↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/18

南郷財閥のお屋敷に居候

 南郷家のお屋敷は英子の実家からは車で1時間少し過ぎたくらいのところにあった。郊外にあるため周囲にはのどかな自然がまだ残っている。ずいぶん遠くだと思っていたのだが予想していたよりは早く到着した。車が多く通る幹線道路から一つ路地に入ると交通量の少ない舗装された広い道路が一本通っていた。民家は少なく庭園を思わせるような並木道が続く。その道沿いに広大な敷地を擁する土塀が連なる。塀に沿ってしばらく行くと、ひときわ大きな門が見えた。門の前まで来ると壁越しに美しい瓦が整然と敷き詰められた広い屋根が見える。格式高く伝統的な日本の建築様式を取り入れつつ、洋風の要素も見受けられた建物が佇むその広大な敷地に圧倒された。

 南郷財閥は総帥である南郷隆夫の元、自ら院長を務める病院の経営をはじめ貿易会社の運営、流通業、造船業と多岐にわたって事業を展開していた。太平洋戦争の機運が高まっていた時分でもあり、南郷財閥は軍事物資の輸送をも手掛けつつ、また戦時医療の先駆けとして国防に貢献していた。国内における戦時医療と軍需産業においてその名を轟かせていたのである。南郷家の家族は父隆夫、母多江、そして隆之の三人家族で、使用人は15名ほど仕えている。

 車は広い門を通り長い通路の先にある屋敷の玄関前に止められた。そこには一人の背の高い男性の姿があった。英子の到着を知り南郷家の門を開けて迎えたのは息子の隆之である。笑顔で歩み寄る隆之に英子は内心感謝の気持ちを抱きながらも緊張と不安が交錯した表情を隠すことはできなかった。英子は礼儀正しく頭を下げながら挨拶する。

 「先日は父の葬儀にいらしていただきありがとうございました。今日からお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」

 「英子さん、お待ちしていました。英子さんのご自宅まで迎えに行きたかったのですが、仕事が立て込んでいたため、お迎えに行けずに失礼しました。こちらこそどうぞよろしく」

 隆之は南郷財閥グループの病院に勤務している。英子は緊張と不安が混じり合い硬くなっていたのだが、笑顔で挨拶をする隆之の表情を見て少しほっとした。隆之が英子の荷物を持とうとして手を差し伸べる。

 「英子さん、部屋へ案内します。荷物をお持ちしましょう」

 「いえ、結構です。自分で持ちます」

 英子は思わず持っていたカバンを自分の後ろに引いた。英子にとって隆之は自分の知る世界の人ではない。雲の上の存在と言っても過言ではない地位にある方だ。しかし当の隆之は身分に関係なく分け隔てない紳士的な振る舞いをしてくれる。隆之の好意に心が温かくなる英子なのだが、隆之の申し出を丁重に断り、自分の荷物は自分で持つことにした。

 隆之は小さくうなずき、英子を屋敷のなかに招いた。家の中は外から見た以上に豪華な印象があった。広い玄関と広い廊下、所どころに置かれた調度品がいかにも高級であることが分かる。廊下沿いの壁には大きな絵画がたくさん掛けられており展示場のような趣だ。隆之は廊下をしばらく進んだところの部屋の前で止まった。

 「こちらが英子さんのお部屋です。どうぞ入りください」

 と言いながらドアを開ける隆之。手で促されるまま英子は部屋へと入った。英子のために用意された部屋は、英子が今まで見たこともないような豪華で可憐な広々とした部屋であった。ドアを開け部屋に入る二人。30畳ほどもあろうかという洋室だ。天蓋のついた立派なベッド、大きな窓から太陽の日が差し込み、屋外にでもいるかと錯覚してしまうような明るい空間が広がっている。部屋の奥には大きなクローゼットも備え付けられ、部屋全体に豪華なデザインの装飾が施されていた。隆之が英子に話しかける。

 「この部屋は元は客間で壁紙が少し派手だったのですが、英子さんがこの部屋で落ち着いて過ごせるように模様替えをしてみたんですよ。確か春生まれでしたよね? なので薄い桃色にしてみました。気に入ってくれたらいいのですが……」

