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文官令嬢の大きな事件

読んでいただきありがとうございます。

「もう、一体どうなってるのよ!」

エリザベスの怒声と言ってもいいほどの大声に、ミリアは内心でため息を押し殺し、深々と頭を下げた。

アレクサンダーの屋敷に通うようになって半月は経つだろうか。エリザベスの態度は段々と度を越し始めている。苛立ちをぶつけられてもミリアに出来ることは限られているのでどうしようもない。

「申し訳ございません」

「私がここに来てからどれくらいたったと思ってるの? ねえ、どうして城に戻れないの?」

「それは私にもわかりません。おそらく、調整に時間がかかっているのかと……」

「それは聞き飽きたわ! 会えないんだったら私、言ってるわよね。せめて今度のマデラ国とのパレードの話だけでも聞かせてって!」

マデラ国との50周年を記念した今回、臨時の大使に任命されたのは現マデラ王の弟であり、我が国の国王と若い頃に留学先で親しんだ縁あるお方だ。今回は船で着いた彼を港のそばの別荘で国王が待ち、そこから直々に城まで同じ馬車に乗ってパレードをするのだ。マデラ国から我が国への移民も多いため、国の友好を見せることも意義あるイベントである。

「私の話せることはすべてお話しております」

「そんなわけないでしょう? 港から城までどの道をゆくのか、どの場所を通るのか、それすら教えてくれないじゃないの」

エリザベスはわめく。

「パレードのどこで民衆を止め、どこまで民衆を許すの? 警備はどこにつくの? 城についてからの演説の流れは? それぐらいもう決まっているはずでしょう?」

「その通りです、エリザベス様」

ミリアはその怒りに流されないよう努めて冷静な面持ちを崩さない。

「そしてそこまでお分かりならば、すべて極秘事項。口外は禁止されており、私のような下の人間にはギリギリまで秘めておくほどの機密であるということをお分かりのはずです」

「それはわかってるわ。でも私は下の人間じゃないわよね? 王女よ。国王の娘なの。お父様のことを知りたいと言って何が悪いの?」

自分から捨てて出て行ったのに、とこの十数日で何度だって心のなかで首をひねる。エリザベスは性格が悪いとは思ったが、頭が悪いとは思っていなかった。その人が、同じことを問答し続けるのが不可解でしょうがない。

「陛下のことではなくパレードのことを気になさっているようですが」

「それはそうよ! 城に戻れないんだったら、せめてお父様の顔をどこかで見たいわ! こっそり見るために必要なことを聞いているの!」

「でしたら当日、私が良い席をご用意いたします」

「それじゃ遅いのよ!」

遅い、とは何が遅いのだろうか。話がまったく見えてこないことに辟易としてしまう。

「私には機密をお教えする権限も、状況を探る権限もございません。もしお知りになりたいのであれば、アレクサンダー様に直接お尋ねなさってください」

「アレクサンダーなんて話したくもないわ」

吐き捨てるような言い草の元王女。この家に滞在しているのはアレクサンダーの慈悲だろうし、身の回りで着ているドレス、つまんでいる菓子、使ってる食器、どれを取ったって彼の負担だろう。仮に王宮から負担金がでていたとしても、彼の心づくしにこれはない。苛立ちを抑えるためにドレスをぎゅっと握ったが、そんなことに気づく王女ではない。彼女こそ言葉をとがらせていく。

「だいたいあいつは、家に帰ってきても挨拶ひとつするだけで、私に何か声かけるわけでもないし、部屋にすぐこもるのよ」

あ、そんなに親しくしてないのか。一瞬だけ、気が抜けたようにホッとした。

「前からそうだけど、気が利かないし、役に立たないわよね!」

「それはあんまりです!」

気がつけば二人の間にあるテーブルを叩いていた。その勢いで皿に乗っていた菓子が宙に跳ねる。

「あの方は国のために昼夜を問わず働いていらっしゃるんです! エリザベス様のことでも、きっと奔走なさっているのに! それなのに、なぜそんなことが言えるんですか! あまりにひどい!」

