2.ハクセキレイ
これももう何年前だかわからない、大分昔の話である。
◇
その日、私は関東某所の山の現場に、植物相調査(生育する植物のリストを作る調査)に来ていた。
季節は冬。12月である。
ひどい話でしょ?
こんな時期に植物相調査やったって、ろくな種数は出ないのだが、客先の都合でこの時期にやることになった。まあでも文句を言っても始まらない。でもこういう無茶ぶり、結構あるのである。
常緑のものはとりあえず普通に確認して記録する。落葉性のものは、樹木だったら樹皮や冬芽の形なんかからなんとか同定できないこともない。
問題は草本。それも夏緑性の、冬に葉が枯れるやつだ。運よく枯れ葉が残っていたら拾い、場合によっては水をかけて柔らかくして、掌の上で広げて葉の形を確認する。枯れた茎に実のさやが残っていたりするとこれは結構いい手掛かりになる。そんな感じで何とかわかる範囲で進めてゆく。
◇
で、昼になった。
現場の近くには店なんかないから、弁当やパン等を持参する。
私の今日の昼飯は、自分で作って詰めてきた弁当である。
弁当箱の蓋を開ける。そして食べ始める。
すると、近くに何かがいる気配がする。小さな生き物だ。
あたりを見ると、居た。鳥だ。ハクセキレイ。
ハクセキレイは、水辺なんかで良く見かける、尾の長い白黒まだらみたいな色の小鳥である。
長い尾を上下に振りながら歩く、結構かわいい鳥である。
3mくらい距離をとって、こちらの様子を伺っている。野鳥としては随分間合いが近い。人馴れしているような感じがある。
目が合うと、さっと逃げる。でも飛んでは逃げない。てててっと走って横に逃げる。
でも、また戻ってきて、こちらをじっと見ている。それの繰り返し。
◇
鳥というのは、どうも目を合わせるのが苦手らしい。そりゃそうだ。こっちは大型哺乳類なんだから。油断してると捕食されかねない。だから、近づいてくるときも目を合わせない。鳩なんかが典型だ。ベンチに座ってパンなんかを食べていると鳩が近づいてくるが、真っすぐには近づかない。左右にジグザグに歩きながら、少しずつ間合いを詰めて来る。でも目が合うとさっと視線をはずして横に逃げる。
ハクセキレイの場合はどうか。
ハクセキレイも、基本、目が合うと横方向に逃げる。鳩と違うのは、歩くとき首を振らないことだ。首を振らずにてててててててーっと素早く走って、ぴたりと止まる。それの繰り返し。
でも、それだと弁当との距離はいつまでたっても縮まらない。だから、少しずつ間合いをつめてくる。
横に逃げては立ち止まっていたのが、だんだん立ち止まる頻度が減り、やがて私の周りを円を描くように走り回りはじめる。
「べんとうくれ。べんとうくれ。べんとうくれ。べんとうくれ。べんとうくれ……………」
(多分)心の中でそう言いながら、私の周りを止まらずに走り回る。
催眠術でもかけるつもりか。
でも、犬猫みたいな至近距離までは絶対に近づいてこないのである。
◇
仕方がないので、弁当を分けてやる。
本当は野鳥に餌なんかやってはいけないのだが。
取り敢えず、ご飯粒の塊を投げてやる。
ぱぱっと飛んで拾いに行く。こういう時は飛ぶんかい。
で、またぐるぐると走り回る。
「べんとうくれ。べんとうくれ。べんとうくれ。べんとうくれ。べんとうくれ……………」
◇
しかし、なんかこいつ、弁当もらうのに随分慣れている感じがする。
周りに人家はほとんどないから、土木や林業関係の人達から弁当をもらっているのだろうか。
やがて、満足するまで食べたのか、ハクセキレイは飛び去っていった。
ようやく、落ち着いて弁当が食べられる。




