体を固くしたが、ムーザッパのことをかすかに覚えていたのか眉をひそめた。


「あなたは……?」

「エレン様、私はウェアリン国のムーザッパという者です。あなたを助けにきた者です」

「ああ」


 エレンは思い出した。そうだ、あの時私を助けようとした人……。


「早くここから逃げ出しましょう」


 ムーザッパはエレンと同様にアルゴの拘束もはずし、3人の脱出の準備が整った。勇者ふたりは体に力が入らなくて少しふらふらしているようだった。

 その時、部屋に黒い甲冑戦士が入ってきた。


「貴様か! 侵入者というのは! むっ」


 甲冑戦士は勇者達が拘束を解かれているのを見て短くうなった。


「なめた真似をしおって……死ねっ!!」


 甲冑戦士はムーザッパに殴りかかる。ムーザッパは力を込めた腕でそれを何とか受けとめた。


「な……まさか、貴様!」

「お前と同じだ! 俺もエリクサーを飲んだんだ」

「くそっ」

「お前らの好きにさせるものか。精霊戦士を誕生などさせないぞ」

「何……!? くくく、ははは」

「何がおかしい!」

「馬鹿め。勇者らが眠っている間にとっくに精霊の力は抽出させてもらっているわ!」

「何だと!」

「もう、精霊戦士は誕生している。あとは目覚めを待つばかりよ。ハハハ…」


 まるでその笑い声が合図だったかのように部屋の下のほうから大きな咆哮が聞こえた。甲冑戦士は笑いながら部屋の奥のドアを開けた。そこは下に降りる階段だった。そして今その階段を上ってくる足音が響いてきた。一歩ごとに小さな地震が起きている。


「聞いたか、今の声を。そして今階段を上ってくる音を。真の精霊戦士第1号、タイラン国王アルベル陛下が参られるぞ!」

「そんな!」

「王自ら精霊戦士になったというのか!」


 勇者二人はムーザッパ以上に動揺していた。


「逃げるぞ、みんな!」


 アルゴが声を掛けるが、彼はあっさりと甲冑戦士につかまって、転ばされてしまった。


「ふふふ……あなたがた勇者は精霊の力を抽出された影響でまだ体の自由が利かないはず。私の敵ではありません」

「だが、俺がいる!!」


 ムーザッパは今こそ自分が勇者になるときだと感じた。


「逃げて下さい! 私はここでこいつを食い止め……」


 ムーザッパはみなまで言うことができなかった。動物的本能が根源的な恐怖を感じた。すべての四大元素の精霊の力を手に入れた真の精霊戦士、タイラン王が登場した。その背格好は大柄な人間とさして変わらない。だが、ある程度武術に長けたものなら彼から発せられるオーラがただ者ではないことは判る。


 まるで魔物だ。


「おお、陛下!! ついに力を手に入れられたのですね! さあ、その力をさっそくお示し下さい!」


 タイラン王はニヤリと笑うとその甲冑のエリクサー戦士の腕をぐいと掴んだ。鈍い音を立て、手甲ごとその腕がつぶれた。


「う、うわわーっ、陛下、な、何を!」


 叫ぶ甲冑戦士の頭上からタイラン王は腕をぶんと振り下ろした。

 ぽん、と甲冑戦士の首がもげ、下に落ちた。エレンが押し殺した悲鳴を上げる。タイラン王は人の心を失っていた。自分の力を試したくてしょうがない様子だ。もはや彼にとって人間は虫けらのような存在にしか見えなかった。


「真の精霊戦士の力がこれほどまでとは! これは、これは……!」


 絶望的な思いにとらわれつつもアルゴはふらつく体に必死で気力をこめ、精霊の力を開放しはじめた。エレンも同様にする。


「ふふふ……勇者の力……余に見せてもらおうか」


 二人の体が光りだすがタイラン王は余裕の笑みを浮かべる。勇者の力が最大になるのを敢えて待っているのだ。

 タイラン王は彼らを攻撃しない代わり、天井に向かって手のひらからまばゆく輝く光線を放った。

 ズン、と音がしたかと思うと天井にきれいな穴があき、そこから太陽の光が差込んでタイラン王を照らす。その間にあった障壁はすべて消滅したらしい。タイラン王の力のパフォーマンスだった。彼は気味の悪い微笑を見せた。

 そしてアルゴとエレンの精霊パワーが最大になった時だった。

 タイラン王の目が細められた。

 彼の指先から虹色の光線が発せられアルゴの体を貫いた。アルゴは死んだ。

 再びタイラン王はエレンに向かって同じ光線を発した。咄嗟にムーザッパは彼女を庇ったが全く無駄な行為だった。ムーザッパを貫いた光でも、エレンを殺傷するのに充分な力があった。ムーザッパは死んだ。エレンも死んだ。


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