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鹿と雨宿り

作者: 柊十四郎
掲載日:2025/12/02

山間の道。突如の大雨。1軒のあばら家。


軒先に身を寄せ、濡れたイヤホンを手に取ると視線を感じる。


隅に鹿。

よりによって鹿。

日菜子は身構える。


去年の修学旅行。

鼻先に近づけた鹿せんべい。

そっぽを向く鹿。

一瞬振り返り、鼻を鳴らし日菜子をせせら笑った。


おのれ、鹿。


いつの間にか内野手の守備練習のような体勢になっている。

私は負けない。


鹿がわずかに動く。

「吉田さん?」

喋った。


「大丈夫?」

そんな馬鹿な。鹿だけに。


「うわっ、鹿だ!」


ガラっと戸が開く。


山崎くん?


声が出ない。

野球部の山崎くん。代走の山崎という絶妙な異名の持ち主。


途方に暮れる山崎、中腰の日菜子、鹿が三つ巴の様相を示す。


まジカ…

そんな言葉が頭をよぎる。


沈黙をやぶったのは山崎だった。

「びしょ濡れだよ、中に入ったら?」


「いい!動けないの」


「風邪ひいちゃうよ」

「いいの!」


山崎は何がなにやらわからない。


「タオルとってくるね」

山崎は家の中に消えていく。


見られた。

困惑した山崎くんの顔が浮かぶ。


鹿と見つめあう姿。

しかも中腰。しかもずぶ濡れ。


しかも人の家をあばら家と思うなんて。


頭が鹿だらけになっていると、山崎くんがタオルを手に戻ってきた。

「こんなのシカなかったけど」


シカ…


タオルに顔をうずめる。顔が熱い。


「助かった、ありがと」

顔を上げると鹿の姿はなかった。雨も弱まったようだ。


「行っちゃったね」

「私も、もう、行くね」

タオルを山崎の腕に押し込むと日菜子は走り出した。


霧雨が頬を濡らす。

これは私の心の雨なんだ。


「ちょっと待って!」

山崎の声が聞こえる。


なんなのだ。もう帰りたい。


「待って!」

声はぐんぐんと近づいてくる。

代走の山崎は伊達じゃない。


シカたない。

日菜子は足を止めた。


その時、鹿が山崎くんの脇を駆け抜ける。


戻ってきた。私に会いに?


と、今度は車が猛スピードで迫ってくる。


「危ない!」

二人は同時に叫んだ。


鹿すれすれを車は走り抜ける。


「あぶないっしょが!」

車とすれ違いざまに日菜子は叫んだ。


鹿はそのまま日菜子の脇を通り過ぎる。

見送る日菜子の瞳には優しさがあった。


山崎が追いつく。

「鹿さん危なかったね。」

鹿さん。優しい言葉。


雨はもう上がっていた。

「イヤホン落としてたよ」

手が触れ合う。

夕暮れの光が二人を照らした。


シカし、大変な一日であった。

日菜子はびしょ濡れだったことを思い出し、ブルッと震えた。


「山崎くん」

「ん?」


「ごめん。トイレ貸して」

二人は再び走り出した。

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