「どうして?」
久しぶりの投稿です、よろしくお願いいたします。
どうしてこうなってしまったんだろう……
「次はヒロシマ――ヒロシマ――」
新幹線の車内アナウンスが次の停車駅を告げた。
そろそろ降りる支度を始めなくてはいけない――車窓に写る景色は私の気持ちを置いてあっと言う間に流れていく。
ドンとういう音と共に新幹線がトンネルに入った――色を失った窓に私が映った、ボサボサの髪の毛、酷い隈に光の無い目、暗闇に浮かんだ姿は眼球が抜け落ちた幽鬼の様だった。
トンネルを抜けるまで私は私から目をそらすことが出来なかった。
不意に疲れを感じた私は目を閉じシートに身を預けていたが、間もなくとアナウンス流れ、慌てて降車の準備を整えた。
あの時と同じ、小さなピンクのキャリーバックにパンパンに膨れたリュック持って降車口に向かう――心の準備は未だに出来ていなかった。
降り立った故郷の駅は様変わりし、私の知っている温かな空気は無く、逃げるように出てきた東京を思い出させた。
「綺麗な駅……」
この世界に自分の居場所はもうなくなってしまったのかもしれない――自分だけ色あせたような感覚になりながら賑わう人だかりを通り過ぎ改札に向かった。
改札前には母が待ってくれていた、五年ぶりに会う母は私の知っている姿より少し老けてはいたが私を送り出してくれた時と同じように笑顔で迎えてくれた。
「元気しとった」
「うん」
母の目を真っすぐ見ることが出来なかった、勝手に夢を見て、勝手に上京して、勝手に帰って来た……母は私のことをどう思っているだろう。
母と共に駅の駐車場に向かう……真っ白な床の両側には私がいた頃には無かったおしゃれなお店が並んでいる。そこには私とは違って可愛い服に身を包んだ女の子達沢山いた。
「……本当に東京みたい」
「ん?」
「なんでもない」
今、私がしているであろう顔を母にあまり見られたくなかった。
母の運転する車は新しい匂いがした、助手席で居心地の悪さだけを感じていたが、実家に向かうにつれて知っている風景になり少し安心した。
母は東京での私について何も聞いては来なかった、ただ――何が食べたいとか、お酒もあるけぇ――と言うだけだった。母の気遣いが分かってあまり愉快な返答が出来なかった。
二〇分程で実家に着いた、狭い車内から出て大きく呼吸をする。実家は変わっていなかった。築は古いが母の行き届いた管理のおかげか小奇麗な家――駐車場横の小さなスペースは父の趣味である家庭菜園――ハーブがいっぱいあってもねぇ――と母が言っていたことを思い出す。
「トマトまだ青いんよ、もう少ししたら食べられるってお父さん言っとったけど」
私の目線に気が付いた母がそう言った。
「そう……あ、キャリーはうちが持つけん」
「広島弁」
「茶化さんといて、恥ずかしい」
「ごめん、ごめん、つい嬉しゅうて」
母はそのままキャリーを持って家の扉を開け入って行った……どうやら鍵をかけて無かったらしい、不用心だと思いもしたがそういえば実家はこうだったとも思う……こんな事でも自分が東京に染まったのかと思ってしまう、未練……なんだろう。
「はよ、入って、犬達が出でしまうけん」
「うん」
玄関から顔を覗かせた母にそう返事をしたものの足が動かなかった。
犬がいることは母から聞いていた、私が東京に行ってから飼いだし年々増えて今は三匹
全て保護犬とのことだ。鳴き声が聞こえなかったので頭から抜けていた
「ずいぶんおとなしいんやね」
「前はもっと吠えよったんやけどね」
「もう老犬なん?」
「いや、まだ四~五歳よ」
「ほうなんや」
昔飼っていた、柴犬の――マル――の事を思い出していた。マルは元々祖父の家にいた犬だったが祖父が施設に入る際に家に来た。その時にはもう老犬でとても大人しかった。散歩も行かずいつも不機嫌そうな顔で横たわっていた。そのマルの犬小屋があった場所にはトマトのプランターが置いてある。