 隆之は頭をかきながら少し照れた表情でいる。英子は自分のためにここまで気遣いをしてくれる南郷家に困惑ぎみだ。

 「私には勿体ないくらいの部屋です。お気遣いいただきありがとうございます」

 緊張しながらこたえる英子の表情は硬いままだ。隆之は優しく微笑みかけながら話しかける。

 「自分の家だと思ってゆっくりしてください。必要なものがあれば何でも言ってくださいね」

 隆之はそう言い残し部屋を出て行った。部屋のドアが閉まる音を聞いた英子は持ってきた一つのカバンを部屋の脇に置く。広い部屋の端っこにポツンと佇むと、ふっと小さくため息をついた。どことなく落ち着かない。部屋の広さに圧倒されながらも様々な感情が入り混じっている。広く豪華な部屋を眺めながら、この家で新しい生活を送ることが信じられないでいた。しばらくすると部屋のドアをノックする音がした。ドアを開けてみると一人の女性が立っていた。エプロン姿でメイドの格好をしているが恰幅がよくて堂々とした雰囲気だ。

 「はじめまして、南郷家で使用人長を務めさせていただいている渡瀬トメと申します」

 落ち着いた身のこなしに年恰好はずいぶんと年配のように見えるが40歳手前だろうか。丁寧にお辞儀をしながらも英子を見定めているようだ。

 「二階堂英子と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 緊張しながら英子も深々と頭を下げる。

 「隆之様よりお申し付けられました。英子様にお屋敷の案内と南郷家の慣習についてご説明に上がりました」

 「は、はい。よろしくお願いいたします」

 「お疲れになっていませんか?」

 「はい」

 英子は渡瀬の無表情ながらも凛とした佇まいに圧倒され、さらに緊張感が増した。

 「そうしましたら、当屋敷をご案内いたしますので、わたくしについておいで下さいませ」

 渡瀬は軽く顎を上げて体を翻し、英子を通路へと案内した。やはり広い家だ。廊下が学校の渡り廊下のように長い。部屋は一体何部屋あるのだろうか? 英子は南郷家の屋敷に慣れようと気持ちを落ち着かせるのだが、間取りを覚えるだけでも時間がかかりそうだ。まず御手洗の場所を教えてもらい、洗面所の使い方、お風呂の入り方の手順、その他もろもろの南郷家の生活の習慣について説明してもらった。朝食の時間は朝七時で、使用人が先に簡単な食事を済ませた後、南郷ご家族がダイニングに集まってくる。料理は執事の藤原が指揮をとり、屋敷内で栽培している様々な種類の野菜をふんだんに使った四季折々の料理が提供される。

 隆夫と隆之が出勤した後、使用人たちは各々分担された屋敷の作業にとりかかる。屋敷内では清潔さが重要視され、使用人たちは日々の家事や清掃に励んでいる。妻の多江は隆夫の仕事の手伝いで外出する日があるが、屋敷にいるときは書斎にこもっていることが多い。時々親交のある旧家の友人を招いてお茶会や音楽鑑賞会を開いたりしている。催しのある日はケーキなどのデザートが使用人たちにもふるまわれるので、使用人たちの楽しみの一つとなっている。夕食はできるだけ家族全員で摂るようにしている。

 英子は部屋に戻り荷物の整理をした。荷物と言ってもカバン一つしかないのでさほど時間はかからなかった。部屋の隅にある勉強机の上に簡単な私物を並べ椅子に座った。キャスター付きの椅子だ。座面には適度な柔らかさのクッションがしつらえてあり座り心地がよかった。実家では四畳ほどの畳部屋に姉の美津子が使用していた古い小さい机に正座して勉強していた習慣であったため、英子は椅子ひとつにも感動した。ふと外に目をやると日が傾いている。夕焼けが空を染め、窓から見える庭園にオレンジやピンクの色彩が広がり始めると同時に、周囲の景色が一層美しく映し出された。遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。今頃実家では、子供たちは今朝の別れの寂しさは忘れてしまい、お腹を空かせて託児所から帰ってくる頃だ。すでにホームシックになる英子であった。その時ドアをノックする音が聞こえた。

