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狗ヶ岳の囁き





鳴海の言葉に、舞子の思考は狗ヶ岳へと向けられた。「囁き」――それは、黒い影の存在を強く示唆している。


「『囁き』は、地元の人々の間で『山の声』とも呼ばれているそうです。特に霧の深い日や、夜の静寂の中で、どこからともなく聞こえてくる、人の言葉のようでありながら、そうでないような…そんな奇妙な声だと。聞く者によっては、誘惑するように、あるいは恐怖を煽るように聞こえるとも。そして、その声に導かれて山に入り、行方不明になる人もいると…」


鳴海の表情は、その「囁き」が単なる噂話ではないことを物語っていた。舞子の脳裏に、奈緒が黒い影に蝕まれていった経緯が蘇る。あの時も、奈緒の心に働きかける「声」があったはずだ。


「その『囁き』が聞こえるのは、狗ヶ岳の特定の部分ですか? それとも、山全体で?」舞子は矢継ぎ早に質問した。


「詳しい場所まではわかりませんが、どうやら山の奥、特に霊的なエネルギーが強いとされる場所でよく聞かれるようです。地元の人々は、そこを『神隠しの森』と呼んで恐れています。」


「神隠しの森…」舞子は呟いた。雫が黒い影を追って狗ヶ岳に向かった可能性が高い。そして、奈緒もまた、その「囁き」に引き寄せられて、そこへ向かったのかもしれない。


「鳴海さん、私を狗ヶ岳へ案内してください。その『神隠しの森』とやらへ。奈緒と雫を見つける手がかりは、そこにあるはずです。」


舞子の声には、迷いがなかった。鳴海は舞子の強い眼差しに、一瞬躊躇の色を見せたが、すぐに覚悟を決めたように頷いた。


「わかりました。私の足では、歩くのが大変ですが…できる限りの協力をします。」


鳴海は、包帯を巻かれた足に痛みを堪えながらも、立ち上がろうとした。


「無理はしないでください。移動手段は私が手配します。それより、狗ヶ岳に行く前に、何か準備しておくべきことはありますか?」


舞子は鳴海を制し、冷静に問いかけた。黒い影は、物理的な力だけでは対抗できない存在だ。巫女としての準備が必要だと直感した。


「はい。狗ヶ岳の奥は、霊的な結界が弱まっている場所がいくつかあると聞いています。そこを通るには、最低限の護符と、古の巫女が使っていたという『鎮魂の鈴』が必要です。私たちは、水野家に伝わる古文書から、その存在を知っていましたが、実際に手に入れたことはありません。ただ、羽田家には、代々受け継がれてきた巫女の道具があると聞いています…」


鳴海の言葉に、舞子の胸に一つの可能性がよぎる。確かに、羽田家の蔵には、曾祖母が使っていたという古い道具がいくつか保管されていたはずだ。


「わかりました。羽田家に戻り、探してみます。鳴海さんはここで休んでいてください。準備が整い次第、連絡します。」


舞子はそう告げ、鳴海のアパートを後にした。狗ヶ岳、神隠しの森、そして黒い影。新たな戦いの舞台は、着実に整いつつあった。



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