「そこにずっと立っとってもトマトは赤ならんよ」
「わかっとるよ」
私はまだそこにあるような気がする犬小屋の幻影に引かれながらも家に入った。
玄関は特有の獣臭がした。
「中で飼いよるんじゃ」
「ほうよ」
「マルは外やったのに」
「マルは外犬じゃけぇ……じいちゃん家におった時からそうやったじゃろ?」
「そうやったけど……」
「まだ怒っとるん?」
「怒っとらんよ」
本当に怒ってはいないのだが蒸し返されたような気がして言葉に圧が乗ってしまった、図星をつかれたようなばつの悪さがこみあげてきた私は母の上げてくれたキャリーを掴んでそのまま目の前の階段を上り自室に向かった……これ以上話すともっと棘のある言葉を使ってしまいそうだ。
自室は全く変わっていなかった、あの時と同じ匂いがする。埃一つ無いのは母だろう
荷物を置いてベットに崩れ落ちた。視界の端には電子ピアノが見えている。その横には私の青春と恥辱が本棚に並べられている。
ずっと部屋にいる訳にもいかない――私はキャリーを開いてジャージを取り出した
窮屈なジーパンでいるのは限界だった。手早く着替え母のいるリビングに向かった。
廊下の先にあるリビングの扉を開けると母の言っていた犬達がいた――私が入って来ても鳴き声をあげたりはしゃいだりすることはなく、大きなケージの隅で並んで座っていた。
大きめな白い犬、毛の長めな小さい犬と、黒い毛を丸っとさせた黒い犬、どれも雑種
名前はシロにチャにクロと面白みがないが彼らがそんなことを気にすることはない。
私に興味はあるようでこちらを見ては来るが動こうとはしない――大人しいと言うよりも規律の整った軍隊のような気味の悪さを感じた。
母はとても綺麗好きだから、家の中で飼うにあたってかなり重度の躾をしたのかもしれない――そのことに思い当って僅かに怒りを感じた――それはこの子達にとって幸せなことなんだろうかと。
母は奥のキッチンで夕食の準備をしているようだった、文句を言ってやりたくなった
勿論ここは父と母の家で私がどこう言う筋合いは無いのだけれど――幻影に取りつかれた私は止まることなくキッチンの母の元に向かった。
「お母ちゃん」
「ん?」
キッチンに入って、母にそう声をかけた時、キキキと高い音が聞こえたと思ったら、小さな猿――確かリスザルとかいう猿――が母の肩に乗った。
「こらっリュー、危ないじゃろう、包丁持っとんじゃけぇ」
「なにそれ?」
「あ、言っとらんかったね、この子はリュー、一か月前に家の子になったんよ」
母が言うにはこの子も保護されたらしい、飼うのが難しく捨てられてしまったんだろう
保護所でも手を焼いていたところをたまたまボランティア来ていた母が連れ帰ったという話だった。
「物置なっとった部屋あったじゃろう、あそこはもうリューの遊び場よ」
「ほんなんや」
自分の隣の部屋が占拠されているとは夢に思わなかった――リューはとても母に懐いているようで離れようとはしなかった。私には警戒しているのか近づいてこない。真っ黒い目が私を見つめていた。
父が帰って来て、夕飯となった、母は奮発して焼き肉を用意してくれていた。家族三人でホットプレートを囲むのは何時ぶりだろう。お酒を飲むのは初めてだった。母が楽し気に給仕をしてる。
「なんにする?」
「じゃビール貰おうかな」
「はい、お父さんは?」
「私も」
「はいはい」
母が席を立って父と二人になった、気まずさを感じる――東京に出る時に父にちゃんと了承を得ていなかった
「ビール飲むんか」
「うん、東京に出て飲めるようになった」
無口な父に話かけられてビックリした。父は――そうか――言ったきりまた黙ってしまった。
母がキンキンに冷えたグラスとビールの大瓶を持ってきた。
「はい、じゃあアリサから」
「ええん?」
「今日の主役じゃろ」
受けるのに慣れてない私のグラスに母は見事にビールをついでくれた。
「じゃお父さん……」