エリザベスは突然の剣幕に呆気に取られる。似たような顔をした周囲のメイドは物言いたげに俯く。一呼吸おいてミリアは目を伏せる。

「申し訳ございません」

「いいけれど……驚いたわ。感情的にならない人かと思ってたのに」

「失礼――」

「ねえ、もしかして」

エリザベスは今までの苛立った表情を一変させ、優雅な微笑みを浮かべてミリアの目を覗き込んだ。

「アレクサンダーが好きなの?」

「違います!」

間髪をいれずに答えると、エリザベスはますますニヤニヤと笑い出した。

「そんなに急いで否定するなんて、そうですって言ってるようなものよ? で、どこがいいの?」

「それは、真面目で仕事ができて……」

「やっぱり好きなのね?」

咄嗟に口をつぐんだ。しゃべればしゃべるほど墓穴を掘りそうな気がする。何を言っていいか、何を言っていけないか。感情的になりすぎて判断基準が見極められない。焦るミリアに、エリザベスはメイドたちを下がらせるとやや行儀悪く机に頬杖をついた。

「話しなさい」

「何をですか?」

「私、恋愛の噂に飢えてるのよ」

飢えていたとしても、そんな話をするほど自分と王女が親しかった記憶もない。黙りこくっていると、エリザベスはふっと笑った。

「ただの片思い? でもおもしろいわね……どういういきさつで知り合ったわけ?」

「…………」

「とにかく、あまりロマンチックではなさそうね。まあ、あの男はそういうやつだもの」

「そんなことないです!」

「そんなことないの? じゃあ話して」

こういう所がよくないのだと、後々多くの人に指摘されるのだが……ミリアは勢いよく、例の自分とアレクサンダーの出会いを話してしまった。

「……というわけで、最後にアレクサンダー様が私の手の甲に口づけして、『将来一緒に働こう』と言ってくださったので、私は文官試験を受けたんです」

「へえ、そう。そんなことをね」

エリザベスは、さすがに驚いたようだ。よし、勝った。内心で勝利を確認する。元王女は何度も軽く頷いてから、こちらがドキッとするほど美しい笑みを浮かべる。

「でも、私とアレクサンダーの出会いの方がロマンチックね」

「というと?」

それから語られたことは――エリザベス様が自分と同じくらいの年頃で、彼が十歳であった頃。将来の縁談のために呼ばれた二人は、やはり薔薇の花咲く庭園に行き、噴水の前で彼はひざまずいて「もし将来あなたを妻にするなら、生涯かけて幸せにします」と誓ったのだそうだ。

ひざまずく幼いアレクサンダーを想像すると、ミリアとしては見てみたかったという気持ちがふつふつと湧いてしまう。

「まあ、あなたとは恋愛ではなくて仕事のこと……って違ったんでしょうけれど」

エリザベスは感じの悪い笑いを浮かべている。

「でも、私の方がずっと大事にされてるわね。ロマンチックに申し込まれたし、大事にされてるわけよ。彼に愛されてるの」

「だったら何で、裏切ったんですか」

言い聞かされたわけでもないが、アレクサンダーを捨てて駆け落ちしたことは言わないようにしていた。触れられたエリザベスがスッと青ざめる。

「そんなこと、あんたに関係ないでしょ」

「愛されてたなら、満足してたらよかったじゃないですか。なんで出て行ったんですか。裏切って、しかも戻って来るなんて図々しい」

「図々しいって、あんた失礼ね!」

「なんで戻ってきたんですか? アレクサンダー様は、自分のことを愛してるから許してくれると思ったんですか?」

ミリア、言葉が過ぎますと母のたしなめる声が聞こえた気がした。けれど止まらない。

「というか、振られたんですか? エリザベス様は捨てられたんですか?」

「は?」

「捨てられておめおめと戻ってきたんですね。そんなみじめなことしてるんですか、王女様は!」

「違うわよ。捨てられたわけじゃない!」

がたっと立ち上がりエリザベスが怒鳴り返す。

「私は、ジョエルのために戻ってきたのよ!」

「意味がわかりません。駆け落ち相手を紹介しに来たんですか。だったら、元婚約者の家に駆け込まないでジョエルさんが滞在費をだして、面会を懇願するべきでは? 甲斐性なし!」