 「英子さん、ご夕食のお時間でございます」

 使用人の渡瀬だ。「はい」と短く返事をして英子は部屋から出た。渡瀬の後をついてダイニングに行くと、テーブルには隆之が座っていた。天井が高くて広々としたダイニングの壁際には大きい暖炉がある。焦げたレンガの風合いが部屋全体の重厚さを演出し、高い鉄台の上で丸太の木が小さな炎を上げ、乾いた音をはぜている。また、部屋の中央に置かれたテーブルの大きさに驚かされた。優に20人は座れるであろうかと思われる長さで、まるでおとぎ話に出てくるようなテーブルだ。壁際の棚には様々な外国から取り寄せたと思われる豪華な彫刻や装飾品が飾られている。ステンドグラスの窓からこぼれる柔らかい日の光に照らされて、金色に輝く燭台がクジャクの尾っぽのように広がり、その輝きが部屋に華やかさを与えていた。そして目の前のテーブルの上には銀製の煌びやかな食器が並ぶ。せわしなく視線をキョロキョロと動かし落ち着かない英子に向かって隆之がにこりと笑い、自分の隣に座るようにと促す。

 「英子さん、こちらへお座りください。そんなに硬くならずとも大丈夫ですよ」

 英子はさらに緊張しながら隆之の隣に座った。隆之はダイニングに飾られた調度品について簡単に説明する。父の経営する貿易会社を通じて手に入れたものがほとんどだそうだ。オランダやスペイン、ポルトガルから輸入した品が多いとのことで、たくさんありすぎて置き場に困っているのは本心のようである。しばらくして隆夫と多江がやってきた。英子は椅子から腰を上げ姿勢を正してお辞儀をした。隆夫が英子に話しかける。

 「やあ、英子さん、よく来てくれたね。ご挨拶が遅れて申し訳ない。先ほど仕事から帰ってきたばかりでしてな。こちらは妻の多江です。多江が英子さんと会ったのはずいぶん前だったかな」

 隆夫が上機嫌で英子に挨拶してテーブルの一番端に座った。多江が話しかける。

 「英子さん、この度はお父様の突然のご不幸、ご愁傷様です。立派なお嬢さんになられましたね」

 多江はどことなく浮かない表情に見える。挨拶もそこそこに英子をちらっと見ると隆夫の隣に腰をおろした。

 食事が運ばれてきた。使用人の渡瀬が隆夫の席に料理を置くと、その後に続いて三人の使用人が多江と隆之、そして英子のテーブルへと料理を運ぶ。執事の藤原はホールで料理の仕上がりを確認している。晩餐の準備が整ったところで隆夫が姿勢を正して両手を合わせる。

 「準備も整ったようだ。それでは、いただきます」

 「いただきます」

 皆が隆夫に習い両手を合わせる。テーブルの上にナイフとフォークが置いてあった。英子は慣れない作法に戸惑って手を付けかねている。その様子を見ていた隆之が渡瀬に声をかけた。

 「渡瀬さん、お箸を二膳持ってきていただけますか」

 「承知いたしました」

 渡瀬は軽くお辞儀をしてホールへと行きお箸を持ってきた。隆之はお箸を手に取ると一つを英子に渡す。隆之はナイフとフォークをテーブルのわきに置き、箸で料理を食べだした。

 「うん、箸で食べるのもおいしいね。英子さんもよかったら箸で食べてみてください」

 英子は小さくうなずき料理に手を付けた。少しほっとした表情を見せる英子。そんな英子を見てほほ笑む隆之であった。英子は少し緊張がほぐれたようだ。しかし、その様子を見ていた多江は不満げな表情を浮かべる。英子が南郷家に住むことをあまりよく思っていないのだ。食事も終わり藤原が淹れたコーヒーを飲んでいると隆之が声をかけてきた。

 「明日から学校ですね。私は英子さんの学校に隣接している大学病院で勤務しています。一緒に車で行きましょう」

 「明日は初日ではありますが、授業の準備を早めにしたく、自転車をお借りして一人で登校するつもりでおります」

 「わたしも実習の手伝いがあり、時間が早い分には都合がいいです。一緒にまいりましょう」

 戸惑う英子。英子は身分の格差や居候させてもらっている立場から、なるべく南郷家に面倒をかけないように過ごすつもりでいた。しかし南郷ご家族の前で隆之の好意を断ることができず、承諾することにした。


「面白かった!」

「続きが気になる!」

「今後どうなるの?」

と思ったら

下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援を応援をお願いいたします。

面白かったら星5つ、詰まらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!

ブックマークもいただけると、本当にうれしいです!


なにとぞよろしくお願いいたします。m(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。