「お父ちゃんのはうちがつぐ……」
「ほう?ほいじゃ」
母が大瓶を渡してくれた、それを見て父は黙ってグラスを差し出した、妙に緊張して上手くつぐことが出来なった。
「うち、下手じゃね、お母さん上手じゃわ」
「こんなもん慣れやけぇ……お母さんにもついでくれる?」
「うん……お母ちゃんも飲むん?」
「今日は特別じゃけぇ」
まだ慣れそうには無かったが母についだビールの方が上手くいった。
「じゃ乾杯」
母の音頭で三人でビールに口をつけた
「お父さん、美味しいね」
「うん……うまい」
お酒に強い父の耳が赤くなっていた、たぶん私もなっているだろう、本当に美味しいビールだった。
久しぶりの家族での食事は楽しかった、たわいもない会話、母はずっと上機嫌だし、父もお酒が進むにつれてぽつぽつと話してくれる――初めて見る両親の一面に驚きと、私を受け入れてくれている温かさでいっぱいだった。
食事も一段落したころ二階から大きな物音がした。
「リューちゃんかな?あの子やんちゃじゃけぇ」
そういって母はバタバタと二階に向かった。
「凄いね」
「母さんメロメロでな、俺の事なんて二の次、三の次よ」
「ほうなんや……まだ犬はダメなん?」
「そうだな」
「怖ないよ……ほら」
「おい」
私は父の手を引っ張って犬達の元に向かった、三匹とも仲良くケージの中でくつろいでいる。父を連れだってケージの中に入り、渋る父をしゃがませた。
「上から急に手を出したらあかんよ、怖がるかもしれんけぇ……こうやって下から」
「うん」
父と一緒に差し出した手を一番大きい白い犬が舐めた
「ほら、嚙まんじゃろ?」
「ほうやな」
「かわいい子らやね……」
私は我慢出来ず、かったぱしから撫でた、三匹ともすぐに慣れてくれたのか腹を出して嬉しそうにしていた。
「アリサは本当に好かれるな」
「ん?」
「マル時も、アリサだけ好かれとった」
「ほうやったね」
「母さん、嫉妬しとったぞ」
「ほうなん?」
「なんでアリサだけって」
「あれはお母ちゃんも悪い」
「ほうか」
「明日、一緒にこの子らの散歩行かん?」
「え?」
「どうせ行ったことないんやろ?」
「ほうやな……」
「決まり」
明日は父にリードを付けさせよう、恐る恐る犬を撫でる父を見ながらそう思った。
「ほいじゃ、今日はもう寝るよ、バタバタして疲れたし」
「ほうか」
「おやすみ」
「おやすみ……アリサ」
「ん?」
「頑張ったな」
「うん……ありがとう」
自室に戻ってベットに横たわる――歯磨きしてないなと思いつつも眠気に抗えずそのまま寝てしまった――久しぶりにぐっすり眠ることが出来た。
翌日、約束通り父と犬の散歩に出かけた。散歩はとても楽しかった、はしゃぐ犬達に引っ張られてよろける父に声を出して笑った。明日からも毎日行こうねと言った時の父の顔が忘れられない。
ゆっくりと日々が過ぎて行った、家族でご飯を食べ、犬達と過ごすうちに冷え切っていた心が温まっていくのが分かった。ずっと脆い断崖の上に立っている気分だったが、今は足元に確かな感触がある。
不思議な気分だった、こんなところに居たらダメになると思って飛び出した故郷が、東京でダメになった私に息の仕方を教えてくれる。東京で受けた苦しみが私にこの温かさを気付かせる為だったというのであれば、それも悪く無かったのかと思えるようになっていた。
こちらでの日々に慣れた私は近くのスーパーでバイトを始めた、母は――そんな急いで働かんでも――と言っていたが私はもっと早く働きたかったぐらいだ。帰って来る時に散々迷惑をかけたのだ、これ以上両親に迷惑をかけたくなかった。
実家に帰ってから一か月が経とうとしていた。この日初めて母と犬達の散歩に出かけた。
「お父ちゃん大丈夫かな?」
「心配せんでええよ、ちょっと痛めただけじゃけぇ」
父は腰を痛めていた、私が毎日、散歩に連れ出したから無理が出てしまったようだ。