「ジョエルを悪く言わないで!」

「悪いですよ! 国を裏切ったじゃないですか!」

「違うわよ! ジョエルはもともとマデラ国の人間だったんだもの! 裏切ってない!」

「え……マデラの出身……?」

ふっと引っかかる。王族の周囲に仕える人々は厳しく身元を調べられるはずだ。差別する訳ではないが、外国出身者がその調査を通ることは現状まだありえないと言っていい。かなり強い貴族の推薦でもあれば別だろうが、では王女と逃げてから責任を取って地位を失った貴族がいたかと思えば記憶にない。

側仕えは、出身を偽っていたのだろうか? それは、なぜ?

「マデラ出身なら、ずっとそちらに住めばよかったのでは?」

「そうするつもりだったけど、それには仕事が必要じゃないの。私が昔通り暮らせるようにするって約束して、でも上手く行かなくて」

何を思い出したのだろう。エリザベスはテーブルについた手でクロスを握る。

「だけどそのためには手土産が必要だったのよ。それが、私に出来そうなことだから」

「それが、パレード……?」

「ちょっとしたことでしょ? うちの国のそういうことを教えてくれれば、上手く行けば爵位だってくれるっていわれたらしいのよ!」

エリザベスが聞き出そうとしてきた数々のことを思い出す。パレードの通行、警備、どこで止まるのか……。

「ジョエルは危険だからって最初は止めてたけど、私を愛してるから信頼して国に戻してくれたの! 私達の愛のために種をまく必要が……」

「つまり、エリザベス様が薔薇の種……?」

「……ジョエルにしか呼ばれたことないのに、なんで知ってるの?」

怪訝そうな顔の元王女は本当に何も気づいていないのだろうか。足が震え始める。言葉がもつれて、名を呼ぶまで二回も咳き込んだ。

「エリザベス様は、本当に何もわかってらっしゃらないのですか? それとも、わかっていないふりをなさってるんですか?」

「な、なにが?」

「王族なら国の機密を聞き出せると言われた意味が、本当に――」

「うるさいわね! 私はジョエルを選んだのよ! ジョエルのためになら何でもするの!」

怒鳴ったエリザベスにミリアは深く息を吐く。すべてが繋がり、もう、自分の手に負えないことだと身にしみた。

「今伺ったこと、アレクサンダー様に報告します」

「なんでよ、あなただから喋ったのに! 私の信頼を裏切る気?」

「エリザベス様こそ……アレクサンダー様に聞けば意図が探られると思って、私を利用し情報を得ようとなさったではありませんか」

「でも」

「今すぐ城に戻ります。報告書を書かねば」

「それを、誰が信じると思うのよ」

青ざめながらもエリザベスは強い瞳で睨み据える。

「アレクサンダーがどっちを信じると思うの? 愛する女と、自分に片思いしてる女と」

「アレクサンダー様は仕事に私情は挟まれません」

「そう? 挟んでるからここに私をおいてたんじゃない。手放したくないから。わかるでしょ?」

「…………」

「いいえ、むしろあなたが消されるかもしれないわよね。命が惜しければ止めておきなさい」

「もし、そのようなことになっても……私は国のために仕える文官です。国を陥れることはできません」

言い捨てて扉に向かう。ノブに手をかけた瞬間、何かが砕ける音がした。ミリアは振り返って唖然とする。

「動いたらこれを私の胸に刺すわ」

テーブルの上は水浸しだ。クリスタルの花瓶が粉々になり花は床にボトッと落ちている。エリザベスの目は異様に見開かれていた。その手には花瓶の破片が握られている。

「エリザベス様!」

「動くならこれを胸に刺してあんたにやられたと言うわ!」

「そのようなことをしても無駄です! 危ないから早く捨ててください!」

「うるさいうるさい!」

元王女の目とクリスタルの破片がギラギラとするのを見ながら、ミリアは決断を迫られていた。

次でラストです

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