「あの人、張り切ってスポーツウェアまで買うたんよ」
「ほうなん?」
「嬉しいんよ」
それを聞いて私も嬉しくなったが、結局私の所為で腰を痛めたことに変わりは無く後ろめたさを感じた。
「普段から運動せんし、あんな靴履いとるからそうなるんよ」
「あれはお母ちゃんがあげたやつやろ?」
「ほうじゃけど、もうボロよ、穴も空いとるし、あんな直し方して、もう靴なんかガムテープなんかわからんよ」
「嬉しいんよ」
「うちは恥ずかしいよ、隣歩けんもん」
母があまりにきっぱり言い切るものだから笑ってしまった、バイト代が入ったら父に新しい運動靴を贈ろうかな――未来の母が二個になったガムテープでぐるぐる巻きの靴に文句を言っている姿が思い浮かんだ。
「この子らほんまに直ぐ慣れたね」
「こんなもんやない?」
「あんたがおかしいんよ、ほら、宮島行った時」
「それ何回も聞いたよ、耳にタコが出来るぐらい」
「あんた凄かったんよ、島中の鹿連れまわしとった」
「大袈裟な」
「島の人が言っとったんよ、こんなん見たこといって、神の子かもしらんねぇって」
「それほんまに恥ずかしぃけぇ止めて」
母の話を聞いて、きっとその日からだったんだと思った、自分が特別だと勘違いしたのは
「ええことやない、動物に好かれるんは」
「ほうやね……リューには好かれてないみたいじゃけど」
「あの子、ビビりじゃけぇね、そのうち飛びついてくるようになるよ」
そうなれればと思いもしたが、なぜか嬉しい気持ちにはなれなかった。
その日の夜、自分の部屋で寝ていると足元に違和感を感じた、小さな生き物がベットの上に乗ったという感覚……それは次第に私の顔の方に近づいてくる……一歩ずつ一歩ずつ……顔の目の前で止まったそれを私は見た……そこには眼球の無くなったリューが立っていた、私は動くことも声を出すことも出来ない、真っ黒につぶれた眼底の奥が見えそうになった時、私は夢の中から解放された――身体は冷たい汗でぐっしょり濡れている。時間を見るとまだ夜中の三時前だった。隣の部屋からはキキキという高い鳴き声と物を倒す音が聞こえてくる。
またかと思った、こんなことが何度かある、もう少ししたら母がリューの部屋にかけ込むだろう――今日は特にうるさかった。動物だから仕方ないと思うが、久々に見た悪夢の所為もあり良い気分になれない、それに母の過保護にもイラつく自分がいた。母はきっとこの後リューと毛布に包まり一緒に寝るのだろう――私はマルと最後の日ですら寝させてはくれなかったのに――私はもう眠ることが出来なった、眠っている間に大切なものが失われる、私は心の空洞がこれ以上広がらないように身体を抱えて朝を待った。
「アリサーご飯出来とるよ」
扉の前から母の声が聞こえ顔をあげた、ベットに置いてある時計は朝の九時指していた。
「今行く」
重たい身体を何とか動かして階段を降り、リビングに向かった、リビングに入るとお味噌汁の良い香りがした、母が温めなおしてくれているようだ。
椅子に座ると、母が朝食を運んでくれた、母も食べるらしく二人分だった。給仕を終えた母が目の前に座った。
「あんた、顔色悪いけど大丈夫?」
「……大丈夫……ちょっと寝れんかっただけ」
「夜うるさかったじゃろ、ゴメンね」
「まぁ……そうね」
「何でか暖房が切れとってね、それの所為じゃと思う、寒がりじゃけぇね、可哀そうに震えとった」
私は手を付けようとしていた、味噌汁をテーブルに置いた。
「マルも震えとったよ」
「え?」
「あの日、マルも震えとった」
「……」
「……ごちそうさま」
私は殆ど手をつけなかった朝食を置いて自室に戻った――扉を強く閉めたことに反応したのか隣でリューが騒ぎ始めた――壁を殴りたい衝動に駆られたが思い直し、まだ時間は早かったが着替えてバイトに向かった。
バイトを終えて帰宅する時には苛立ちよりも罪悪感が勝っていた――どうしてあんな態度をとってしまったんだろう――あの日、マルから引き離されたのも母が私の体調を心配してのことだと納得していたはずなのに――母に会ったら今朝の事を謝ろうと家の扉を開けた。
「シロなにしとん!」
玄関で靴を脱いでいると母の怒鳴り声が聞こえた、何事かと思って声の聞こえたリビングに向かった
母は犬達がいるケージの前にいた、ケージの中はぐちゃぐちゃになった紙片が散らばっている。どうやら犬達がやったらしい、それを母が叱りつけていた――散らばった紙には見覚えがあった、私の青春と恥辱が書き連ねられた歌詞ノートだった。
「こん子達はホンマに」
母が手をあげようとケージの中に入ったので慌てて止めた
「叩かんといて」
私に気が付いた母は今にも泣きそうな悲痛な顔をしていた。
「アリサ……ゴメン」
「どおしたん?」
「私が悪いんよ……」
母は散らばった紙片を集めながら自分が悪いと繰り返した、母のあまりの狼狽ように私の動揺まで大きくなった
「なんでお母ちゃんが悪いん?」
「私が………寝てしまったから……」
母の言葉は要領を得なかったが、どうやら私が出かけた後に私に部屋に入って私が書いた歌詞ノートを読んでいたがそのままそこで寝てしまったらしい、目を覚ました時に手元にノートが無く慌てて探したところこの惨状だったという
「ごめんね……ごめん」
「お母ちゃん大丈夫じゃけぇ、そんな謝らんでいいよ」
「でも、これはあんたの大切な……」
「別にいいんよ」
本当にそう思っていた、母と一緒に集めたノートだった物は確かにあの頃の私の全てだったかもしれない、でも今は違う、ビリビリに破いてくれてすっきりしたぐらいだ。犯行に及んだ犬達は、反省を顔に貼り付け神妙にしている、三匹共、モフモフの刑に処することにした。
母はまだその紙片が自分の罪悪の塊であるかのように見つめたまま動かなかった。
「何で読んでたんよ」
「ごめん」
「また謝る」
「……お母ちゃん、あんたが書く歌詞好きなんよ」
「ほうなん?初めて聞いた」
「初めて言った」
「……全部読んだん?」
「うん」
「恥ずかしい」
「みんなええ歌詞よ」
「私が当時思ったこと丸々書いとるんよ、恋愛とか……悪口とか……」
「真っ直ぐで、気持ちの伝わるちょっと無い歌詞よ」
「親バカじゃろ」
「ほうかもね」
「そこは違うって言ってよ」
「親バカじゃない……あんたには才能がある」
「全然売れんかったよ」
「歌が下手じゃけんね」
「それ今言う?」
「ごめん」
「ええよ、本当のことやし」
私はそう言って、モフモフ刑から犬達を開放し、ゴミ箱を取りに行った。
「捨てるん?」
「うん」
「これね……マルのことを書いた歌詞が載ってたやつなんよ」
「ほうなんや」
マルのことを書いたのは三冊目だったと思う
「その歌詞がお母ちゃん一番好きだったんよ」
「あれ半分はお母ちゃんへの悪口よ」
「うん……だから刺さったぁ」
「ごめん」
「ええんよ、本当のことじゃけぇ」
「そう」
恥ずかしを感じた私は、ごまかすようにごそっと紙片を手ですくってゴミ箱に入れた
私はチラチラと落ちていく紙片を見ながらその中にいるあの時の私に――良かったね、届けられてたよ――と言葉を贈った。
翌日、私は母と父の靴を買いに商店街へ出かけた。商店街は平日にもかかわらず賑わっていた、店構えが変わっている店舗もあったが変わらない雰囲気がそこにはあった。
父の靴はものの十分ほどで選び終わったので喫茶店や雑貨屋を母と廻った。母親と友達の様に遊ぶ人達のことを不思議に思っていたが、今日その気持ちが少し分った気がした。
母の希望で最後に本屋に行った、そういえばあんなに好きだった本を最近、読んでいなかったと思い、私も何か一冊選ぼうと母と別れて店内を巡った。小さな店内には文房具のコーナーがあった。ふとそこに置いてあるノートに目が止まった。それは私のお気に入りの犬のキャラクターがあしらってあるノート、私が歌詞書く時に使っていたものだった。
「買うん?」
お目当ての本を手に持った母が話しかけてきた。一瞬迷ったが私はそのノートを手に取った。
以前から気になっていた文庫本とノートを手に家路についた、歌詞……はまだとしても、時実家に戻ってからのこと、今日のこと、本の感想なんか書いてみようかな
「コーヒー淹れるけど飲む?」
家に車を停めた時、母が私にそう聞いて来た、母はよくコーヒーを飲みながら読書をする、先ほど買ったさっそく読むつもりなのだろう
「私淹れるよ、私も買った本読みたいし」
「ほう?ありがとう」
母の返事を聞きながらリビングに向かった、リビングの扉を開けるとシロが私に向かって飛び込んで来た、思わず抱き留めたシロは異常なまでに震えていた。何かに恐怖しているようだった、あの時、自分の死を自覚したマルも震えていたがここまでではなかった。
リビングに目を向けると、異様なまでに散らかっていて他の犬達も、開いているケージの隅でシロ同様に震えていた。半狂乱に陥っているシロの右の後ろ足が赤く染まっていた。
「お母ちゃん、シロ怪我しとる」
私がそう母に言った時、ダイニングテーブルにトンと何かが乗った音がした。
「リューなんでここに」
それはリューだった、母が驚くのも分かる、私達が出かける際に確かにリューを二階の檻に入れて来たのだ――リューは嬉しそうな表情で母を見つめている、その顔が私は不気味だった……これはリューがやったのだろうか、困惑する母にまるで良い事でもしたかの様にリューは甘い声を出す。
リューは褒めてもらいたいのだ……そう思い至った時、自分の中にあった疑惑の種が一気に発芽するのを感じた。
変だと思っていた、若い犬達の軍隊の様に統率された雰囲気や――特にそれはリューがいる時に顕著だった――二階で寝てしまった母の手にあった筈のノートが一階でぐちゃぐちゃになっていた事……リューだったのだ、犬達に恐怖を与え支配していたのは、自ら檻を出て自由にこの家を闊歩しながら――リューからすれば私は新しい奴隷、もしくは敵のようなものなのだろう、愛する母を奪う敵
一向に褒めてくれない母に何かを思いたったようなしぐさをしたリューは次の瞬間、机から一足飛びにシロを抱えた私の前に来た、襲われると思ったがリューはその底の見えない真っ黒な目でしばし観察するような間を取った、私のない交ぜになった恐怖と困惑がピークに達した時、リューは怪我をしているシロの後ろ足を掴んだ。
シロは悲痛な声を上げた、私はあまりの事に身が固まってシロを離してやれなった、これはリューからの警告だ……逆らえばどうなるかを私に見せているんだ。
「リュー!」
母の一喝でリューは手を放した、リューは何故怒られたのか分からない様子だった。頭に手を回しせわしなく動かしている、考えているのだ。その手がピタッと止まりリューは再度私達を見た、その時のリューの目を私は生涯忘れることはないだろう、怒りと殺意に満ちた目、私はこの群にとって、何より母にとって害悪だとリューにみなされた。
リューは私に飛びかかり髪を掴んできた、もの凄い力で引き剥がせない、痛みと共にブチブチと髪の毛の千切れる音が聞こえる。どうにも出来ずそのままソファーに倒れ込んだ私にリューが噛みつこうとした瞬間、母が近くにあったブランケットでリューを絡め取った。
母はそのままリューを犬用のキャリーバックに放り込んだ、それを見た私は玄関に走ってガムテープを掴んでリビングに戻った、私の意図を組んだ母と一緒にリューの入っているキャリーバックにガムテープを巻きつける、私達がその作業を始めた直後にリューはブランケットから抜け出した。
必死の母は気が付いていなかったが――網越しのリューは確かに母を見ながら
「どうして?」
と一言呟いた……。
自身が見た夢を膨らませて、短編にしました。リスザルはとても賢く可愛い生き物だと思っております。あくまでフィクションとして楽しんでいただければ幸いです。




